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第75話「効果が出たら拡大:『結界を全庁舎に』という暴論が出る」

 中間報告は、思ったより反応が良かった。

 「話しやすくなった」

 「職員が倒れなくなった」

 「窓口が止まらない」

 ——これらは、住民にとっても職員にとっても嬉しい。


 だからこそ、次に来る。


 ——拡大。


「主任!! “全庁舎に結界を!”って意見が出てます!」


 美月が走ってきた。今日は紙束じゃない。タブレットだ。デジタルな地獄が来た。


「誰がそんな暴論を」


「庁舎管理の一部と、あと“苦情が怖い人たち”です!

『結界が効いたなら、全部に張れば全部解決』って!」


「全部解決しない!!」


 加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は耳栓が入っている。

 拡大議論は、耳が疲れる。わかる。


「苦情が怖い人が“静けさ”を欲しがるの、分かるけど……

静けさって、時に“言わせない力”になるからね」


「そう。だから今の結界は、慎重に“目的限定”してる。

全庁舎に張ったら、役所が“無言の城”になる」


 背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑みが今日はなぜか乗り気だ。


「無言の城……格好良いな」


「格好良くない!!」


会議:拡大派 vs 慎重派、そして現場が板挟み


 会議室には三陣営がいた。


拡大派:庁舎管理の一部、苦情対応が怖い職員


慎重派:住民課、福祉、学校連携担当


現場派:とにかく回したい人(全員)


 拡大派が言う。


「主任、効果が出たなら、全庁舎に張るべきです!

大声、クレーム、怒鳴り込み——全部減らせる!」


 慎重派が反論する。


「減らすんじゃない。“言えなくする”のは危険です。

庁舎は相談の場です。静かすぎると、来庁者が萎縮します」


 拡大派が苛立つ。


「でも現場が壊れたら、相談もできない!」


「壊れないための交代制と仕組みも作ったでしょう!」


 ……両方正しい。

 両方正しい時が一番困る。


 美月が小声で言った。


「主任、これ……第65話の内ゲバと同じ構図……」


「同じ構図だ。だから解き方も同じ。

感情で殴り合いさせず、仕組みに落とす」


「よし。ならば布告だ。『全庁舎結界化』!」


「布告するな!!」


勇輝の整理:結界は“防災”であって“日常の壁”ではない


 勇輝はホワイトボードに、二つの言葉を書いた。


結界=安全確保の対策(防災)

結界=感情を止める壁(統制)


「この二つ、混ざっています。

今の結界は前者。

拡大派が求めてるのは後者に近い。そこが危険」


 加奈が頷く。


「防災は守るため。統制は黙らせるため。似てるけど違う」


 拡大派が言う。


「黙らせたいわけじゃない! ただ、怖いんです!」


 勇輝は即座に受け止めた。


「怖いのは分かります。

だから“怖さを減らす”のは結界だけじゃなく、勤務体制・警備・導線でもやります。

結界を広げる前に、まず“怖さの原因”を分けます」


解決策:全庁舎ではなく「ゾーニング」と「条件付き拡大」


 勇輝は、拡大を“全否定”しなかった。

 全否定すると反発が残る。

 代わりに、ゾーニングにする。


庁舎ゾーニング(暫定案)


相談ゾーン(結界あり)

相談窓口、福祉相談、別室対応室

→ 感情が荒れやすい場所。刺さりを減らす


手続きゾーン(結界弱め/時間限定)

住民課、税務など

→ 説明が通る程度に。言葉は通す


議論ゾーン(結界なし)

会議室、意見交換、説明会

→ ここは“言う場”。静けさで丸めない


待機ゾーン(結界なし+導線整備)

ロビー、廊下

→ 結界で無音にしない。生活音を残す


 美月が頷く。


「これなら“全部張れ”の欲を、“必要なところだけ”に誘導できる」


 加奈も言う。


「“議論ゾーンは結界なし”って明記するの大事。

役所が黙らせる意図はないって示せる」


 拡大派の職員が言った。


「でもロビーで怒鳴られたらどうするんですか!」


 勇輝は即答する。


「それは結界じゃなく、庁舎管理と警備の導線で対応します。

怒鳴り込みは“感情”じゃなく“行為”です。行為はルールで止める」


 市長が頷く。


「良い。怒りは受け止めるが、暴力は止める」


「市長、今日は正論!」


条件付き拡大:評価を前提に“試す”


 監査の宿題もある。

 だから拡大は、評価とセットにする。


期間:2週間の追加試験


対象:相談ゾーン+手続きゾーンの一部


指標:第73話のKPIを使う


ルール:「苦情はOK」「別室OK」「言えない空気は禁止」を掲示


 美月が言う。


「これ、評価の枠組みそのまま使えます。

拡大しても数字で追える」


「そう。数字で追える拡大なら、暴論じゃなく“試験”になる」


 加奈が耳栓を机に置いて言う。


「耳栓は、会議用。拡大派と慎重派がまた叫びそうだから」


「会議に耳栓持ち込むな!」


「持ち込む」


結論:結界は“全庁舎の壁”ではなく“必要な場所の傘”


 勇輝は、最後に全員へ言った。


「結界は、全庁舎を覆う壁にしません。

必要な場所に、必要な強さで、必要な時間だけ。

そして、言葉を止めない。これが大前提です」


 拡大派も慎重派も、完全には満足しない顔をした。

 でも、現場が回る落としどころだ。


 市長が独特の笑みで締める。


「よし。庁舎は城ではなく、広場だ」


「さっき無言の城とか言ってた人が!」


「気分だ」


「気分で行政を動かすな!」


 美月が小声で言った。


「主任、今日は“暴論を制度に落とした”回でした」


「いつもそれで生きてる」


 加奈がホットミルクを差し出す。


「今日も生存確認」


「ありがとう」


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、効果が出ると暴論が出る。


次回予告(第76話)


「拡大試験開始:『結界がある窓口』と『ない窓口』で嫉妬が発生!」

「あっちは守られてるのに!」

職員同士がギスギス!?

勇輝、庁内の“公平”を守れ!

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