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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第51話「税務課パニック:異界通貨で納税したい人たち」

 税務課の朝は、だいたい静かだ。

 静かに電卓が叩かれ、静かに封筒が積まれ、静かに“納期限”という文字が胃に刺さる。——そんな、地味で重い部署。


 ……のはずだった。


「主任ぃぃぃ!! 税務課が、金属臭いです!!」


 美月が廊下を全力疾走しながら叫んだ。

 税務課が金属臭い、という表現は、日本語としてだいぶ終わっている。だが今のひまわり市では、終わっている日本語ほど当たる。


「落ち着け。何が起きた」


「納税相談が殺到してます! しかも、持ってきてるのが……円じゃないです!」


「またか!」


 勇輝は立ち上がると、すぐに税務課へ向かった。

 背後には加奈もついてくる。喫茶ひまわりの紙袋を抱えたまま、顔が真剣だ。


「税金って、生活そのものだもんね。揉めたら町が死ぬ」


「そう。だから今日の地獄は、笑ってる暇がない」


「いや、笑わないと死ぬでしょ」


 加奈の言うことも正しい。悔しい。


 そして角を曲がったところで、市長がのっそりと合流した。不敵な笑み。今日はなぜか、手に“木槌”みたいなものを持っている。


「ふむ。納税は市民の義務。よい心がけだな」


「市長、その木槌は何ですか」


「税務課の空気を整えるための象徴だ」


「象徴で整うなら誰も苦労しません!」


税務課:金貨が、机の上で光っている


 税務課に入った瞬間、勇輝は“金属臭い”の意味を理解した。

 カウンター前に列。列。列。

 そして、手に持っているものが全員おかしい。


 金貨の袋。

 宝石を詰めた箱。

 透明な結晶(微妙に脈打って見える)。

 どこからどう見ても、円ではない。


 税務課の職員が、半泣きで勇輝に駆け寄った。


「主任……! 助けてください! “払いたい”って言ってるんです! しかも皆さん、めちゃくちゃ善意です!」


「善意が暴走するときが一番厄介なんだよ……」


 美月が後ろでスマホを構えかけて、勇輝に睨まれて止めた。


「撮りません! でも、金貨の光沢が——」


「光沢で税は払えない!」


 カウンターに立つ税務課係長が、必死に説明していた。


「ですので……納税は原則として“円”で……」


 しかし相手は、ドラゴンの青年だった。いや青年というか、肩幅が正義。鱗がキラッキラしてる。声が低い。


「円がない。だが納めたい。義務を果たしたい」


 真面目すぎる。

 税務課にとって、真面目な相手ほど話が終わらない。


 隣ではエルフの商人が、薄い笑みで金貨を揺らしている。


「円は、こちらでは“価値の紙”でしょう? 我々は“価値の金”を持ってきた。合理的です」


「合理の方向が違う!」


 さらにその後ろでは、スライムが透明な袋をぷるぷるさせていた。袋の中に、銀色の粒が入っている。


「ぷる……(これ、納税……)」


「翻訳いらない。意思が伝わるのが怖い」


 加奈が小声で勇輝に言った。


「みんな、ちゃんと払おうとしてるのは偉いよね。日本人より偉いまである」


「比較するな。日本人も払ってる。払ってる人は」


 市長がカウンター前に出て、独特の笑みで言った。


「諸君。納税の意志、見事だ」


「市長、煽らないでください!」


「煽ってはいない。称賛だ」


「称賛が列を増やすんです!」


問題整理:受け取れない、でも追い返せない


 勇輝は、税務課の奥で緊急ミニ会議を開いた。

 税務課係長、会計担当、異世界経済部(勇輝)、美月(広報)、加奈(現場の空気)、市長(混ぜるな危険)。


 勇輝はホワイトボードに書く。


現状:異界住人が「納税したい」と来ている


支払い手段:金貨・宝石・魔力結晶など(円ではない)


法的・会計上:市は勝手に物品を“税として”受領できない(現金・振替など手段が固定)


現場リスク:追い返すと不信/滞納扱いの誤解/善意が傷つく


治安リスク:金貨や宝石が庁舎内に溢れる(盗難・トラブル・SNS炎上)


 美月が手を挙げた。


「SNS炎上はもう半分燃えてます! 『税務課で金貨』ってワードだけが走ってる!」


「走らせるな!」


 税務課係長が震える声で言う。


「主任……“受け取れない”って言うと『じゃあ滞納になるのか!?』って怒られるんです……」


「怒ってる?」


「怒ってるというか……真剣に焦ってます。義務を果たせないのが不安なんだと思います」


 加奈が頷く。


「分かる。払いたいのに払えないって、罪悪感になる」


 市長が木槌を机に置いた。


「では、受け取れる形を作ればよい」


「市長、それを今から作るのが地獄なんです」


「地獄は行政の庭だ」


「庭にするな!」


 勇輝は、結論を出した。

 正攻法で行く。制度を崩さず、善意を殺さず、現場を回す。


「“税として受領”はできない。でも、“円への交換”を案内できる。つまり、納税そのものは円で、異界通貨は別ルートで円に換える」


 税務課係長が目を見開く。


「交換……どこで……?」


 勇輝は言った。


「市役所じゃない。役所が両替をやると、会計が死ぬ。だから——」


 加奈がすぐに続ける。


「商工会か、金融機関か、観光協定の窓口だね」


「そう。異世界経済部の範囲だ。観光協定の枠で“交換窓口”を設置して、税務課は案内だけ。今日だけは臨時対応で列を分ける」


 美月が目を輝かせる。


「列分けの案内、私やります! “納税は税務課、両替は異世界経済部”って!」


「言い方は柔らかくな。『お手続きのご案内』だ」


 市長がうなずく。


「よし。二段構えだ。行政は二段構えで勝つ」


「最近その戦法、便利すぎません?」


現場対応:税務課の前に“臨時案内所”を立てる


 税務課の前に、臨時の案内机を出した。

 紙には大きくこう書く。


納税は円でのお支払いです(ご案内します)

