第76話「拡大試験開始:『結界がある窓口』と『ない窓口』で嫉妬が発生!」
拡大試験が始まった。
相談ゾーンと、一部の手続きゾーン。結界は弱め、時間限定、掲示も完備、別室も用意――手順だけ見れば、ちゃんと「試験」になっている。
それなのに、庁舎の空気は、どこか落ち着かない。
窓口の列が長い日でも、今日は妙に声が尖る。廊下の足音が早い。内線が短い。書類の受け渡しが、いつもより無言だ。
勇輝はその違和感を、窓口前の掲示を見上げながら、ゆっくり噛みしめた。
外の反応なら想定している。試験運用とは何か、期限はいつまでか、どこまでが対象で、どこからが対象外か――説明の言葉は用意してきた。
でも今日は、外じゃない。
庁舎の中の、もっと近いところがざわついている。
住民課の係長が、いつもの手帳を握りしめたまま近づいてきた。表情が固い。声も少しだけ、ひそめ気味だ。
「主任……庁内が、ちょっと、きつい感じになってます」
「きつい感じ?」
「ええ。言葉にすると軽いんですけど、軽く済ませるとたぶん長引きます。えっと……」
係長は一拍おいて、言いにくそうに続けた。
「結界がある窓口と、ない窓口で……不公平だ、って。嫉妬というか……そういう空気が」
勇輝は、思わず息を吐いた。
来たか。いや、来るのは分かっていた。結界を「場所限定」にした瞬間、必ず生まれる感情だ。
分かっていることと、実際に目の前で膨らむことは別だ。
「……具体的には?」
係長が、内線メモの束をちらりと見せる。そこに書かれているのは、正式な苦情ではない。誰かがこぼした本音の断片だ。
「『あっちは守られてるのに、こっちは丸腰』って……税務からです。
あと『なんで住民課は結界が弱くてもあるのに、税務はないの』とか。
『結界がある窓口は声が優しい』って、そういう言い方も」
同じタイミングで、美月が走ってきた。今日は紙束じゃない。タブレットと、付箋だらけのメモ帳を抱えている。
付箋の量が、すでに「庁内の温度」を示している。
「主任、来てます。来てます来てます、今までと種類が違うやつが来てます!」
「落ち着け。息が先に切れる」
「息は大丈夫です! 問題は空気です! 職員の空気が!」
美月は画面を見せながら、言葉を選びつつも、勢いのまま読み上げた。
「『守られる部署と、守られない部署があるんだな』って……。
あと、結界のある窓口の人が『得してる』みたいに言われてる。
逆に結界のある側の人は、『守られてるんでしょ』って言われるのが気まずい、って……。
両方が、しんどい顔してます」
勇輝は、軽く眉間を押さえた。
これは、片方を説得して終わる種類じゃない。双方が傷つくとき、解決は「片方に寄せない」しかない。
そこへ加奈が、紙袋を抱えてやってきた。今日の紙袋から覗いているのは、チョコと、復活した付箋と、小さなホワイトボードマーカーだった。
加奈の紙袋は、たまに庁内の課題に先回りする。
「……想像より早かったね」
「早いほど、深くなる前に触れる」
勇輝が答えると、加奈は頷いた。
「嫉妬って、制度の話じゃなくて『気持ちの話』として出てくるから厄介なんだよね。放っておくと、気持ちが制度を壊す」
「その通り。庁内の公平が崩れると、窓口の公平も崩れる。今日は“職員の安心”を守る日だ」
その声を聞いたのか、会議室の方から市長が現れた。
今日は妙に静かな歩き方だ。いつもなら、出てくる前に気配が先に届くのに、今日は「ちゃんと話を聞く側」の顔をしている。
「話は聞いた。部署同士が割れるのは、最悪の形だ」
「はい。今のうちに手を打ちます」
「頼む。……職員が立て直せなければ、町の守りも続かん」
市長は強い言葉を使わない。ただ、視線の置き方が真剣だった。
勇輝はそれを受け止めてから、係長に言った。
「まず、現場を見に行きます。廊下の声を、今のうちに拾う」
「……お願いします。会議室だけだと、また別の空気になります」
「分かります。机の上の正論だけで、現場は落ち着かない」
――――――――――
現場:結界の“ある/なし”が、目に見えない壁になる
税務課のカウンター前。
