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第46話「公共施設予約バトル! 天界と魔界が同時予約」

 公共施設の予約というのは、平和そのものだ。

 平日の午前は健康体操、午後は囲碁、夜はバドミントン。たまに文化祭の練習。たまに町内会の総会。――人間の暮らしが、予定表のマス目に静かに収まっている。


 そして役所は、そのマス目を守る。


 守る……はずだった。


「主任……予約が、二重に入ってます……」


 体育館の管理担当が、泣きそうな顔で勇輝のところへ来た。

 机の上には、印刷された予約一覧表と、手書きの申請書が二枚。片方は金色の印章、もう片方は黒い蝋封。


 美月が横から覗き込んで、すぐに察したように叫ぶ。


「うわ! 天界と魔界じゃないですか!」


「声がでかい!」


「だってこれ、詰みですよ!? 同じ日時、同じ体育館、しかも“全面使用”!」


 勇輝は深呼吸した。

 予約が被るのは、普通の町でも時々ある。だがその場合は、どちらかが曜日を変えるか、時間をずらすか、担当者同士で話し合って終わる。


 問題は――相手が天界と魔界だということだ。


 そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。最近、役所への差し入れが「半分通常業務」になりつつある。


「何が詰んだの?」


「体育館が、天界の合唱隊と魔界の舞踏団で二重予約」


「……同じ場所で、同じ時間?」


「そう。しかも“リハーサル+本番”って書いてある」


 加奈は一拍置いて、真顔で言った。


「それ、音圧で町が割れるやつじゃん」


「割れない方向で調整するんだよ!」


 背後から、のっそりと気配がした。


「ふむ。文化の衝突は、観光資源だな」


 市長だった。不敵な笑み。

 ……そして、なぜか既にノリノリの顔をしている。


「市長、資源にする前に事故を防ぎます」


「事故は防ぐ。しかし熱量は活かす。主任、調整会議を開こう」


「……いちばんやりたくないタイプの会議だ」


 美月が即座にメモを取り始める。


「調整会議! 議事録取ります! あと、炎上対策も!」


「炎上は起こすな。防げ」


「はい! “鎮火”は得意です!」


 信用は半分だけした。


予約の真実:なぜ二重になったのか


 勇輝は管理担当から、事情を聞き取った。

 施設予約は通常、窓口かオンライン(転移後は簡易システム)で受け付け、予約票を発行して確定する。だが今回は、経路が違った。


「天界側はオンライン申請です。……“天界観光庁”のアカウントで」


「魔界側は?」


「窓口です……封蝋つきの紙で……しかも、持ってきた方が“影”みたいな人で……」


 それは怖い。普通に怖い。


「で、どうして二重で確定した?」


 管理担当が申し訳なさそうに言う。


「オンラインの方、システムが一瞬落ちて……“予約確定の通知が二回”出たんです。その直後に、窓口が来て……」


 勇輝は、胃の奥を押さえた。

 異界転移してからというもの、システムは常にギリギリだ。住所欄に“雲”が入らない程度で済むならまだいい。予約の重複は事故の入口だ。


「つまり、役所側のミスで“両方確定”になった」


「はい……」


 美月が素直に言う。


「燃えますね」


「言うな!」


 加奈が冷静に言い換える。


「じゃあ、役所が責任持って調整するしかないね。片方に“あなたが悪い”って言えない」


「そう。だから、最悪の調整会議が発生する」


 市長がうなずいた。


「よし。公平に、丁重に、そして迅速に。会議だ」


「迅速にできる相手じゃない!」


調整会議:天界の合唱隊、魔界の舞踏団、そして役所


 会議室に通されたのは、二組の代表だった。


 天界側は、白い衣をまとった合唱隊の代表・セラフィナ。

 背中の翼は丁寧に畳まれ、表情は穏やかだが、目の奥には「規律」が宿っている。


 魔界側は、黒い外套を揺らす舞踏団の代表・ヴァルド。

 長身で、視線が鋭く、笑っているのに威圧がある。背後の団員たちが静かに立つだけで、室温が一度下がる気がした。


