第47話「露店の道路占用許可、ドワーフ鍛冶屋が歩道で開業」
ひまわり市役所にとって、平和な朝とは「苦情電話が鳴らない朝」のことだ。
つまり、今朝は平和ではなかった。
「主任! 歩道が燃えてます!」
電話口の声が、わりと本気で泣きそうだった。
勇輝は受話器を持ったまま固まる。
「……歩道が“燃えてる”って、アスファルトが?」
『いえ、火花が! 熱が! あと、なんか鉄の匂いが!』
「つまり、火災じゃなくて——」
『鍛冶屋です! 鍛冶屋が! 歩道で! やってます!』
最悪の単語が並んだ。
勇輝の脳内で、道路占用許可、道路交通法、消防、近隣苦情、観光客の群れ、全部が一気に整列する。行政の嫌な才能が発揮される瞬間だ。
そこへ、廊下から美月が滑り込んできた。今日もスマホが先に来て、本人が後から付いてくる。
「主任、もう映像回ってます! “歩道で鍛冶屋”がトレンド入りしかけてます!」
「入りしかけるな! 止めろ!」
「止められないです! 火花が映えるんです!」
「映えるな!」
加奈が紙袋を持って現れた。最近、差し入れが“出勤打刻”みたいになっている。
「また現場?」
「道路が燃えてる」
「燃えてないでしょ? 鍛冶屋でしょ?」
「……なんで知ってる」
「喫茶ひまわりの常連が“あれ見た?”って。もう町中知ってるよ」
背後から、のっそりと市長が現れた。
「ふむ。鍛冶屋か。これは産業だな」
「産業の前に安全です!」
勇輝は立ち上がり、腕章を掴んだ。
「道路管理、消防、商工、全部呼ぶ。加奈、現場の住民の空気を見てくれ。美月、拡散は“抑えつつ”状況だけ共有。市長は——」
「現場へ行く」
「そうですよね」
ひまわり市の“通常運転”は、いつもこうして始まる。
現場:温泉通りの歩道が“工房”になっている
温泉通りに着いた瞬間、勇輝は理解した。
これは確かに、歩道が燃えているように見える。
歩道のど真ん中に、小さな炉。
その前で、背の低いドワーフがハンマーを振り下ろしている。
火花が散る。金属音が響く。熱気が立ちのぼる。
そして何より——人だかりがすごい。
「うおお! リアル鍛冶屋だ!」
「これ本物? 映画みたい!」
「写真撮っていい? いいよね!?」
観光客も、住民も、異界の人も混ざって、歩道が完全に“観光スポット化”している。
交通の導線が死んでいた。ベビーカーが通れない。車椅子も無理。自転車も詰む。
道路管理担当が、汗だくで駆け寄ってきた。
「主任! 危ないです! 道路占用許可がないのに、露店を出してます!」
「……占用どころか、炉だぞ」
消防署員も現場で腕を組んでいる。
「火気使用。消火器は一応あるが、風向き次第で危険」
「“一応”が怖い」
加奈は住民側に入って、すぐに状況を掴んで戻ってきた。
「住民は半分怒ってる、半分喜んでる。怒ってる方は“歩けない”“煙い”“危ない”。喜んでる方は“町が賑わう”“客が増える”」
「……分断が早い」
美月がスマホを見ながら言う。
「コメント欄も分断してます! 『危ないからやめろ』と『最高の観光資源』で殴り合い!」
「殴り合いは止めろ!」
市長は、なぜかすでに“良い笑み”だった。
「ふむ。行政の出番だな。安全と賑わい、両立できるか?」
「両立しなきゃ炎上します」
「炎上って言うな、火花があるんだぞ」
勇輝は炉の前に立つドワーフへ近づいた。
距離を詰めるほど、熱が肌を刺す。火花がぱちぱち飛ぶ。
だがドワーフ本人は涼しい顔で、金属を叩いている。
「すみません。ひまわり市役所です。……あなた、ここで何を?」
ドワーフが振り向いた。
髭が立派。目が鋭い。腕が太い。――職人の圧がすごい。
「俺は鍛冶屋だ。ここで商いをしている」
「歩道で?」
「歩道で」
「許可は?」
「許可?」
ドワーフが首をかしげた。
その仕草が、悪気がないタイプの“分からない”だった。
「通りは人が集まる。人が集まるところで商いをする。正しい」
「正しい理屈だけど、場所が違う」
加奈が横から口を挟む。
「ねえ、危ないって言われなかった? 火花とか」
鍛冶屋は胸を張った。
「火花は祝福だ。鉄が生きている証だ」
「祝福が目に入ると失明するんだよ!」
美月が叫び、勇輝は肘で止めた。
「名前を伺えますか」
「グラトン。ドワーフ連合の職人だ」
市長が前に出て、にこやかに言った。
「グラトン殿。商いは歓迎する。だが、ここは道路だ。市民の通行のための場所だ。安全と導線を守る必要がある」
グラトンが腕を組む。
「導線?」
勇輝がすかさず、地面を指さした。
「ここは、歩くための線です。人が通る。車椅子も、ベビーカーも通る。今、通れない」
「……通るなら、横を通ればよい」
「横が“火花”なんだよ!」
加奈がまた鋭く突っ込む。
住民のツッコミは真剣だ。生活がかかってる。
グラトンは少し考え、言った。
「では、少し小さくする」
「炉を?」
「俺を」
「無理だよ!」
美月が腹を抱えて笑いそうになっている。笑うな。
道路占用許可:役所の“地味で強い武器”