午前のピークが過ぎたはずなのに、列はまだ途切れない。税金の話は説明が長くなりやすい。書類も多い。しかも「払う」話は、誰だって気持ちが重くなる。
その重さに、結界の有無は関係ない。
関係ないはずなのに、今はそれが「違い」に見えてしまう。
廊下の端で、税務課の職員が小さくぼやいていた。声を張っていない。だからこそ、本音だ。
「こっちは怒鳴り込みも多いのに……結界なし……」
「相談窓口だけ守られて、税務は後回し、ってことなのかな」
「いや、後回しっていうか……見捨てられた感じがする」
その横を通った、結界対象の窓口担当が、気まずそうに目を逸らす。
そして別の場所で、同じ“気まずさ”が、別の言葉になっていた。
「……私たちだって、結界があるからって楽じゃないよ」
「むしろ『守られてる』って見られるのが、ちょっと……」
「得してるみたいに言われると、言い返せないし」
勇輝は、そこで止まった。
両方の言葉が、同じくらい弱っている。
どちらも「負けたくて言っている」わけじゃない。守りたいものがあるから、怖いから、言葉になる。
美月が小声で言った。
「主任、これ、SNSの炎上より、長引くやつです。職員の心の中で、じわっと燃えるタイプ」
「分かってる。だから、派手に消そうとしない。溶かしていく」
加奈が一つ、チョコを指でつまんで見せる。
「甘いの、今は効く。尖ってる時は、ほんの少しでも丸くなる」
「栄養の話にしないでくれ。……でも助かる」
勇輝は、税務課のカウンター横に立つ職員に、声をかけた。
相手の作業の流れを切らないように、視線を合わせて、短く――でも冷たくならないように。
「ちょっとだけ、話せますか。今、空気がしんどいって聞きました」
税務課の職員は苦笑して肩をすくめた。
「しんどいですよ。しんどいって言葉が、ちょうどいいくらい。
結界がある窓口が悪いわけじゃないのも分かってる。でも、こっちは毎日、声の圧が強い話が来る。
それで『あっちは守られてる』って気持ちになるの、止められないんです」
「止めなくていいです。気持ちは出る。出た気持ちを同僚に向けると壊れる。制度に向けると整えられる」
勇輝がそう言うと、職員は少しだけ目を見開いた。
「……整えられるんですか」
「整えます。結界を全庁に広げるつもりはない。でも“守り”は全員に配る」
隣で聞いていた結界対象窓口の職員も、思わず口を挟んだ。
「私たちも……守られてるって言われるの、正直つらいです。
忙しさが減ったわけじゃないし、むしろ『ここは結界があるから大丈夫だろう』って、難しい相談が集まる気がして……」
勇輝はその言葉を途中で遮らない。最後まで言ってもらう。
その方が、後で短い言い訳を重ねずに済む。
「……ありがとうございます。今のは、すごく大事な情報です。
結界がある場所は“楽”なんじゃない。負荷が高いから対策が入っているだけ。
そこが伝わっていないと、どちらも苦しくなる」
市長が、少し離れたところで頷いた。
口を挟まない。けれど「今の方向でいい」と言うような頷きだった。
勇輝の方針:結界を“特権”にしない。守りを“全員に配る”
勇輝は庁舎の図面を頭の中で開きながら、言葉を組み直した。
結界は、場所限定。そこは変えない。変えると、また「全部張れ」の議論に戻る。
しかし“守り”は、結界だけではない。むしろ結界がなくても効く守りの方が多い。
「今日、やることは二つです」
勇輝は、その場にいた職員たちに向けて言った。
「一つ。結界の理由を、庁内できちんと共有する。外向けだけじゃ足りない。
二つ。結界の有無に関係なく、全窓口に共通の支援を入れる。『守られる部署/守られない部署』という見え方を終わらせる」
美月が頷き、加奈がホワイトボードマーカーを差し出す。
勇輝は会議室へ戻りながら、頭の中で“守りのパッケージ”を四つに分けた。
“守りのパッケージ”4点セット(庁内共通)
会議室に入ると、すでに窓口担当の代表者が数人集まっていた。
時間を長くしない。長い会議は、言葉の角が増える。短く、逃げずに、方向を揃える。
勇輝はホワイトボードに大きく書いた。
1)交代制ルールを全窓口へ
2)“赤案件”の即時支援ルートを一本化