円がない方:交換・手続き案内はこちら


 美月がマイクなしで通る声を出す。広報の才能が、こういうところで役立つのが悔しい。


「皆さま! 納税の意思、ありがとうございます! 納税は“円”でのお支払いになります! 円をお持ちでない方は、こちらで交換のご案内をします!」


 ドラゴン青年が、真面目な顔で聞き返す。


「では、俺の金貨は無意味か?」


「無意味じゃない! ただ、税務課では受け取れない! こっちで円にしてから払える!」


 美月の説明が直球すぎて、勇輝が横から修正する。


「あなたの金貨の価値は尊重します。ただ、ひまわり市の会計の仕組み上、“税”は円で受け取る決まりなんです。だから、いったん円に換えましょう」


 ドラゴン青年は、ぐっと拳を握った。


「理解した。ルールに従う。案内してくれ」


 素直すぎる。涙が出る。

 税務課係長が奥で手を合わせていた。南無。


 エルフ商人は腕を組み、にやりと笑う。


「交換レートは? “価値の紙”は揺れるでしょう」


「そこで揉めるな!」


 勇輝は、ここが本丸だと理解した。

 交換レートは、行政が決めると爆死する。だから——市場に寄せる。


「本日のレートは“暫定”で、複数の協定商会の提示価格を基準にします。交換は本人の同意のもとで。税務課はレートに関与しない」


「賢い。責任分界が明確だ」


 エルフが嬉しそうに言う。褒められても嬉しくない。

 でも正しい。責任分界は役所の命綱だ。


 加奈が横で、列にクッキーを配り始めた。


「みんな、待ち時間長いから糖分。怒らないでね。怒ると余計時間かかるから」


 なぜか魔族っぽい人が、クッキーを受け取りながら低い声で言った。


「……甘い。だが、良い」


「味の感想が重い」


 美月がこそっと囁く。


「喫茶ひまわり、外交拠点すぎません?」


「気づくな。頼るな。頼るけど」


もう一つの地雷:魔力結晶、これ“現金”扱いできますか?


 列の中で、透明な結晶を持っていたスライムが、ぷるぷると前に出た。

 袋の中の結晶が、ぽう、と淡く光る。いや、光り方が完全に“お金”じゃない。


「ぷる……(これ、税……)」


 税務課職員が顔を引きつらせた。


「主任……これ……危険物じゃ……」


 勇輝も同意する。


「危険物だな。少なくとも“現金”ではない」


 そこへ市長が、妙に真顔で言った。


「魔力結晶は、エネルギーだ。扱いを誤ると……公園がまた伸びる」


「最悪の例え!」


 加奈が即座に言う。


「じゃあ、その場で預からない。保管しない。まず安全確認だよね」


「そう。交換窓口でも、受け取る前に“安全検査”を挟む」


 勇輝は、グルム(安全管理担当)に連絡を飛ばすよう美月に指示した。


「安全検査が必要。税務課の前で結晶が光るのはやめさせる」


「了解! 『光るものは袋のまま!』って言えばいいですか!?」


「言い方!」


 でも、現場では分かりやすさが勝つ。悔しいが。


ひまわり市の落としどころ:納税の意思を守り、制度も守る


 昼過ぎには、流れができた。

 税務課は“円での納付”だけを受け、異界通貨は臨時の交換案内へ。

 交換は協定商会・商工会の枠で行い、役所は手続きを整え、危険物は安全管理担当がチェック。


 税務課係長が、やっと息を吐いた。


「主任……回ってます……! 税務課が、税務課してます……!」


「税務課が税務課してるって、褒め言葉なの悲しいな」


 美月が机に突っ伏す。


「今日の私、案内係で喉が死にました……でも炎上は……」


「炎上は?」


「“鎮火”しました! 『ちゃんと払える仕組み作ってて偉い』って!」


「たまには褒められるんだな……」


 加奈が、最後のクッキーを税務課職員に配りながら言う。


「これで“払いたい人が払えない”状態は減るね。あとは恒常化をどうするか」


 市長が独特の笑みを浮かべ直した。


「恒常化しよう。『異界住民向け納税支援窓口』だ」


「名前が重い!」


「重いが必要だ。行政は重い」


「重いのは税金だけで十分です!」


 勇輝は、ホワイトボードの隅に小さく書いた。


課題:異界通貨の交換ルールを正式化(会計・監査・治安)

次回:協定商会・商工会・安全管理との三者会議


 そして、税務課の窓口の向こうで、ドラゴン青年が円で納付を終え、深く頭を下げていた。


「礼を言う。これで胸を張れる」


 勇輝は、少しだけ笑った。


「胸を張っていい。税は、町を回す。あなたも町の一員だ」


 ドラゴン青年は、鱗をきらりと光らせて去っていった。

 税務課は、やっと静かになった。——金属臭さは残ったけど。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、納税の列に金貨が混ざることがある。


次回予告(第52話)


「広報ギルド暴走:市の公式アカウントが“詠唱”し始めた」

突然、公式SNSの投稿文が呪文調に!?

しかも、投稿すると天気が変わるという噂まで——。

美月、広報の誇りと町の平和を賭けてログイン戦争へ!

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