第7話「ひまわり市、防衛予算を組む!」
■ひまわり市役所・異世界経済部
朝の定例会議。
だが今日の空気は、いつもの“ゆるい混沌”ではなく、明らかな重さをまとっていた。
勇輝はコーヒーを片手に、資料の山と睨み合ったまま、深く息を吐く。
「……で、被害報告、もう一度お願いします。」
声は冷静を装っていたが、すでに胃のあたりが痛い。
美月がタブレットを操作しながら、表情を引きつらせて読み始める。
「はい、昨日だけで“下水詰まり”23件。“温泉排水口にスライム侵入”5件。
あと、“ドラゴンの子どもが学校に迷い込んだ”が1件です。」
「それ、最後のが一番ヤバい!!」
「でも保健室の先生が“かわいかったからOK”って言ってます。」
「市職員の判断基準どうなってんの!?」
勇輝の声が裏返り、加奈が申し訳なさそうにメモを取りながら小声で補足した。
「……ちなみに、そのドラゴンの子、
“夏休み自由研究:ひまわり市の学校制度”って書き残して帰りました……。」
「もう観光じゃなく社会科見学レベルだろそれ!!」
市長は腕を組み、ゆっくり頷いた。
その横で加奈と美月が緊張気味に視線を送る。
「――つまり、今の問題は“防衛”ではなく“維持管理”だ。」
「維持管理……?」
勇輝が眉を寄せる。
「異世界観光が進めば、魔物も増える。
でもそれを排除じゃなく、共存できる仕組みを作らなきゃならん。」
市長の声は落ち着いていた。
異界転移から日が経つにつれ、この町は「慣れてきた」のではなく、“覚悟を決め始めている”のかもしれない。
「部長、予算つけましょう。“魔物対応課”の設立です。」
「……マジすか。」
「異世界経済部、防衛予算を組む!」
美月と加奈が顔を見合わせる。
そして――なぜかほんの少し誇らしげだった。
■午後・臨時市議会
会場には地元議員だけでなく、異界からの傍聴者もちらほら。
市議会ステンドグラスの前に立つ市長は、どこか舞台俳優のようだった。
「こちらの資料をご覧ください。
“観光増=魔物流入=想定外インフラ負荷”という負の連鎖。
ですが、我々は恐れません。対応します。
――それが、異世界自治の夜明けです!」
「……具体的に何を?」
「まず、“下水スライム吸引車”の導入。
そして、“ドラゴン通学路”の安全標識整備。
さらに、“魔法災害対応マニュアル”の作成です!」
「……予算総額は?」
「2,800万円です。」
「たっか!!」
議場がざわつく。
だが、誰も「やめろ」とは言わなかった。
この町は、もう“普通の市政”には戻れないのだ。
■休憩・市役所テラス
紙コップのコーヒーを片手に、美月がぽつりと漏らす。
「魔物と人が同じ町で暮らす……って、簡単じゃないですね。」
その隣でリリアがストローを噛みながら答える。
「でも、無理じゃない。」
「え……?」
「魔界でも、最初は“魔族同士”すら争ってた。
でも、今兄上――魔王は“種族より目的を”と言ってる。
――あなたたちの町、もうその一歩を踏み出してる。」
美月は目を瞬かせ、やがて微笑んだ。
「……ありがとう、リリア様。」
「あと、その“下水スライム”の件、ちょっと私、手伝えるかも。」
「えっ?」
■翌日・下水処理場
リリアは真剣な顔で魔法陣を描き、美月は横でメモを取り続けていた。
「スライムは魔界では“水精族”の一種。
怯えさせるより、“住み心地”を整えたほうがいいのよ。」
「住み心地?」
「そう。ここに“スライム用マナ槽”を設置すれば、勝手に棲み分ける。」
詠唱が終わると、青い光が地下へ流れ込む。
スライムたちが静かに沈んでいき――沈黙した。
「……収まった。」
「まさか、魔法でインフラ整備できるとは……!」
「文明と魔術は両輪よ。使い方を間違えなければ、平和の力になる。」
その背中は、もうただの“魔王の妹”ではなかった。
■翌週・市民講習会
町では“魔物と暮らすマニュアル”が完成。
市民向け講習会には、エルフ講師、ドワーフ大工、そしてリリア。
壇上にはひまわり市の新ポスターと、明るい文字。
「魔物と暮らす町へ」
「共存って、言葉で言うほど綺麗じゃない。
でも――互いの生活が交わる場所が、“町”になるのよ。」
講習会場には拍手。
そして、フラッシュ。
またSNSトレンドに**#ひまわり市**が浮上した。
■夜・市役所屋上
遠くに温泉街の灯り。
空気に混ざる湯煙の匂い。
リリアが夜景を見ながら、ぽつりと呟く。
「この町……思ったより強いわね。」
「強さって、派手な魔法じゃないんですよ。
壊れても、また直す――それがひまわり市の魔法です。」
「……ずるい言い方ね。」
「市民向け広報用です。」
リリアは鼻で笑い、でもその目はどこか柔らかかった。
こうして“防衛予算”は成立し、
ひまわり市は本格的に“多種族共生モデル都市”として動き出す。
だが――次の来訪者は、さらなる波乱を呼ぶことになる。
次回予告
第8話「異世界からの視察団」
王国と魔王領の高官が市役所にやってくる!?
「プレゼン資料に“ゆるキャラ”混ざってるんですが!?」
――異界外交、今度はお役所会議バトルへ!




