第73話「評価が必要:結界は本当に効果があるのか?“数字で証明せよ”」
監査は言った。
「期限と評価指標を明確に」と。
つまり、こうだ。
——効果を数字で証明しろ。
「主任! 監査の宿題、来ました!」
美月が紙束を抱えて飛び込んできた。
紙束の厚みが、すでに“統計の匂い”を放っている。
「分かってる。評価指標がないと、試験運用は永遠に試験のままになる」
加奈が紙袋を抱えて現れる。今日は、付箋ではなく“定規”が入っている。
嫌な予感が、グラフになりそうだ。
「数字って、安心にも不安にもなるよね。扱い方次第」
「だからこそ、扱い方を決める」
背後から、のっそりと市長が現れた。不敵な笑みが今日は普通。
「数字は嘘をつかぬ。だが、数字の見せ方は嘘をつく」
「市長、今日は鋭い。余計なことは言わないでください」
「余計なことは言わぬ」
「信用できない!」
目的の確認:結界は何を良くしたかったのか
勇輝はまず、ホワイトボードに大きく書いた。
数字を取る前に、“何を改善したいか”を固定しないと、数字が暴走する。
結界(静けさ対策)の目的
窓口の混乱を減らす(大声・揉め事・中断)
相談対応の質を上げる(説明が通る、案内が機能する)
職員の負担を減らす(倒れる、欠勤、メンタル不調)
来庁者の安心を上げる(言いやすい、帰れる)
「この四つ。これ以外の効果は“参考”扱い。評価の主軸にしない」
美月が頷く。
「主軸を増やすと、集計地獄になります!」
「分かってる。地獄は避ける」
加奈が言う。
「あと、“怒ってもいい”の保証があるから、苦情が増えることもあるよね?
それを“悪化”と判定しないようにしてほしい」
「重要。苦情は悪化じゃない。表に出ただけの改善もある」
市長が頷く。
「良い。数字は文脈が必要だ」
評価指標(KPI)を決める:少なく、強く、現場で取れる
勇輝は、現場が実際に取れる指標に絞った。
取れない指標は、存在しないのと同じ。
A. 混乱の指標(窓口)
大声・トラブル件数(1日あたり)
警備・庁舎管理の呼び出し回数
窓口中断(対応が止まった回数)
B. 相談対応の指標(質)
一次完結率(その場で次の行き先まで案内できた割合)
再来庁率(同じ相談で再来た割合) ※“手続き上必要”は除外
平均対応時間(長すぎも短すぎも注意)
C. 職員負担の指標
体調不良・早退・欠勤(窓口担当)
交代制が守られた割合(シフト遵守)
“魔力疲労”申告件数(匿名集計)
D. 来庁者の指標(安心)
簡易アンケート(3択)
話しやすかった
普通
話しにくかった
別室対応の利用数(言いにくさの可視化)
美月が目を輝かせる。
「主任! これならフォームで取れます。紙でもOK。
あと“1分アンケート”にすれば回収率上がる!」
「やる。だが個人情報は取らない。匿名。集計のみ」
加奈が頷く。
「“話しやすかった”は、数にしていい。人の心は数にできないって言うけど、入口だけならできる」
「入口だけなら、できる」
比較の方法:Before/After と、場所差を分ける
監査が求めるのは“効果があったか”。
でも現実は季節も混雑も噂も変わる。だから比較設計が必要だ。
勇輝は、やれる範囲で現実的な設計にした。
期間比較:結界導入前2週間 vs 導入後2週間
場所比較:結界あり窓口 vs 結界なし窓口(別課のカウンター)
ピーク比較:混雑時間帯(昼前後)だけ切り出す
「完璧な実験じゃない。でも、現場でできる“十分な証拠”を作る」
市長が独特の笑みで言う。
「行政は完璧より実用だ」
「そうです」
美月、ついに“行政統計担当”になる
美月は、覚悟を決めた顔で言った。
「主任、私が集計します。
“バズる数字”じゃなくて、“守る数字”を作ります」
「いい。頼む」
加奈が小さく笑う。
「美月が成長してる……SNS担当から、統計担当へ」
「でも詠唱はしません!」
「詠唱禁止がスローガンになってる!」
現場の抵抗:職員が“また仕事が増える”と顔で言う
住民課の職員が、やや疲れた目で言った。
「主任……記録、増えますか……」
勇輝は即答した。
「増やしません。
記録は“チェックを一個つけるだけ”にします。
そして、記録する代わりに——監査対応であなたたちを守る。
数字がないと、守れないんです」
職員が、少しだけ頷いた。
「……それなら」
加奈がそっと付け足す。
「記録のために働くんじゃなくて、働きを守るための記録だよ」
「うん……」
実施:その日のうちに“評価の箱”を作る
美月が、窓口の横に小さな箱を置いた。
1分アンケート(匿名)
□話しやすかった □普通 □話しにくかった
(よければ一言:____)
そして職員用の“1日チェック”も作る。
トラブル:0/1/2…
呼び出し:0/1/2…
中断:0/1/2…
交代守れた:○/△/×
体調:○/△/×
たったこれだけ。
これなら、現場は死なない。たぶん。
市長が不敵な笑みで言った。
「よし。数字で守る準備が整ったな」
「整いました。あとは集めるだけです」
加奈が紙袋から定規を出して、美月に渡す。
「グラフ描くならこれ」
「アナログ!!」
「紙が勝つから」
「また紙が勝つ!」
次回予告(第74話)
「数字が暴れる:『トラブル増えた』のに『安心も増えた』!?」
評価結果が矛盾する!?
“苦情が出るのは改善”なのか“悪化”なのか。
勇輝、数字の読み方で炎上を防げ!




