第77話「結界を嫌がる住民:『役所が魔法を使うのは怖い』と抗議が来る」
庁内の嫉妬は、なんとか沈静化した。
“守りのパッケージ”も配った。支援ルートも整えた。
——これで外も中も守れる。そう思った。
でも住民は、別の方向から刺してくる。
「主任……抗議が来ました……」
住民課の係長が、封筒を差し出した。
封筒は紙。紙は強い。紙で来る抗議は重い。
「内容は」
「……『役所が魔法を使うのは怖い』です。
『結界は洗脳だ』
『誰が責任を取る』
『子どもが影響される』……」
「洗脳って言った!?」
美月が横でスマホを握り潰しそうになっている。
「主任、SNSでも来てます。
『結界=気分操作』って言い方で拡散しかけてます」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、ティッシュと、温かいお茶。
不信は喉を冷やす。加奈は分かっている。
「怖いって言葉は、正論じゃなくても強い。
否定すると火がつくから、まず受け止めないと」
「受け止める。でも、放置もしない。
“透明性”で殴らず、透明性で包む」
背後から、のっそりと市長が現れる。今日は真面目だ。
「恐れは敵ではない。説明不足の影だ」
「はい。影を消します。説明で」
抗議の中身:一番怖いのは「見えないこと」
封筒の中の文面は、整っていた。
丁寧だが、言葉が硬い。硬い文章は怒りが深い。
役所が魔法を使う根拠は何か
誰が決めたのか
影響の範囲はどこまでか
体調不良が出たらどうする
子どもが“気分を変えられる”のは危険ではないか
結界で「苦情が消される」ことはないのか
勇輝は読み終えて、頷いた。
「怖いのは分かる。
そして、この質問は“正しい”」
美月が目を見開く。
「主任、正しいんですか!?」
「正しい。
魔法がある世界で、行政が魔法を使うなら、説明責任は倍になる」
加奈が小さく頷いた。
「怖いって言った人は、“町を守りたい側”かもしれない。
守り方が違うだけ」
「そう。敵にしない」
対応方針:否定しない、秘密にしない、個人に依存しない
勇輝は三つ、方針を決めた。
“洗脳ではない”を断言しつつ、気持ちは否定しない
仕組み・範囲・期限・評価を公開する
ドラゴン個体の善意に依存しない形を強調する
市長が頷く。
「公開だな」
「公開です。全部見えるようにする」
まずやる:説明会を開く(逃げないのが一番効く)
美月がすぐ言った。
「主任、説明会やりましょう。
“来た人だけ”じゃなくて、資料も公開。Q&Aも作る」
「やる。
ただし“結界の正体”を盛り過ぎない。
怖さを増やすだけだ」
加奈が付け足す。
「質問を“悪意”扱いしないで。
怖いって言える空気にしないと、陰で爆発する」
「了解」
「私は開会で『心配は当然だ』と言う」
「市長、それだけでいいです。余計な比喩は禁止!」
「比喩は——」
「禁止!」
公開資料:結界の“仕様書”を作る(行政は仕様書で勝つ)
勇輝は、美月と一緒に“住民向け仕様書”を作った。
難しい言葉を避け、でも曖昧にしない。
公開資料(案):結界(静けさ対策)試験運用について
目的:窓口の混乱を減らし、職員と来庁者の負担を軽くする
できること:声や感情の“刺さり”を弱める(落ち着きやすくする)
できないこと:考え方を変える/意見を消す/記憶を操作する(不可能)
範囲:相談ゾーン中心(ロビー・会議室は対象外)
時間:混雑時間帯など限定
権利の保証:苦情・不満・意見は言ってよい(別室対応も可)
安全対策:体調不良・違和感があれば即中止・別室へ
期限:2週間(拡大試験)、中間報告と継続判断を公開
評価:トラブル中断、一次完結率、職員負担、アンケートなど
責任体制:異世界経済部+住民課+庁舎管理の共同管理
依存回避:結界がなくても運用できるよう、交代制・導線・警備を整備済み
美月が頷きながら言った。
「“できないこと”を先に書くのが良いです。
怖い人は“想像”が先に走るから、そこを止める」
「そう。想像の暴走が洗脳という言葉を作る」
加奈が言う。
「あと、“別室OK”は大事。
結界が嫌な人が逃げ場を持てる」
「入れる」
住民の逃げ道:結界のない対応も“同等”にする
勇輝はここを強くした。
選択肢がないと人は怖い。選択肢があると人は落ち着く。
結界が苦手な人は、**別室(結界なし)**で対応
書面での相談(言葉にしにくい人向け)
予約枠(混雑時間を避ける)
市長が頷く。
「選べる行政は強い」
「強いです」
説明会当日:怖い人ほど、質問が鋭い
会議室。結界は張らない。
“言う場”だからだ。
市長が開会の一言を言う。
「心配は当然だ。役所が新しいことをすれば、不安は出る。
今日は隠さず話す」
……よし、市長、余計な比喩なし。偉い。
最前列の住民が手を挙げた。
「結界で、苦情が消されることはないんですか」
勇輝は即答した。
「ありません。
苦情は“消すもの”ではなく、改善に使うものです。
むしろ試験運用後、苦情・要望は増えています。言いやすくなった結果です」
ざわっとする。
でも、隠さないのが効く。
別の住民が言った。
「子どもへの影響は?」
「子どもが利用する場所(学校)は、相談室など限定です。
違和感が出た場合は中止し、結界なし対応に切り替えます。
学校側とも連携し、体調・気分の変化は記録して、公開できる形で報告します」
加奈が、後ろから小さく頷く。
“怖い”を“手順”で受け止める。これが信頼になる。
美月が最後に言った。
「SNSでも資料を公開します。
質問もフォームで受けて、回答も順次出します。
『怖い』と言っていいです。言ってくれた方が、改善できます」
会場の空気が、少しだけ柔らかくなった。
終わり:不信はゼロにならない。でも“見える化”で減らせる
説明会後、勇輝は封筒を握りしめた。
怖いと言われるのは辛い。
でも、怖さを聞ける町は、まだ大丈夫だ。
「よし。恐れは、説明で薄まった」
「完全には消えません。でも、隠すよりずっといい」
加奈が温かいお茶を渡す。
「今日の勝利は、“怖い”を言わせたこと。
言えない怖さは、いつか爆発するから」
「その通り」
美月が小声で言った。
「主任、今日の反応、炎上じゃなくて“質問”でした。
これ、信頼の芽です」
「芽は育てる。行政は畑だ」
「ポエムやめて!」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、魔法は説明が必要だ。
次回予告(第78話)
「逆に過信が出る:『結界があるから安全』で油断する事件」
“守り”が“慢心”になる!?
屋台村でトラブル発生!
勇輝、結界に頼りすぎる空気を止めろ!