3)共有トークスクリプト(職員を守る言葉)
4)結界の理由・評価・期限を庁内共有
「結界がある場所だけ交代できる、という状態が不公平感を作っています。
だから交代制は全窓口。ここは“権利”として整えます。結界の有無で休憩の価値が変わるのは、おかしい」
住民課の係長が小さく頷く。
「交代、確かに結界のある時間帯だけ回しやすいって、感じてました」
「回しやすいなら、回し方を横展開する。守りをコピーするのは、行政が得意なやつです」
次に勇輝は、二つ目を指で叩いた。
「“赤案件”――怒鳴り込み、脅し、強要、威嚇。これは部署で抱えない。
税務であっても、福祉であっても、住民課であっても同じ。
庁舎管理と連携して、必要なら警備も入れる。連絡先を一本化して、“呼んでいい”を明文化します」
税務課の職員が、少しだけ肩の力を抜いた。
「呼んでいい、って言われると……助かります。
今まで、呼んだら大げさだと思われる気がして、踏み込めなかった」
「大げさじゃない。守りは早いほどいい。早いほど、穏やかに止められる」
加奈が隣から静かに補足する。
「呼んだことを責めない空気も一緒に作ろうね。呼んだ人が悪者になると、次から誰も呼べなくなる」
「そう。そこも文書にする」
三つ目に移る。ここは少し、笑いを混ぜてもいい。言葉の緊張を、少し下げる。
「結界より効くことがあるのが、言葉です。
だから、共通のトークスクリプトを作ります。
“相手を黙らせる言葉”じゃなく、“職員が壊れない言葉”です」
美月がすぐに手を挙げた。
「主任、私、そういうの作るの得意です。短くて刺さらないやつ。外向けで鍛えました!」
「頼む。ただし短すぎると冷たく見える。丁寧さは残す」
「了解です。丁寧で、でも長くなりすぎない、ギリギリのやつにします!」
勇輝は暫定の例を板書した。
・「怒っても大丈夫です。安全にお話を伺います」
・「いまここまで整理できました。次は担当へつなぎます」
・「脅しや強要には応じられません。安全確保のため対応を切り替えます」
福祉相談の職員が、ゆっくり頷く。
「その言い方なら、相手を否定しすぎずに、線を引けますね」
「線を引くのは冷たさじゃない。安全のためです。線がないと、現場が削れる」
最後に四つ目。
ここが“嫉妬”の根に触る。外向けに説明しても、中が納得していなければ崩れる。
「結界の理由を庁内で共有します。
なぜ相談ゾーンを優先したのか。どう評価しているのか。拡大試験はいつまでで、何を見て判断するのか。
ここが曖昧だと、『あっちは特別扱い』に見える」
美月が少し顔をしかめた。
「外向けの説明は、けっこう整えたつもりだったんですけど……庁内向けは、確かに薄かった」
「外を守るには、中が健康じゃないと無理だ」
市長が短く言った。
「部署が割れれば、町が割れる。対策は公平であれ」
勇輝は市長の方を見て、苦笑する。
「市長、今日はその路線でお願いします。余計な比喩は控えめで」
「心得た。今日は実務でいく」
「それはそれで、ちょっと珍しいんですよ」
「珍しがるな」
庁内ミーティング:嫉妬を“言っていい”場にする
午後、窓口担当を集めたミーティングは、十五分で切った。
短い時間で、言葉のルールだけ置く。長くすると、言葉の先が感情を殴り始める。
勇輝は最初に、正直に言った。
「いま、不公平感が出ています。自然です。言っていい。
ただし、同僚を責める方向に向けない。
制度と運用の話にします。ここで止めないと、明日からの現場がきつくなる」
税務課の職員が手を挙げる。声は落ち着いているが、目の奥に疲れがある。
「主任……税務にも怒鳴り込みは来ます。
結界がないから、負担が増えた気がする。『なんでうちだけ』って、思ってしまうんです」
勇輝は、すぐに肯定も否定もしない。まず受け止める。
「思っていいです。そこは止めません。
ただ、結界の有無で守りの差が出ないように、今日から“赤案件ルート”を税務に最優先で入れます。
結界はなくても、支援は増やす。あなたたちが一人で抱えない形にする」
「……それなら」
税務課の職員の声が、少しだけ柔らかくなった。
続いて、結界対象窓口の職員が手を挙げた。こちらも言いにくそうだ。
