第71話「予算が追いつかない:結界を“サービス化”した途端、財務課が倒れる」
結界の審査会は、なんとか終わった。
優先順位も決まった。理由も開示した。代替策まで添えた。――これでしばらくは、窓口も町も落ち着いて回る。
勇輝は、そう信じたかった。
翌朝。
「主任っ、財務課が……!」
美月が廊下を曲がってくる勢いが、昨日までの「相談票の雪崩」と違う。紙束は持っていない。代わりに両手が空いていて、その分だけ焦りが丸見えだ。
「落ち着いて。どうした」
「倒れました! 課長が! 机に、『結界=無料じゃない』って書き残して……!」
勇輝は一瞬だけ目を閉じた。
書き残し、という単語が妙に重い。引き継ぎメモなら歓迎だが、そういう温度ではなさそうだ。
「書き残し方がドラマっぽいな……本人は意識ある?」
「はい、意識はあります。でも、顔色が……。たぶん徹夜です。数字の徹夜」
「数字の徹夜は、ただの徹夜より長いんだよな」
そこへ加奈が紙袋を抱えて入ってきた。今日は袋の角が四角い。柔らかい差し入れの形ではない。つまり、事務用品の日だ。
「これ、財務課に持っていこうと思って。充電ケーブルと、カフェイン控えめの飴と、……電卓。あと、替えのボールペン」
「準備が良すぎる」
「昨日、審査会の最後の方で財務課の人が“遠くを見る目”してたから。たぶん今日来る」
予感が当たるのが、この町の怖いところだ。
背後から市長が歩いてくる。いつもの余裕は残しつつ、足取りだけが少し早い。役所の噂は、市長の耳に入るのも早い。
「金は現実だ。魔法では払えぬ。……だが、現実もまた運用で整えられる」
「そうですね。今日の相手は“無料だと思い込む空気”です。正面からぶつかるんじゃなく、ほどいていきます」
勇輝はメモ帳を胸ポケットに差し込み、財務課へ向かった。
◆途中の廊下:もう“予算の匂い”がしている
財務課へ行く途中、庁内チャットの通知が連続で鳴った。
美月の端末にも、加奈のスマホにも。
「主任、見てください。『結界の費用、町が持つんですか?』って問い合わせ、もう来てます。しかも温泉郷と商店街から同時に」
「同時に来るときは、だいたい同じ噂を見てる」
勇輝は歩きながら返信の下書きを作る。短く、断らず、約束しすぎず。
「『現在、対策全体として整理中です。方針が固まり次第、説明と併せてお知らせします』……このくらいで」
「文章が落ち着いてる。安心するやつです」
「安心させる文は、あとで中身が伴わないと一気に苦しくなる。中身は財務課で詰める」
そこへ、住民課の係長が顔を出した。昨日まで窓口で踏ん張っていた人の顔だ。今日は戦場が違う。
「主任、すみません……今朝、窓口で『結界、税金でやるの?』って聞かれて。『検討中です』って答えたら、『じゃあ今は無料ってことね』って返されました」
「返しが早い……。ありがとうございます、情報。窓口側は、その返しに付き合わなくていいようにします。今日中に台本を用意します」
「台本……助かります……」
係長の肩がほんの少しだけ下がった。現場は、判断材料があるだけで救われる。
◆財務課:机の上に積まれた「見える仕事」
財務課の扉を開けた瞬間、空気が違った。
相談窓口の「言葉と感情の密度」とは別種の密度。こちらは紙と数字の密度だ。
積まれているのは申請書だけではない。
資料の束、見積書のコピー、備品の発注リスト、勤務表の下書き、会議室予約の控え、印刷物の枚数表。付箋が刺さり、赤ペンの線が走り、蛍光マーカーが「ここを見て」と叫んでいる。
そして、その中心に――佐伯課長がいた。
椅子に沈み、机に肘をつき、額を押さえている。倒れている、というより「倒れないように座り方を工夫している」姿だ。これが財務課の倒れ方か、と勇輝は妙に納得しそうになる。
「主任……おはようございます……」
声は出る。目も合う。意識はある。だが、ひと晩でこの課長から何が奪われたかは机の上が全部語っていた。
「おはようございます、課長。聞きました。……大変そうだって」
「大変そう、で済めばいいんですが……」