 間に挟まれた勇輝は、書類の束を整えながら、心の中で祈った。

 ――頼むから、机を叩いて戦争を始めるな。


「本日はお忙しい中、ありがとうございます。ひまわり市役所、異世界経済部の主任・勇輝です」


 まずは定型。行政は定型で心を守る。


「こちら、喫茶ひまわりの加奈さん。地域側の調整役として同席してもらいます」


 加奈が軽く会釈する。

 天界側も魔界側も、なぜか「喫茶」という単語に反応した。現場の生活力は、異界にも刺さる。


「そしてこちら、広報担当の美月。記録と連絡担当です」


 美月がにこやかに手を振るが、勇輝は目で止めた。

 “余計なことは言うな”の視線だ。


 市長は最後に名乗った。


「市長だ。文化は尊い。衝突もまた尊い」


「市長、火種を増やすな!」


 勇輝のツッコミが、会議の空気を少しだけ緩めた。

 ……少しだけだ。相手は天界と魔界である。


 勇輝は事実を述べた。


「結論から言います。体育館の予約が、同日時に二重に確定していました。原因は市側の処理の不備です。ご迷惑をおかけします」


 天界代表のセラフィナが、丁寧に頷く。


「謝罪を受け取ります。私たちは、祈りの合唱のために場を必要としています。音の響き、天井の高さ、人の導線。すべてが重要です」


 魔界代表のヴァルドが、低い声で言った。


「我らも同じだ。舞踏は闇の芸術。床の反発、照明の落ち方、観客の距離。……そして何より、日程は変えられぬ」


 はい、出ました。

 「変えられぬ」。調整会議で一番聞きたくない言葉ランキング堂々の一位だ。


 美月が小声で囁く。


「詰んでません? 詰んでますよね?」


「黙って議事録に集中しろ」


 加奈が、現場目線で一言足す。


「ねえ、まず聞きたいんだけど。本番って“いつ何時から何時まで”なの?」


 勇輝が救われた気持ちになった。

 これだ。予定を分割できれば、勝機がある。


 セラフィナが書類を差し出す。


「午後二時から、開場。三時開演。終演は四時半。撤収は五時まで」


 ヴァルドが続く。


「我らは夜だ。六時入り。七時開演。九時終演。撤収は十時まで」


 勇輝は、頭の中で予定表を広げた。

 ……え? 時間、被ってない。


「……被ってない、ですよね?」


 管理担当が慌てて言う。


「“全面使用”が、同じ日で……午前から夜までって扱いになってて……」


 つまり、両方が「一日押さえ」を希望していた。

 本番時間はズレているが、準備とリハで被る可能性がある。さらに、どちらも“全面”なので、片方の撤収中に片方が準備できない。


 だが――逆に言えば、分割すれば行ける。


 勇輝は姿勢を正した。


「提案です。体育館を“時間帯”で分割します。天界合唱隊は午前〜夕方、魔界舞踏団は夕方〜夜。転換時間を確保し、導線と音響のセッティングも分けます」


 セラフィナが静かに言う。


「転換時間は、どれほど?」


 ヴァルドが眉を寄せる。


「我らの照明は、闇が必要だ。天界の光が残れば、舞踏は死ぬ」


 市長が、なぜか嬉しそうに手を叩いた。


「よし。では転換の儀式を――」


「市長、儀式って言うな。作業だ、作業!」


 加奈が現実的に切る。


「天界側、撤収が五時までなら、そのあと六時入りの魔界まで一時間あるよね。転換のスタッフは誰がやる?」


 セラフィナが答える。


「我々の合唱隊は、撤収を迅速に行います。翼も畳みます」


「畳むのは基本!」


 ヴァルドが腕を組む。


「我らも転換に協力はする。しかし、天界の香りが残るのは困る」


 美月がぽろっと言った。


「香り……天使っていい匂いするんですか?」


 勇輝が睨む。


「美月」


「すみません! でも重要な情報かと!」


 セラフィナは微笑んだ。


「香りは“清め”です」


 ヴァルドが鼻で笑う。


「我らにとっては“刺激”だ」


 加奈が即座にまとめる。


「つまり、換気と消臭だね。体育館、換気強めに回せる?」


 管理担当が頷く。


「できます! あと、床のモップも……」


 勇輝が続けた。