「結界がある窓口は……『守られてるんでしょ』って言われるのがつらいです。
守られてるというより、相談が集まって、結局、負荷は高い。
でも、言い返すと、もっと角が立ちそうで」
勇輝は頷いた。
「言い返さなくていいです。角が立つ方向に進まないために、制度側で説明をします。
結界があるのは“得してる”からじゃない。負荷が高いから対策しているだけ。
あなたたちは最前線です。最前線に置かれている人が、罪悪感を持つ必要はない」
加奈が、静かに一言添える。
「最前線って、褒め言葉と同時に、しんどさの言葉でもあるからね。
ちゃんと休んでいい。休むのは甘えじゃない。交代制が“権利”になるのは、すごく大事」
その言葉に、会議室の空気が少しだけ緩んだ。誰かが小さく息を吐く音が聞こえる。
美月がそこでスクリプトの紙を配り始めた。紙は一枚。文字は大きい。余白がある。余白は、守りだ。
「これ、仮のやつです。『これを読め』じゃなくて、『困ったときに戻ってこい』っていう紙にしました。
読むと声が硬くなる人もいるので、言い回しはそれぞれの言葉に変えてOK。ただし線引きだけは統一です」
住民課の係長が紙を見て頷く。
「これなら、新人にも渡せますね。新人が『自分が悪い』って思い込む前に、言葉の型がある」
「そう。型は、守りになる」
市長が短く言った。
「職員は仲間だ。仲間を疑うな」
勇輝がすぐ返す。
「市長、今日はその一文だけ、繰り返しててください」
「分かった。……職員は仲間だ」
「今もう一回言った」
「繰り返してほしいのだろう」
「そういう意味で言ったんじゃないんですが、まあ……助かるからいいです」
会議室に、少しだけ笑いが起きた。
笑いが起きると、嫉妬は少し溶ける。完全には消えない。でも、尖りが丸くなる。その差が、明日の現場を助ける。
ミニ研修:言葉の型を“台本”にしないために
ミーティングを締める前に、勇輝はもう一歩だけ踏み込んだ。
紙を配って終わりにすると、紙は机の引き出しに沈む。引き出しに沈んだ守りは、いざというときに出てこない。
「今、二分だけ使います。実際に口に出してみましょう」
会議室がざわっとする。
“研修”という言葉は、役所にとって便利で、同時に警戒される。便利だから増える。増えると嫌がられる。だから短くする。
「長いやつはやりません。二分です。二分で終わらせます。
目的は『この言い方なら言える』って感覚を作ることだけ」
加奈がすっと手を挙げた。
「相手役、やるよ。住民役なら慣れてる」
「慣れてるって、どういう経歴だよ」
「町の看板娘は、相談の前座をよくやるの」
「前座って言うな」
加奈は椅子を引いて、少し姿勢を変えた。
声色も、ほんの少しだけ硬くする。怒鳴るまではいかない。けれど圧がある。「ちょっと強い来庁者」くらいの温度。
「……私さ、何回説明しても分かんないって言われるの、嫌なんだけど。
もういいよね? 今日中に全部やってくれない?」
最初に当てられたのは税務課の職員だった。
職員は一瞬だけ固まったが、勇輝がホワイトボードの例文を指さすと、呼吸を整えて言った。
「……お気持ちは分かります。今日できるところまで整理します。
ただ、確認が必要な部分があるので、いまここまで一緒に確認させてください。
終わったら、次に必要な手続きを、こちらでまとめてお渡しします」
言い終えて、自分でも驚いたように目を瞬かせる。
勇輝はそこを見逃さず、すぐ肯定した。
「いい。まさにそれです。相手を止めるんじゃなく、一緒に整理する方向に持っていく。
『今日中に全部』を否定するより、『今日できるところまで』に着地させる方が、現場は回る」
加奈が、今度は少しだけ言葉を尖らせる。
「でもさ、遅いよ。いつも遅い。あなたたち、結局こっちを待たせてるだけじゃん」
住民課の係長が、慎重に口を開いた。
読み上げるようにならないように、でも線は曖昧にしないように。
「お待たせしているのは事実です。そこは申し訳ありません。
ただ、いま急いで進めると確認が抜けて、後でさらにお時間をいただくことになります。
安全に進めるために、確認の順番だけは守らせてください。