机の横で若手職員が書類を仕分けている。名札には「主計係 宮田」。勇輝は何度か顔を合わせたことがある。静かな人だが、数字の話になると手が速い。
「主任、これ……“結界関連”として全部ひとまとめにされ始めてます。備品も人も広報も、全部『結界』の棚に置かれてしまう」
宮田が淡々と言う。
淡々としているのに、声の奥が忙しい。淡々とできる人ほど、限界は突然来る。
「棚が一つだと、財務課の中で迷子が出るな」
「はい。棚が増えると迷子が増える。どっちにしても迷子が出ます」
「迷子は出る前提なんだ……」
美月が小声で感心した。
加奈が紙袋から、飴と電卓と充電ケーブルと替え芯を順番に出し、机の端に置いた。置き方が「お守り」みたいで、ちょっと笑ってしまう。
「課長、これ。計算用。あと、スマホの電池切れると気持ちが持っていかれそうだから」
「ありがとう……電池、大事……」
市長が机の上を一瞥し、低い声で言った。
「財務課が苦しむのは、町が動いている証拠でもある。だが、苦しませ続けるのは役所の怠慢だ」
「市長、今日は言い方がちゃんと上司です」
「私はいつも上司だ。……と言い切ると角が立つので、今日は“上司らしく”しておく」
勇輝は思わず笑いそうになって、こらえた。笑っていい空気ではあるが、課長の前で軽くなりすぎると失礼になる。
佐伯課長が、机の上の紙を指でトントン叩いた。
「主任。結界、試験運用って言いましたよね?」
「言いました。『試験運用』って、便利な言葉なので」
「便利すぎるんです……。住民の皆さんが、こう言うんですよ。
『試しなんだから無料でしょ』『試しなら好きに使わせて』って……」
「言い方は違っても、受け取り方が同じだね」
加奈が小さく頷く。喫茶で人の言葉を毎日聞いている人の頷きだ。
佐伯課長は、堰が切れたように紙をめくり始めた。
「結界そのものがドラゴンの力だとしても、周りが全部“人の手”なんです。
相談窓口の交代要員、回復室の照明、空調の運転時間、防護シールの試験購入、掲示物の印刷、導線のコーン、会議の準備、審査会の議事録……。何より、管理責任を誰が持つか。そのための担当者の時間!」
勢いはあるが、言葉は荒くない。財務課の怒りは、だいたい論理でできている。
美月が、小声で勇輝に言った。
「主任……財務課って、怒ってるのに言ってることが全部まともです……」
「まともだから止め方が難しい。まともは“受け止めて一緒に整える”しかない」
勇輝は椅子を引いて課長の正面に座った。目線を合わせる。ここからは「一緒に片づける」話にする。
「課長、まず確認します。今、何が一番危ないですか。予算そのもの? それとも、説明?」
「両方です。予算は積み上がる。説明は追いつかない。
そして説明が追いつかないと、『なんでうちはダメなんだ』『なんで無料じゃないんだ』って声が出て、また説明が増える。無限ループです……」
「なるほど。無限ループを切るには、入口を変える」
「入口?」
勇輝は頷いた。
「結界を“単体の特別サービス”に見せない。
『結界をください』という入口の形にすると、財務課が毎回、単発で処理することになる。
だから、事業としてまとめます。結界はその中の一つのメニューにして、全体の目的と費用をセットで説明する」
市長が半歩前に出て言った。
「名は何にする」
勇輝は即答する前に、課長の顔を見た。課長が求めているのは格好いい名前ではない。議会で読み上げても笑われず、住民が見ても変な期待を持たない名前だ。
「『窓口・公共施設の安心確保対策(異界対応)』でどうでしょう。結界は“静けさ対策”の一つ。交代制も掲示も、ぜんぶこの対策の中身です」
美月が小さく拳を握る。たぶん「誤解されにくい名称」に合格した反応だ。
佐伯課長は、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「……それなら、議会資料の見出しが作れます。『結界費』って単語が表に立つと、誤解が増えるので……」
「分かります。表に出る言葉が変わるだけで、空気が変わる」
