第63話「広報が炎上寸前:『真の姿を写す写真機』が都市伝説化する」
噂は、早い。
特にひまわり市みたいに、町が小さくて、異界要素が派手で、SNSが元気だと——噂は足が生えて走り出す。しかも、だいたい途中で化け物になる。
そして今日、その化け物が役所を狙ってきた。
「主任! 役所の写真機が“本性暴き”って都市伝説化してます!」
美月が飛び込んできた。スマホを片手に、目がもう“燃えてる”。いや、燃えてるのはSNSだ。
「都市伝説……? 写真機は使用停止にしたよな?」
「してます! してますけど、噂は止まりません!
『役所の入口で本当の姿がバレる』『真名が抜かれる』『角が勝手に生える』って、三段階で盛られてます!」
「盛るな!!」
加奈が紙袋を抱えて現れる。今日はなぜか、のど飴が大量に入っている。広報戦は喉が死ぬからだ。分かってる。嫌だ。
「来庁者、減ってる?」
「減ってます。特に異界の人。『役所に行くと剥がされる』って言ってる」
「剥がされるって何を……」
「外見」
「最悪だ」
背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑みが今日は少し冷えている。
「行政の信頼が揺らぐ噂は、放置できない」
「はい。今日の敵は“噂”です」
勇輝は立ち上がった。
「広報で止めます。美月、主導。加奈、商店街と住民の空気を集めて。市長は——」
「もちろん来る」
「広報会議に市長来ると“布告”感出るんで、ほどほどにしてください!」
「ほどほどにする」
「信用できない!」
現場:噂の内容が、もうホラー
異世界経済部の会議スペースに集まって、まず美月が画面を見せた。
広報ギルドっぽい掲示板、異界新聞の抜粋、SNSのまとめ画像——全部が混ざって、最悪のスープになっている。
「これ見てください。
『役所の入口には“真実の鏡”がある』
『真名を抜かれると契約させられる』
『人間に擬態してると捕まる』
……って」
「捕まえない!!」
勇輝が叫ぶと、加奈が即座に言う。
「落ち着いて。叫ぶと“否定が強い=本当”って見えるから」
「うっ……」
市長が静かに言った。
「否定は短く、代わりに事実を出せ」
「はい。事実で殴ります」
「殴るな。伝えるだ」
美月が頷く。
「今の状況、二つ問題があります。
写真機は停止したけど、それが伝わってない
“役所が本性を暴く”って物語が強すぎて、事実が負けてる」
「物語が強いの、わかる……」
加奈が言った。
「怖い話は、理由がなくても広がるもんね。しかも異界の人は“真名”とか“契約”の概念が強い」
「それを踏まえて、広報は“安心の物語”を作る必要がある」
勇輝はホワイトボードに大きく書いた。
目標:役所は“暴かない”、手続きは“守る”
美月が即座に追記する。
禁止:煽り返し/犯人探し/皮肉
「美月、今日はちゃんとしてるな」
「炎上は喉が死ぬので!」
「喉が理由かよ!」
戦略:短文+現場の見える化+“第三者の声”
勇輝は、噂に対して真正面から全部否定するのを避けた。
全部否定すると、相手の物語を強化してしまう。だから、やることは三つだけに絞る。
① 事実:写真機は停止、真名入力は存在しない
写真機は使用停止中(入口に貼り紙あり)
真名入力を求める運用は役所にはない
写真はスマホ撮影でも受付できる
② 安心:本人の意思が最優先
外見を強制して変えさせない
“確認”はするが“暴かない”
困ったら相談窓口がある
③ 信頼:市民・現場の声
住民課職員の短いコメント
実際に手続きした人(匿名OK)の感想
商店街や学校の協力者からの一言
加奈がうなずいた。
「第三者の声は効く。役所が言うより“生活してる人”が言う方が安心する」
市長も頷く。
「行政は、言葉だけでは信頼を取り戻せん。行動を見せよ」
「市長、珍しくまとも」
「失礼だ」
