第78話「逆に過信が出る:『結界があるから安全』で油断する事件」
怖い、という声は減った。
説明会で“見える化”したのが効いた。
そして人は、怖さが減ると次にこう言い始める。
——じゃあ、もう大丈夫だね。
「主任!! 屋台村でトラブルです!!」
美月が駆け込んできた。
今日は紙束じゃない。走り方が“現場発生”だった。嫌なやつ。
「何が起きた」
「『結界があるから安全』って油断して、導線が崩れて——
子どもが押されて転びました! 軽傷ですけど、親が怒ってます!」
「結界で転倒は防げない!!」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は救急絆創膏と、ペットボトルの水。
現場が見えてるの、怖い。
「油断は起きるよね。守りがあると、基本を忘れる」
「基本を忘れるのが一番怖い。
結界は“安全装置”じゃない。
刺さりを丸めるだけ。転ぶのは転ぶ」
背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑みが今日は険しい。
「怪我が出たか。急げ」
「行きます。
美月、状況とSNS火種。加奈、現場の翻訳。市長は——」
「もちろん行く」
「市長、現場で布告しないでください」
「布告はしない。……たぶん」
「たぶん禁止!」
屋台村:結界があるのに、現場が荒れている
夕方の屋台村。
いつもなら賑やかで楽しい匂いがするはずなのに、今日は違う。
怒りの匂いがする。声が尖っている。
転んだ子どもは泣き止んでいた。膝に絆創膏。軽傷で済んだのは幸いだ。
だが、親の怒りは軽傷ではない。
「結界があるって聞いたから安心して来たんですよ!
なのに押されて転ぶって、どういうことですか!」
屋台のドワーフ店主が、頭を掻きながら言う。
「結界は張った! だから大丈夫だと思った!
……導線のコーン、片付けちまった!」
「片付けるな!!」
美月が小声で言った。
「主任、最悪です。
“結界=安全保証”って誤解が、現場で実害になってます」
「うん。今日の敵は、油断と誤解」
加奈が親御さんに近づき、柔らかい声で言う。
「すみません。まず、お子さん大丈夫ですか。
怖かったですよね。
ここ、結界があるからって、押し合いが起きないわけじゃないんです」
親御さんが、少しだけ息を吐く。
「……結界って、そういうものじゃないんですか?」
「そういうふうに聞こえちゃう説明になってたかもしれない。そこは役所の落ち度です」
勇輝は、ここで逃げずに言った。
「誤解させた部分があるなら、謝ります。
結界は“感情の刺さりを減らす”対策で、物理的な安全を保証するものではありません」
市長が頷く。今日は黙っている。偉い。
原因の整理:結界が“注意力”まで丸めた
問題は三つに分けられる。
導線が撤去された
人員配置(誘導係)が減った
結界が“安全”に見えて、店側も客側も油断した
勇輝はドワーフ店主に、静かに言う。
「結界があるから安全、ではない。
結界があるからこそ、基本の安全が前提なんです。
導線と誘導があって初めて、結界が効く」
ドワーフがしゅんとする。
「……俺、結界が全部やってくれると思った……」
「やってくれない。ドラゴンでも無理」
ドラゴンが近くにいる気配がして、勇輝は見ないふりをした。
見たら「できる」と言われそうだからだ。
美月がメモを取りながら言う。
「主任、これ、ルールにしないとまた起きます。
“結界導入条件”に安全導線と人員配置を入れましょう」
「入れる。今日中に」
即時対応:現場を“安全運用”に戻す
勇輝は、その場で指示を出した。
コーンとテープを即復帰
入口と出口を分ける(逆流禁止)
誘導係を配置(屋台村側+役所応援)
混雑ピークは一時入場制限(短時間)
「結界=安全保証ではない」掲示を追加
加奈が親御さんに言う。
「今日は混雑がひどかったので、導線を戻します。
もしよければ、別の時間帯に来られるように、優先券も出します。
……怪我の件、窓口でフォローもできます」
「そこまでしてくれるなら……」
怒りが少し溶ける。
怒りは、対応が見えると落ち着く。
市長がここで一言だけ言った。
「町の守りは、魔法ではなく運用だ」
「市長、今日は完璧な一言!」
「私はいつも——」
「続けるな!」
仕組み化:結界利用の条件に“安全運用”をセットする
役所に戻った勇輝は、すぐに「結界利用申請」の条件を更新した。
結界は“単体”で提供しない。必ず運用とセット。
結界利用(イベント・混雑)条件(追記)
導線(入口・出口・通路幅)の設計図
誘導係の配置計画(人数・時間帯)
混雑ピーク時の制限手順
「結界は安全保証ではない」掲示の掲出
事故時の連絡手順
美月が頷く。
「これで“結界だけください”が減ります。
結界が欲しい人は、運用もやらないといけない」
「運用をやらない人には、結界は渡さない。
結界を特権にしないためにも、ここは厳しく」
加奈が言う。
「厳しくするなら、言い方は優しくね。
『守るための条件です』って」
「もちろん」
広報:過信を止める言葉は、短く強く
美月が即座に投稿案を出した。
今度は“過信”を止める言葉。長いと読まれない。
【お願い】結界は“安全保証”ではありません
結界(静けさ対策)は、混雑や不安で起きるトラブルを“起きにくくする”補助です。
導線・誘導・ルールがあって初めて効果が出ます。
イベント会場では係員の案内にご協力ください。
勇輝は頷いた。
「これで十分。短い。強い。詠唱なし」
「詠唱なし!」
加奈が絆創膏の残りを紙袋に戻しながら言う。
「守りがあると、人は『自分が気をつけなくていい』って思っちゃう。
でも本当は、守りがあるからこそ、みんなで守れるんだよね」
「そう。結界は“免罪符”じゃない。支えだ」
終わり:信頼は“万能”ではなく“約束”で作る
屋台村のトラブルは収束した。
怪我は軽傷。フォローもできた。
でも教訓は重い。
守りがあると油断する。
油断すると事故が起きる。
事故が起きると、守り自体が疑われる。
「よし。結界の扱い方を学んだな」
「学びました。次は“油断させない仕組み”を作ります」
美月が小声で言う。
「主任、次は絶対、また別の誤解が来ますよ」
「来る。来るのが町だ」
加奈が水を渡す。
「今日は喉も心も乾く日。飲んで」
「ありがとう」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、過信が敵になる。
次回予告(第79話)
「結界のせいで静かすぎる? 『祭りが盛り上がらない』苦情が来る!」
静けさが活気を奪う!?
観光と安心の両立はできるのか。
勇輝、温泉まつりの“賑やか調整”に挑め!