宮田が小さく言った。
「予算書の科目名は、住民の想像力を刺激します。刺激されると、勝手に物語ができます」
「物語ができると、現場が困る」
美月が頷きすぎて首が大変そうだ。
勇輝は机の上のメモを指差した。
「課長、この“見えない費用”を、見える化しましょう。見えるようにして、先に説明する。
そうすると『結界=無料』の誤解は減る。減れば、財務課の受け止めが軽くなる」
「見える化……具体的には?」
「チェックリストです。誰が積んでも同じ形になるように。見積もりが人によって揺れると、財務課がそのたびに調整しないといけない」
勇輝は白紙を一枚引き寄せ、すぐに書き始めた。書きながら言葉も添える。役所の紙は、書くだけでは動かない。言葉で温度を合わせて初めて動く。
――結界(静けさ対策)運用 費用・責任チェック(暫定)
・交代要員:人数/時間帯/代替部署
・回復室:利用室/備品/空調運転の目安
・防護シール等:枚数/配布基準/保管
・掲示・案内:印刷枚数/掲示場所/更新担当
・導線備品:コーン・テープ/設置撤去の担当
・監督責任:責任者/判断基準/連絡体制
・体調不良等の対応:別室誘導/連絡先/記録
書き終えると、佐伯課長がそれをじっと見た。目の動きが、さっきより少し落ち着いている。
「……これ、助かります。財務課が欲しいの、まさにこれです。数字以前に“整理”が欲しい」
「整理ができると、数字が怖くなくなる……とは言いませんけど、少なくとも逃げ道は見えます」
美月が顔を上げた。
「主任、これ、庁内ポータルに置いたらどうですか? 申請担当がみんな同じチェックを通せば、財務課への投げ方が揃う」
「いい。今日は“揃える日”にしよう」
市長が頷く。
「揃えるのは強い。ばらばらの善意は、時に災いになる」
宮田が、もう一枚紙を差し出した。
「課長、実はもう“揃えられない”例が出てます。温泉郷のイベントは『短期』なのに、備品を常設する前提で見積もってきました。逆に学校は常設に近いのに、『短期だから臨時で』って積み方です」
「積み方が逆……」
佐伯課長が天井を見た。天井は答えてくれない。
「積み方の揃え、今日やります。学校も温泉も、同じ尺度で」
勇輝が言うと、課長が深く頷いた。
「主任、お願いがあります。今日のうちに“担当課向けのミニ説明会”をやりませんか。財務課が一件ずつ追いかけると、間に合わない」
「やりましょう。十五分でいい。チェックリストの使い方と、言葉の注意点だけ」
美月が手を挙げた。
「そこに広報の“言い換え集”も混ぜたいです。『無料』って言葉、うっかり出ると空気が変わるので」
「よし。美月は言葉、加奈は住民目線、課長は数字、私は全体像。市長は……」
「私は座る」
「今日は座ってください。それが一番助かります」
市長は一瞬だけ不満そうに見せて、すぐに頷いた。座る市長は珍しいが、役所の珍しさは今日はいらない。
◆十五分のミニ説明会:財務課が“悪役”にならないために
そのまま勇輝は会議室を押さえた。小さめの会議室。十五分だけ。長くすると、各課の仕事が詰まって逆に火がつく。
集まったのは、担当課の“投げる側”たちだ。
住民課の係長、学校連絡担当、福祉の相談員、観光案内所のスタッフ、温泉郷組合の窓口役。それと、商工の若手が「一応聞いておきたいです」と端の席を取っている。
ホワイトボードの前に立ったのは勇輝。隣に佐伯課長と宮田。美月は机の端で端末を開き、加奈は出入口近くに立って“言葉の引っかかり”を拾う役に回った。
「結界の話をする前に、前提を一つだけ」
勇輝は、声の高さを変えないように意識しながら言う。
「いま皆さんが対応しているのは、“結界の申請”ではなく、“安心確保対策の相談”です。言葉が変わると、受け止め方が変わる。ここ、今日から揃えます」
住民課の係長がうなずいた。
「窓口で『結界はありますか』って言われると、つい『あります/ありません』で答えちゃって……その瞬間に“サービス”っぽくなるんですよね」
「そうです。答えるなら『結界だけの話ではありません』から入る。これが台本の一行目です」
