第76話「拡大試験開始:『結界がある窓口』と『ない窓口』で嫉妬が発生!」
拡大試験が始まった。
相談ゾーンと、一部の手続きゾーン。
結界は弱め、時間限定、掲示も完備、別室も用意。——完璧、のはずだった。
でも行政の敵は、いつだって外だけじゃない。
「主任……庁内が、ギスギスしてます……」
住民課の係長が、顔を引きつらせて言った。
ギスギスは怖い。炎上より怖い。なぜなら毎日続く。
「理由は」
係長が、言いにくそうに言う。
「……結界がある窓口と、ない窓口で……嫉妬が……」
「嫉妬!?」
美月が横で頷きすぎて首が折れそうだ。
「主任、来てます。
『あっちは守られてるのに、こっちは丸腰』
『なんで税務だけ結界ないの』
『結界のある窓口、声が優しい』
『結界ない窓口、地獄』って……」
「声が優しいって、結界じゃなくて職員の魂の問題だろ!」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、チョコと、なぜか“付箋”がまた復活している。
嫌な予感が、人間関係に刺さる。
「嫉妬ってね、制度の問題じゃなくて“気持ちの問題”として出てくる。
でも放置すると制度が壊れる」
「その通り。庁内の公平が崩れると、窓口の公平も崩れる。
今日は“職員の安心”を守る回だ」
背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑みが今日は薄い。
「職員が割れれば町が割れる。早く手を打て」
「はい。今すぐ」
現場:結界の“ある/なし”が、壁になっている
廊下で、税務課の職員がぶつぶつ言っていた。
「こっちは怒鳴り込み多いのに……結界なし……」
「相談窓口だけ守られて、税務は捨てられたってこと?」
「守られる部署と、守られない部署があるんだな……」
その横で、結界対象の窓口の職員が小声で言う。
「……私たちだって、結界があるからって楽じゃないよ。
逆に『守られてる』って見られるの、気まずい……」
うわ、地獄。
双方が傷ついてる。これが一番厄介。
美月が小声で言った。
「主任、これ、庁内炎上です。SNSじゃなく、職員の心で燃えてます」
「燃えてる。消す」
加奈が頷く。
「嫉妬は、説明不足と“不公平感”の混合物。
でも数字じゃなくて言葉で溶かさないと」
勇輝の方針:結界を“特権”にしない。守りを“全員に配る”
勇輝は、結界を全庁に広げる気はない。
でも“守り”は全員に必要だ。
なら、結界以外の守りを全員に配る。
「結界は場所限定。これは変えません。
その代わり、庁内全体に“守りのパッケージ”を配ります」
市長が頷く。
「良い。守りの公平だ」
「市長、今日それだけ言っててください」
「それだけ言う」
「信用できない!」
“守りのパッケージ” 4点セット(庁内共通)
1) 交代制ルールを全窓口へ
結界のある窓口だけ交代できる、では不公平。
連続対応の上限
休憩の義務
クールダウン室の共用
「結界がなくても、休憩は権利です」
2) “赤案件”の即時支援ルートを作る
怒鳴り込み・脅し・強要は、部署で抱えない。
庁舎管理+異世界経済部+必要なら警備
連絡先を一本化
“呼んでいい”を明文化
3) 共有トークスクリプト(職員を守る言葉)
結界より効くことがあるのが、言葉。
「怒っても大丈夫です。安全に聞きます」
「今はここまで、次は担当につなぎます」
「脅し・強要には対応できません。安全確保します」
4) “結界の理由”を庁内に説明する
外向け説明だけでは足りない。中が納得してないと崩れる。
なぜ相談ゾーン優先なのか
どう評価しているのか
拡大試験は期限付きである
美月が頷く。
「庁内向けの説明、必要でしたね……外ばかり見てた」
「外を守るには中が健康じゃないと無理」
加奈が付け足す。
「あと、“結界のある窓口の人”が悪者にならないように言葉を選んでね。
守られてるんじゃなくて、最前線に置かれてるだけ」
「そこ大事」
庁内ミーティング:嫉妬を“言っていい”場にする
勇輝は全窓口担当を集め、短いミーティングを開いた。
長いと荒れる。短く、しかし逃げない。
「正直に言います。今、庁内で不公平感が出ています。
それは自然です。言っていい。
ただし、同僚を責める方向に向けない。
制度と運用の話にします」
税務課の職員が、手を挙げた。
「主任……怒鳴り込み、税務にも来ます。
結界がないと、こっちの負担が増えた気がします」
「分かります。だから“赤案件ルート”を税務に最優先で入れます。
結界はなくても、支援は増やす」
別の職員が言う。
「結界がある窓口は、逆に『守られてる』って言われるのが辛いです」
「それも分かる。
結界があるのは“守られてる”じゃなく、“負荷が高い場所だから対策してる”だけです。
あなたたちが得してるわけではない。最前線です」
加奈が静かに頷く。
“得してる”の誤解を外すと、嫉妬は少し溶ける。
「職員は仲間だ。仲間を疑うな」
「市長、今日はそれだけでいい!」
仕上げ:美月が“庁内広報”で火を消す
美月はその日のうちに、庁内掲示(内線掲示板)を作った。
【庁内共有】結界拡大試験と窓口支援について
結界は場所限定・期限付きの試験運用です(相談ゾーン優先)。
結界の有無に関わらず、全窓口で交代制・クールダウン室・赤案件支援ルートを共通化します。
「守られる部署/守られない部署」ではなく、「負荷に応じた対策+全員の支援」です。
困ったときは一人で抱えず、支援ルートを使ってください。
勇輝は頷いた。
「これなら“特権化”を防げる。庁内の空気が戻る」
加奈がチョコを配る。
「今日は甘いのが必要。嫉妬は血糖値が下がると尖る」
「科学っぽく言うな!」
税務課の職員が、少し笑った。
「主任……結界がなくても、助けが増えるなら……やれます」
「やれます。庁内で潰れない。それが一番」
市長が笑みを少し戻す。
「よし。庁舎は一つだ」
「今日は市長が正しいことしか言ってないのが逆に怖い!」
次回予告(第77話)
「結界を嫌がる住民:『役所が魔法を使うのは怖い』と抗議が来る」
守りのはずが“不信”に変わる!?
勇輝、透明性と信頼を取り戻せ!