もし今日ここで難しい場合は、別の時間に落ち着いて伺える枠をご案内します」
美月が、思わず拍手しそうになって慌てて手を引っ込めた。
「係長、今の、すごい……。責められてる感じが減ってるのに、線は引けてる」
「……こういうの、練習しないと出ないね」
係長自身が、少し照れたように笑った。
勇輝は最後に釘を刺す。
「これ、台本じゃありません。『この通り言え』じゃない。
“線引きの中身”だけ揃えれば、言い回しは自分の言葉でいい。
自分の言葉で言えるようになると、結界がなくても、少し楽になります」
市長が短く頷いた。
「良い。言葉もまた、守りだ」
会議室の空気が、最初より少しだけ軽くなった。
二分は、確かに二分だった。けれど、その二分が、明日の十分を救うことがある。
仕上げ:美月が“庁内広報”で火種を減らす
ミーティングが終わると、美月はすぐに庁内掲示板(内線の共有ページ)を作った。
外向けの文章とは違う。庁内向けは、感情の揺れを前提に書かなければならない。
“正論”だけの文章は、読まれた瞬間に反発を生む。
美月は、勇輝と加奈の横で、声に出して文面を整えていく。
「“守られる部署/守られない部署”って言葉、これ、逆に刺さるから避けます。
代わりに……“負荷に応じた対策と、全員の支援”って書きます。
あと、支援ルートは“使っていい”じゃなく“使ってください”。使わないと意味ないので」
「押しつけに見えない言い方にしよう。『困ったら使ってください』くらいがいい」
勇輝が言うと、加奈が頷いた。
「“一人で抱えなくていい”って言葉も入れよう。そこ、今一番欲しいやつだと思う」
美月は、最終稿を掲示板に流した。
【庁内共有】結界拡大試験と窓口支援について(今日から適用)
・結界は場所限定・期限付きの試験運用です(相談ゾーン優先)。
・結界の有無に関わらず、全窓口で交代制ルール/クールダウン室/赤案件支援ルートを共通化します。
・「守られる部署/守られない部署」ではなく、「負荷に応じた対策+全員の支援」です。
・困ったときは一人で抱えず、支援ルートを使ってください(呼んだことを責めません)。
掲示の最後に、小さく追記がある。
※結界の評価指標(中断/一次完結/再来庁/職員負担等)はこれまで通り計測し、2週間後に中間共有します。
勇輝は頷いた。
「これなら、“特権化”を防げる。嫉妬の矛先を、同僚から制度へ戻せる」
加奈がチョコを配り始める。今日は一粒ずつ。
気持ちが尖っている日は、余計な言葉より、一粒の方が効くことがある。
「甘いの、置いとくね。食べても食べなくてもいい。『今日は自分を戻す日』って合図に」
税務課の職員が、受け取りながら小さく笑った。
「……主任、結界がなくても、助けが増えるなら、やれます。たぶん、明日も来れます」
「来れます。庁内で潰れない。それが一番だ」
結界対象の窓口担当も、ほっとしたように言った。
「『守られてる』って言われたら、今日の言葉で返せそうです。
“得してるんじゃなくて、負荷に合わせて対策してるだけです”って。柔らかく言います」
「そう。柔らかく、でも線ははっきり。線があると、相手も安心する」
市長が、少しだけ表情を和らげた。
「よし。庁舎は一つだ。部署の違いはあっても、守りの根は同じ」
「今日は市長が正しいことしか言ってないのが、逆に落ち着かないんですが」
「正しい日は、正しいのだ」
「開き直りも正しいですか」
「それは……場合による」
「ほら、戻ってきた」
美月が笑いながら、タブレットを閉じる。
「主任、今日は“結界”じゃなくて、“職員の守り方”の回でしたね。
数字も大事だけど、こういう空気の調整が一番むずかしい」
「むずかしいから、仕組みにする。仕組みは、明日も働く」
「明日も働く。良い言葉です。庁内掲示の題名にしたい」
「題名はやめろ。仕事が増える」
「増やしません! 今日は増やしません!」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、守りの差が見えたとき、守りは“説明”と“支援”で配り直さなければならない。




