第62話「写真撮影が修羅場:証明写真機が“本当の姿”を写してしまう」
住民課の入口の横には、だいたい“便利な機械”が置いてある。
証明写真機。手数料の券売機。コピー機。
住民課という場所は、人生の手続きが集まる分、機械の出番も多い。
ただし、便利な機械はたまに牙をむく。
特に異界転移した町では。
「主任! 証明写真機が“真の姿”を撮ります!!」
美月の叫びを聞いた瞬間、勇輝はコーヒーを飲む手を止めた。
やめてくれ。住民課の隣にある機械が“真”に目覚めるのは、だいたいろくなことにならない。
「真の姿って何だ。美月、落ち着け」
「落ち着けません! 撮影したら角が写ります! 耳が伸びます! 肌の色が変わります! 本人が泣きそうです!」
「泣きそうなのは住民課だよ!」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、ティッシュ箱が入っている。嫌な予感が生活用品になっている(二回目)。
「写真機で泣くって、どういうこと……」
「撮りたい姿と違う姿が写る。本人確認の写真なのに」
「うわ、それはつらい」
背後から、のっそりと市長が現れる。独特の笑みが今日は少し険しい。
「写真は“本人”を写すはずだ。なぜ“別の本人”が写る」
「その“別の本人”も本人なんですけどね!」
勇輝は立ち上がった。
「現場へ行きます。住民課入口の写真機。美月、撮影ブースの混乱を広げるな。加奈、本人の気持ち優先で。市長は——」
「もちろん行く」
「ですよね!」
現場:証明写真機の前が、静かな修羅場
住民課入口の証明写真機。
普段なら「600円」「撮り直し可」みたいな平和な世界だ。
なのに今日は、列ができていて、列の空気がやけに重い。
撮影ブースから、かすれた声が聞こえる。
「……やだ……」
そして、ブースのカーテンが少し開き、中から出てきた女性が目を潤ませていた。
昨日の“変身体質”の人と同じような雰囲気だが、今回はもっと切実だ。
住民課職員が困り果てて言う。
「撮り直しもしました。でも……毎回、角が……」
美月が小声で呟く。
「角、出たくないのに出る……機械が暴く……」
「暴くな、暴くな」
加奈が女性にそっと声をかける。
「大丈夫。いま、役所の人がちゃんと考えるから。無理に撮らなくていいよ」
女性がかすれた声で答えた。
「……この町で暮らしたいだけなのに。写真が……私を別の私に戻す」
勇輝は、胸の奥がきゅっと痛んだ。
本人確認のための写真が、本人の安心を壊す。これは役所が一番避けるべき構図だ。
市長が静かに言った。
「制度は人を守るためにある。人を傷つけるなら、修正せねばならぬ」
「市長、珍しく100点の発言!」
「いつもだ」
「その自信は置いといて!」
原因:写真機が“魔力補正”している
勇輝はまず、機械の設定やメーカー表示を確認した。
すると、写真機の横に貼られた小さな追加シールが目に入る。
異界対応アップデート済
“偽装・擬態を自動補正し、真の外見を抽出します”
「……誰がそんなアップデートを」
美月が、すっと目を細めた。
「主任……この手口、“親切な翻訳シール”と同じ匂いがします……」
「だろうな。勝手に世界を良くするタイプの親切」
加奈が眉を寄せる。
「偽装と擬態を見破るのは、確かに本人確認には便利そうだけど……本人が嫌がるならダメだよね」
「ダメ。完全にダメ。本人確認は“本人が納得できる”形じゃないと成立しない」
市長が腕を組む。
「しかも、この補正は誤判定も起こすだろう。真が一つとは限らん」
「市長、今日ほんとに賢い」
「失礼だな」
勇輝は即決した。
「このアップデート、停止します。最低でも、住民課入口の写真機では無効化する。
本人が“撮りたい姿”で撮れることが大前提です」
住民課職員が泣きそうに言う。
「でも主任……どうやって止めれば……?」
勇輝は、美月を見た。
「美月。シール貼ったの、誰が持ってきたか、聞ける?」
「聞きます! たぶん“広報ギルドの派生”か“自称セキュリティ団体”です!」
「当たってほしくない予想!」
対策:停止できないなら“写真機を使わない”ルートを作る
問題は、今ここで機械を分解できないことだ。
そして、住民は今日も写真が必要だ。