勇輝は、ここで“説明”をやり直した。
異界の職人に、行政のルールを押し付けるだけでは反発が出る。だが安全を譲れない。
「グラトンさん。道路を使って商いをする場合、道路占用許可が必要です。どこに、どれくらい、何を置くか。安全対策はどうするか。消火器、囲い、導線確保。——それを確認して、許可が出ます」
「許可が出る?」
「出ます。条件を満たせば」
グラトンの目が少し光った。
“禁止”ではなく“条件付き許可”。職人は、条件が見えると動ける。
「条件は?」
「まず、火気は歩道の中心は禁止。人の流れを確保する。次に、火花が飛ぶ範囲を囲う。見学者との距離を取る。さらに、時間帯を決める。夜はやらない」
消防署員が頷く。
「消火器は二本。水は使わない。砂も用意。風が強い日は中止」
道路管理担当が続ける。
「幅員確保。最低でも通行幅二メートル。角は見通し確保」
美月が小声で言う。
「最低二メートル……鍛冶屋、二メートルで収まるかな」
加奈が即答する。
「収まらせる」
強い。
市長が、独特の笑みでまとめた。
「つまりこうだ。ここではなく、場所を移す。だが商いは認める。町の賑わいは守りたい」
グラトンが眉を寄せる。
「移す……どこへ?」
勇輝が答える。
「候補は二つ。①公園の一角(火気OK区域に限定) ②工業団地の空き地(広い、風向き管理しやすい)」
加奈がすぐ口を挟む。
「観光客の導線なら公園。でも安全なら工業団地。……どっちがいい?」
グラトンはしばらく考え、ぽつりと言った。
「人がいる方がいい」
「じゃあ公園。ただし火花対策必須」
勇輝はうなずく。
「公園なら“イベント許可”と“公園使用”の枠組みで整理できます。道路より管理しやすい」
道路管理担当が、心底ほっとした顔をした。
道路は命が削れる。担当者の命も。
しかし問題:観光客が「ここがいい」と言い出す
ここで終われば、行政ドラマとして美しい。
だが現実は、だいたい汚い。
「えー! ここがいいのに!」
「歩道でやってるから“街の中の工房”って感じで良かった!」
「移動したら冷める!」
観光客の声が上がった。
住民の一部も頷いている。賑わいを求める側だ。
美月が呻く。
「ほら来た! “移動反対派”が!」
勇輝は、胃を押さえながらも前に出た。
こういうとき、曖昧にすると余計燃える。
ルールの理由を、分かる言葉で言うしかない。
「みなさん。見学は歓迎です。でもここは道路です。通行の場所です。火花が飛ぶ。子どもが近づく。事故が起きたら、鍛冶屋も町も終わります。だから“安全な場所”でやります」
加奈も続ける。
「ここで事故が起きたら、二度と見れなくなるよ? “今だけの映え”より、ずっと続く方が良くない?」
……効いた。
観光客の顔が少し落ち着いた。住民の怒っている側も頷いた。
市長が、最後に一撃を入れる。
「そして、歩道は歩く場所だ。みんなの場所だ。鍛冶屋だけのものではない」
その言い方が、妙に格好いい。
美月が小声で言う。
「市長、たまに名言出しますよね」
「今は感想戦するな!」
移動開始:鍛冶屋、役所の許可で“正式開業”へ
グラトンは、職人らしく潔かった。
炉の火を落とし、道具をまとめ、観客に一礼する。
「分かった。安全は大事だ。……許可というもの、面白い」
「面白がるな、守れ」
勇輝が言うと、グラトンは笑った。
「条件を満たせばやれる。なら、俺は満たす」
そう言って、すたすた歩き出す。
背中が頼もしい。……方向さえ正しければ。
公園緑地担当と連絡を取り、火気可能区域の一角を臨時で確保する。
囲いを設置し、消火器を増設し、見学ラインを引く。
道路管理担当が、導線確保に満面の笑みを浮かべた。今日いちばん救われた人だ。
美月が、さっそく告知文を作る。
「『ドワーフ鍛冶屋・公園で安全に実演します!』……あ、やばい、バズる」
「バズっていい。今度は“安全”がセットだ」
加奈が紙袋を渡してくる。
「ほら、グラトンさんに差し入れ。水分大事」
「水か?」
「違う、麦茶。人間の“無難”」
グラトンは麦茶を受け取り、匂いを嗅いで頷いた。
「渋い。良い」
「渋いって言われる麦茶、初めて見た」
勇輝は思わず笑った。
でも、笑えるときに笑っておかないと、次が来る。
市長が独特の笑みで言う。
「主任。今日の教訓は?」
「道路は歩く場所。露店は許可。火花は……祝福じゃなくて危険」
「だが祝福にもなる。条件が整えばな」
「その条件整えるのが役所の仕事なんですよ……」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、歩道は工房ではない。
次回予告(第48話)
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迷子の届け出が増えたと思ったら、原因は“ワープ”。
保護者の証言が「最後に見たのは三次元です」!?
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