第71話「予算が追いつかない:結界を“サービス化”した途端、財務課が倒れる」
結界の審査会は、なんとか終わった。
優先順位も決まった。納得も半分取れた。運用も回り始めた。——はずだった。
翌朝。
「主任!! 財務課が倒れました!!」
美月が駆け込んできた。
“住民課が倒れた”に続いて“財務課が倒れた”。役所の臓器が順番に落ちていくの、やめてほしい。
「誰が」
「課長です! 机に『結界=無料じゃない』って書き残して!!」
「遺言みたいに言うな!」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、胃薬に加えて、なぜか電卓が入っている。
加奈の紙袋、最近なんでも出る。怖い。
「予算の話だね。……結界、結局“サービス”って見えちゃうもんね」
「そう。サービスに見えた瞬間、無料だと思う人が増える。無料だと思う人が増えた瞬間、財務課が死ぬ」
背後から、のっそりと市長が現れる。
「金は現実だ。魔法では払えぬ」
「その通りです市長。今日の敵は“無料だと思い込む空気”です」
財務課:机の上に“見積もり地獄”が積まれている
財務課に入った瞬間、空気が違う。
相談窓口の“感情災害”とは別の、数字の災害。紙が分厚い。付箋が刺さっている。赤いペンが荒ぶっている。
佐伯課長(財務)が、椅子に沈みながら言った。
「主任……結界、試験運用って言いましたよね……?」
「言いました」
「試験運用って……無料だと思われるんです……。
“試しなんだからタダでしょ”って……」
「その誤解、危険です」
課長が机を叩く。
「結界シール(試験運用)って何ですか!! 購入するんですよね!?
クールダウン室の備品、照明、空調、交代要員の時間外、掲示物、導線整備、審査会の人件費!
全部、金が出ます!!」
「出ます!」
美月が小声で言う。
「主任……財務課って、怒ってるのに正しい……」
「正しい怒りは、ありがたい」
加奈が電卓を机に置きながら言った。
「課長、胃薬も持ってきました。数字見ると胃が死ぬでしょ」
「ありがとう……胃より心が死ぬ……」
市長が独特の笑みで言った。
「財務課が倒れぬよう、制度を整えよ」
「はい。整えます。お金の流れと説明責任、セットで」
問題の核心:結界は“見えないコスト”が多すぎる
勇輝は、財務課の机の上のメモを見て頷いた。
結界そのものはドラゴンの力。材料費ゼロに見える。
しかし実際は周辺コストの塊だ。
監督責任(誰が管理するか)
事故対応(結界で体調不良が出た場合など)
職員の配置(交代要員)
申請・審査の事務(書類処理)
掲示・広報(誤解防止)
代替策(導線、警備、案内)
加奈が言った。
「無料に見えるものほど、周りが高い」
「その通り。だから“無料じゃない”を、角が立たない言葉で伝える必要がある」
美月がすぐ反応する。
「主任、それ私の仕事ですね。詠唱なしで!」
「頼む」
解決の方向:予算と運用を“パッケージ化”する
勇輝は、財務課の課長に言った。
「結界を個別案件で処理すると、財務課が永遠に死にます。
だから“パッケージ”にします」
「パッケージ?」
「はい。
結界に付随する費用を、ひとまとめの事業として扱う。
名前は——」
市長が口を挟む。
「『心の平穏付与事業』」
「それは却下です!!」
美月が即座に叫ぶ。
「炎上ワードです!!」
加奈も頷く。
「うん、スピリチュアルに見える」
勇輝は真顔で言った。
「名称は『窓口・公共施設の安心確保対策(異界対応)』。
結界はその中の一メニュー。
費用は“安心確保対策”として計上する。結界単体にしない」
佐伯課長が、少しだけ救われた顔になる。
「……それなら、議会説明もやりやすい……」
「そう。説明できる形にするのが財務の救命です」
さらに重要:無料提供と有料提供の境界を作る
ここが一番揉める。
結界を全部有料にすると反発が出る。
全部無料にすると財務が死ぬ。
だから、公共性で線引きする。
暫定:費用負担の考え方
A・B(学校・福祉・役所など)
→ 公費(町の安心確保対策として)
C(イベント・混雑の短期)
→ 原則公費だが、事業側の協力(人員・備品・導線整備)を条件にする
※“お金”ではなく“手間”を出してもらう
D(民間・個人)
→ 結界そのものは原則対象外
→ 代替策(掲示テンプレ、導線、相談)を提供
→ どうしても必要なら「実費負担+試験枠」だが、原則やらない
加奈がうなずく。
「“手間を出してもらう”いいね。お金より摩擦が少ない」
美月が頷きながら言う。
「SNSでも『結界は無料サービスじゃなく、安心確保対策の一部』って出せます」
「出せる言い方にするのが大事」
「民間から金を取ると揉める。代替策で満足度を上げよ」
「市長、今日は財務の味方だ」
「金は町の血だ」
「また名言!」
財務課救済:数字を“見える化”して先に潰す
佐伯課長は、机の上の紙を指で叩いた。
「でも主任、結界の費用、見積もりがバラバラです。
担当が違うと積み方が違う」
「統一します。チェックリスト化します」
勇輝はその場で、簡易チェックリストを作った。
結界運用の費用チェック(暫定)
交代要員(何人・何時間)
休憩室(備品・空調)
防護シール(枚数)
掲示・案内(印刷)
導線
監督者(責任者の配置)
事故時対応(連絡手順)
「これで“見積もり地獄”が少し減ります」
課長が深く頷く。
「……助かります……。財務課は、予算より“整理”が欲しいんです……」
「分かります。整理が仕事です」
加奈がぽつりと笑う。
「勇輝、今日すごく役所の人だね」
「毎日役所の人だよ!」
広報:美月が“無料じゃない”を炎上させずに言う
最後に、美月が広報文を作った。
“無料じゃない”は言い方を間違えると燃える。だから短く、優しく、でも明確に。
【お知らせ】結界(静けさ対策)は無料サービスではありません
現在の結界は、窓口・学校・福祉など公共性の高い場所で、職員と来庁者の負担を減らすために試験運用しています。
運用には人員配置や安全管理などの費用がかかるため、無制限に提供できません。
民間店舗・個人のご要望には、代替策(掲示テンプレ・導線・相談)で支援します。
勇輝は頷いた。
「これなら角が立ちにくい。『無制限にできない』が柔らかい」
市長が独特の笑みで言う。
「よし。財務課は蘇るか」
佐伯課長が、半笑いで言った。
「主任……蘇りませんが……生き延びます……」
「それで十分です!」
加奈が胃薬を差し出す。
「はい、生き延びセット」
「ありがとう……今日の胃薬は、税金より効く……」
「税金と比較するな!」
次回予告(第72話)
「監査が来る:『結界って何の事業?』と突っ込まれる」
監査担当、異界要素にドン引き!
説明責任・根拠・記録——全部出せ!
勇輝、監査対応で胃が死ぬ!