美月が即座に端末に打ち込む。
「台本、一行目、確定」
佐伯課長が、少しだけ言いづらそうに口を開いた。
「財務課からお願いがあります。『無料』という言葉を、こちらから先に言わないでください」
温泉郷組合の窓口役が、思わず身を乗り出す。
「えっ、でも……試験運用って、ほら、無料のお試しみたいに……」
その言葉が出た瞬間、加奈が小さく手を挙げた。
「今の、まさに“受け取り方”だね。お試しって聞くと、勝手に“タダ”が付く」
勇輝が頷く。
「試験運用は『やり方を試す』であって、『費用が消える』じゃない。ここ、言い換えます。『試験運用=運用方法を確認中』。これなら無料と結びつきにくい」
観光案内所のスタッフが、メモを取りながら言う。
「なるほど……。お客さんに聞かれたら、『方法を確認中なので、対象と範囲は限定です』って言えばいい?」
「いいです。加えて『代替策もあります』まで言えると、角が立ちにくい」
宮田が、ホワイトボードにチェックリストの項目を手早く書き出す。文字が整っている。財務課の字だ。
「そして、お願い。見積もりはこの形で揃えてください。交代要員、回復室、掲示、導線、責任者、記録……。ここが抜けると、後で必ず揉めます」
福祉の相談員が、少し困ったように笑った。
「福祉は、相談が増えると人員が足りなくなるのが一番つらいです。交代要員の計算、正直、いつも感覚でやってしまって……」
「感覚でいい場面もあります。でも、今は町全体で揃えたい。だから“感覚を数にして出す”ところだけ、手伝います」
勇輝がそう言うと、佐伯課長が頷いた。
「財務課は、数字そのものより“揃っているか”を見たいんです。揃っていると、説明が楽になります。説明が楽になると、現場が楽になります」
商工の若手が、恐る恐る手を挙げた。
「あの……民間店舗の人が『お金払うからお願い』って言ってきたらどうします? もう、そういう相談が来そうで……」
勇輝は、そこで“線”を分かりやすく引いた。
「結界を“買えるもの”にしない。お金で順番が変わるように見せない。
ただ、困っている気持ちは放置しない。だから、民間は原則“代替策で支援”。どうしても必要なケースが出たら、試験運用枠として同じ条件で扱う――ここまでをセットで覚えてください」
加奈が、うん、と小さく頷く。
「『買う』じゃなくて『条件を満たす』。その言い方なら、置いていかれた感じが少ない」
美月がすぐ続けた。
「SNSで書くなら、『安全管理の条件があるため、対象と範囲に限りがあります』って感じにします。買い物っぽくならないように」
「いい。買い物っぽくしない。役所が売り場になると、別の混乱が増える」
十五分は短い。だから最後は一言でまとめる。
「今日の合言葉はこれです」
勇輝はホワイトボードに、大きく書いた。
――結界は“単体のサービス”ではなく、安心確保対策の一部。
――限りがあるので、必要な場所から。
――代替策も一緒に案内する。
参加者たちが、それぞれ頷いた。誰も完全に理解した顔ではない。でも、仕事はそれでいい。理解は運用の中で育つ。大事なのは、同じ方向を向いて動き出せることだ。
会議室の扉が閉まると、佐伯課長が小さく息を吐いた。
「……悪者役、少しだけ回避できそうです」
「回避します。悪者を作ると、話が歪むので」
◆線引き:お金で切らず、役割で切る
次にやるべきは、費用負担の境界だ。
“全部無料”も“全部有料”も、どちらも揉める。なら、その間の設計をする。行政はそこが仕事だ。
勇輝は、課長の机の端を借りてもう一枚紙を取り出した。ここはホワイトボードより、課長の机の上でまとめた方が早い。
「前回の優先順位を、費用の考え方に落とします。基本はこう」
口調は丁寧に。断定はするが刺さる言い方にしない。財務課を味方にしたいからだ。
「A・B――役所、学校、福祉。ここは町の基盤なので公費で守る。
C――イベントなど短期の混雑は原則公費。ただし主催側に“手間の協力”をお願いする。人員配置、導線整理、掲示の更新。お金ではなく運用で支えてもらう。