だから勇輝は“運用で逃がす”ことにした。行政の得意技。
「住民課の手続き用写真は、必ずしもこの写真機で撮る必要はありません。
スマホ撮影→窓口で規格チェック→印刷、というルートを案内しましょう」
職員が目を見開く。
「スマホで……?」
「はい。規格はあります。でもチェックはできます。
写真機が信用できないなら、別手段を用意する。生活を止めない」
加奈がすぐ頷く。
「それなら本人が“自分で選べる”ね。機械に暴かれない」
美月が手を挙げた。
「主任、私、ガイド作ります! 『OK例/NG例』を図で!」
「いい。図は強い。詠唱しない図で」
「詠唱しません!」
市長が独特の笑みで言う。
「よし。写真機は“任意”と明示しろ。あれに吸い込まれる者を減らす」
「吸い込まれるって言い方やめてください!」
本人の救済:写真は“本人が安心できる姿”でいい
勇輝は、さっきの女性に丁寧に言った。
「あなたが“望まない姿”を勝手に写す機械は、今日は使いません。
スマホで、あなたが落ち着ける姿で撮って、それを規格に合わせましょう」
女性が、少しだけ目を潤ませたまま頷いた。
「……いいんですか。角、出さなくても」
「出さなくていい。あなたの生活のための手続きです。脅しじゃない」
加奈がそっと付け足す。
「それにね、角が出る日も、出ない日も、あなたはあなた。役所は“どっちが本物”とか決めないよ」
女性が、ほんの少し笑った。
「……ありがとうございます」
美月がスマホを構えて、すぐに我に返って引っ込める。
「……撮影じゃなくて、ガイド作成に集中します!」
「成長したな」
「昨日の詠唱アカで鍛えられました!」
「そこ鍛えるところ違う!」
追撃:写真機の“真名認証”が始まる
……と、ここで終わらないのがひまわり市だ。
写真機の画面が、突然切り替わった。
認証:真名を入力してください
「出た!!」
勇輝は頭を抱えた。
真名ブーム、まだ続いていた。便利そうに見えるのが最悪だ。
住民課職員が震える声で言う。
「主任……これ、子どもも使う写真機なのに……真名って……」
市長が険しい顔で言う。
「危険だ。個人情報の塊だ」
「市長、正論の暴力やめて!」
美月が叫ぶ。
「主任、これは止めましょう! 完全にダメです! 真名入力を求める機械、役所の入口に置いちゃダメ!」
「同意」
勇輝は即座に決断した。
「写真機、使用停止。カーテンに貼り紙。
『現在調整中。写真はスマホ撮影をご利用ください』。
そして、設置業者と異界協力団体に連絡。勝手アップデート禁止」
加奈が頷く。
「うん。これは“便利”じゃなくて“危険”」
ひまわり市の結論:本人確認は、暴くためじゃなく守るためにある
その日の午後。
住民課入口の写真機には、大きく貼り紙が貼られた。
証明写真機:調整中(異界対応アップデート停止のため)
住民課の写真は、スマホ撮影+窓口チェックでも対応できます。
美月の作った簡易ガイドも横に置かれた。
背景、顔の大きさ、影、帽子、眼鏡——現代日本の証明写真ルールは細かいが、細かいから守れる。
女性は窓口の端でスマホ撮影し、加奈が光の当たり方を見てアドバイスし、職員が規格チェックをして、無事に写真が通った。
最後に女性が小さく言った。
「……役所って、怖い場所だと思ってました。でも、今日は……守ってくれた」
勇輝は、静かに答えた。
「そうあるべきです。手続きは、あなたの生活を守るためにある」
市長が独特の笑みで締める。
「よし。ひまわり市は“暴かない町”になる」
「目標が増えすぎ!」
加奈が紙袋からティッシュを出し、住民課職員に渡す。
「今日は涙の日だね。はい」
職員が泣き笑いで受け取った。
「主任……この町、普通の写真が一番難しいです……」
「普通が一番難しい。異界あるあるだ」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、証明写真機が“真実”に目覚めることがある。
次回予告(第63話)
「広報が炎上寸前:『真の姿を写す写真機』が都市伝説化する」
「役所の入口で本性がバレる」
そんな噂が広がり、来庁者が減り始める!?
美月、今度こそ“正しい火消し”に挑む!