美月の広報文案:詠唱しない、盛らない、でも刺さる
美月がその場で、公式SNSと掲示用の短文を作った。
勇輝は横で、余計な情緒が入らないように調整する。市長は“格言”を入れようとして止められる。
最終的にできた文は、これだ。
【お知らせ】住民課入口の証明写真機について
現在、写真機は**使用停止(調整中)**です。
住民課の手続き用写真は、スマホ撮影+窓口チェックでも対応できます。
役所が「外見を変えさせる」「真名を求める」ことはありません。
不安な点は、窓口でご相談ください。
美月が顔を上げる。
「主任、これでいきます。画像付きで。入口の貼り紙も撮って載せます」
「貼り紙写真はいい。ただし来庁者が写らないように。個人情報は絶対に守る」
「もちろん!」
加奈が言う。
「あと、“怖い気持ちは分かる”って一文を入れてもいいかも。否定だけだと冷たい」
勇輝は少し考えて、短く足した。
不安なお気持ちは当然です。安心して手続きできるよう、対応を整えています。
「いい。短いし、寄り添ってる」
市長が、独特の笑みで言った。
「よし。これで噂は沈む」
「沈むといいですね……」
噂は、沈まないことが多い。だから次の手も必要だ。
現場の見える化:入口の“停止”を、誰が見ても分かるようにする
勇輝は住民課へ行き、写真機の前に立った。
貼り紙は小さい。これでは見逃す。
「これ、貼り紙を大きくします。
『使用停止』を一番上に。
そして代替手段を横に。
さらに“真名は求めません”は一行で」
住民課職員が、ほっとした顔で頷く。
「ありがとうございます……! 列の人に説明するのが本当に大変で……」
美月が言う。
「説明って、同じことを何回も言うから喉が死ぬんですよね。なので“見える化”が正義です!」
「喉のために町を救うな」
「救えます!」
加奈がテープを渡しながら、ぽつりと言った。
「貼り紙って、町の魔法だよね。みんなが同じ情報を見られる」
「たしかに、紙の魔法だ」
市長が満足そうに頷いた。
「紙は強い。ハンコと同じくらい」
「ハンコは今日関係ない!」
第三者の声:住民課職員の“短い一言”が効く
最後の仕上げに、住民課職員に短いコメントをもらうことにした。
長文は読まれない。短文が刺さる。
職員は少し恥ずかしそうに、でも真面目に言った。
「……“確認”はします。でも“暴く”ことはしません。
不安な方ほど、ゆっくり説明します」
美月が頷く。
「これ、画像にして投稿します。職員さんの名前は出しません」
「匿名で、役所としての姿勢として出す。それがちょうどいい」
加奈が笑った。
「これなら、怖い人も一歩踏み出せそう」
結果:来庁者が戻る。噂は残る。でも“主導権”が戻る
夕方。
住民課の待合に、異界の人が少しずつ戻ってきた。
入口の貼り紙が大きくなり、窓口で「スマホで大丈夫ですよ」と言われるだけで、肩の力が抜ける人がいる。
もちろん、噂は完全には消えない。
都市伝説はしぶとい。
でも、主導権が戻った。役所が“何をしているか”を示せれば、怖い物語に飲まれにくくなる。
美月がスマホを見ながら言った。
「主任、炎上してません。むしろ『丁寧で助かる』って反応があります」
「よし……勝った」
市長が独特の笑みで言った。
「噂は水。堤防を作れば、町は守れる」
「市長、今の格言は採用です。短いし」
「当然だ」
加奈がのど飴を差し出す。
「はい、喉の堤防」
「うまいこと言うな!」
勇輝は飴を受け取り、ゆっくり舐めた。
甘い。
町の不安を、少しだけ溶かす味がする。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、噂とも戦う。
次回予告(第64話)
「窓口が大混乱:異界の“偽装防止”団体が役所前で勝手に検査を始める」
「あなたは本物か!」
勝手にチェックする正義が、いちばん危険。
勇輝、公共の場を守れ!