D――民間店舗や個人は、結界そのものは原則対象外。その代わり代替策を手厚くする。掲示テンプレ、導線の相談、困りごとの窓口案内。必要なら巡回の調整」
美月が眉を上げる。
「“お金じゃなく手間”って、言い方がいいですね。『負担してください』って言わなくて済む」
「負担って言葉は、聞いた瞬間に肩が上がるからな」
市長が静かに言った。
「それでも民間からは『なぜうちだけ』が出るだろう」
「出ます。だから“理由”と“代替策”をセットで出します。説明は一回で終わらない前提で、窓口の台本にしておく」
佐伯課長が、机の上でペンを転がしながら言った。
「主任。民間店舗が『実費でいいから』って言ってきた場合はどうします? 実費で受けると、公平性の問題が出ます。受けないと、『お金も出すのに』って言われる」
財務課の質問は、現場の未来を読んでくる。
勇輝は少し考え、加奈の顔を見る。加奈は“喫茶の現場”を思い浮かべるように目を細めた。
「……『実費でいい』って言う人は、安心を買いたいんだよね。本当は“困ってる”の翻訳」
勇輝は頷き、答えを組み立てる。
「受け方を作るなら、個別の“結界提供”にはしません。
『試験運用枠』として、町が責任を持てる範囲だけ。条件を揃える。期間限定、担当者の配置、体調不良時の手順、掲示の文言……全部セット。お金だけで順番が動かないように」
宮田が、淡々と補足する。
「つまり“買う”ではなく、“同じルールの枠に入る”ですね。価格というより、手続き」
「そう。お金は“特権”の鍵にしない。鍵にすると、町の空気が荒れる」
市長が小さく頷いた。
「金は手段であって、身分ではない。よい線だ」
美月が、メモを取りながら言う。
「これ、説明するとき『お金を出せば結界が来る』じゃなくて、『安全管理の条件を満たす必要がある』って言い方にできます。そうすれば、売り物みたいに見えにくい」
「売り物みたいに、は良い言い方。美月、そこ採用」
「やった!」
加奈が笑った。
「美月、今日のテンション、役所向きだね」
「え、褒められてます? 今の、褒められてます?」
◆外への言葉:角を立てず、逃げず
最後に残るのは外への言葉だ。
ここで言い方を間違えると、話の焦点がずれていく。ずれると説明が増える。説明が増えると、現場の時間が削られる。
美月が、ミニ説明会で固めた文を、投稿用に整えた。
――【お知らせ】静けさ対策(結界)について
現在、役所や学校・福祉など公共性の高い場所で、職員と来庁者の負担を減らすための対策を試験運用しています(運用方法を確認中です)。
対策の運用には、人員配置や安全管理、案内の整備などの準備が必要なため、無制限に提供することはできません。
民間店舗・個人のご要望には、代替策(掲示テンプレ、導線相談、困りごとの窓口案内)で支援します。
ご不明点は、申請窓口または担当課へご相談ください。
勇輝は文面を一度頭の中で「住民の目」で読んだ。
責めない。逃げない。できることとできないことが同じ段落にある。最後に相談先がある。これなら角が立ちにくい。
「いい。言葉が落ち着いてる。『できません』だけじゃなく『代わりに』が入ってる」
加奈がうなずく。
「相談の出口があると、怒りが尖りにくい」
佐伯課長が、机に手を置いて言った。
「主任……財務課、今日は倒れません。倒れない形で、ちゃんと座れます」
「それが一番ありがたいです。財務課が座れると、町が動く」
市長が、現場が一つ片づいたときの安堵に近い表情で言った。
「よし。では次だ。監査が来る前に、記録を整える」
「次回予告みたいに言わないでください」
「言った方が、皆の心構えができる」
「それは……確かに」
勇輝は財務課の机の上の紙束を見回した。
この山は明日になっても消えない。だが山の形が整えば、人は登れる。登れる山なら、役所は進める。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、見えないコストは、見える言葉にして守る。