「転換時間は一時間。市側で換気、床清掃、照明切り替えのサポートを出します。必要ならボランティアも募る。ただし安全管理は徹底」


 ヴァルドが鋭い目で言う。


「市がそこまで責任を持つのだな?」


「持ちます。二重確定は市の不備です。だから、市が動きます」


 勇輝の言葉に、セラフィナが静かに頷き、ヴァルドも一瞬だけ目を細めた。

 ――少し、通った。手応えがある。


 だが、ここで終わらないのが異界である。


問題その2:音が漏れる


 セラフィナが控えめに言った。


「ただ……合唱の響きは、残響が命です。魔界の低音が準備段階で混ざると、音取りが乱れます」


 ヴァルドが即座に返す。


「我らの足音は、床を鳴らす。天界の繊細な耳が耐えられぬなら、先に帰ればよい」


 火花が散った。言葉だけだが、空気がバチバチしている。

 勇輝は机の下で拳を握り、行政スマイルを貼り付けた。


「音の問題は、時間帯の分割で最小化できます。魔界側の準備は、天界側が完全撤収してから開始。待機も別室で」


 美月が小声で言う。


「別室、足りませんよね? うち会議室しか……」


 加奈がさっと言った。


「喫茶ひまわり、使っていいよ。待機スペースに。コーヒーと、えっと……魔界向けに苦めのも出す」


 ヴァルドが、ほんの少しだけ興味を示した。


「苦い……良い」


 セラフィナも頷く。


「私たちは甘いハーブティーがあれば」


 加奈が笑う。


「任せて。喫茶ってそういうところ」


 勇輝は心の中で、加奈に土下座した。

 役所の会議室が足りない時、地域の“生活拠点”が助け舟になる。こういうのが、ひまわり市の強さだ。


 市長が独特の笑みで言った。


「よし。喫茶ひまわりを“中立地帯”とする」


「変な条約みたいに言うな!」


問題その3:観客が混ざる


 最後の懸念が残っていた。


「観客導線です」


 勇輝が言うと、管理担当が頷く。


「同じ日に二公演だと、客が入れ替わるタイミングで混雑します。駐車場も……」


 美月がすぐに反応した。


「しかも絶対、天界ファンと魔界ファンが“どっちも見たい!”って来ますよ!」


 勇輝は即答した。


「来るな、とは言えない」


 加奈が現実的に言う。


「じゃあ、列を分ける。入口も分ける。誘導スタッフ増やす」


 市長が腕を組んだ。


「二つの文化が一日に咲く。素晴らしい。だが混乱は避ける」


 勇輝は、最終提案をまとめた。


時間帯分割:天界 9:00〜17:00/魔界 18:00〜22:00(転換1時間)


転換作業:市が換気・清掃・照明切替を支援(安全管理つき)


待機場所:喫茶ひまわりを中立待機地に(両陣営の動線分離)


観客導線:入口を二系統に、誘導スタッフ配置、駐車場整理


情報発信:美月が注意事項を統一告知(煽らない)


 セラフィナが、静かに手を胸に当てた。


「受け入れます。市が責任を持ち、秩序を守るなら」


 ヴァルドが、腕を下ろした。


「良い。闇の芸術は、約束を重んじる。市が約束を守るならな」


 勇輝は、深く頭を下げた。


「必ず守ります」


 美月が小声で囁く。


「……主任、かっこいい」


「余韻に浸るな。ここからが地獄だ。現場が始まる」


 加奈が肩をすくめる。


「うん。現場はいつも地獄。でも、コーヒーはある」


当日:体育館は戦場、役所は誘導係


 当日は、案の定、すごかった。


 午前中、天界の合唱が体育館を満たした。

 透明な声が天井に吸い込まれ、残響がふわりと降りてくる。住民が「なんか浄化された」と呟き、清掃担当が「掃除した気分になった」と言い出す。気分で掃除を済ませるな。


 午後、撤収は驚くほど早かった。

 天界側は本当に、翼を畳み、物音を立てずに片付けた。丁寧で、規律がある。行政が好きなやつだ。


 そして、問題の転換一時間。


「換気最大! 床清掃、こちらから! 照明は——暗い方、暗い方を優先!」


 勇輝は指示を飛ばし、美月は誘導の貼り紙を貼り、加奈は喫茶ひまわりで待機組を捌き、そして市長は——なぜか誘導棒を振っていた。


「こちら、魔界の列! こちら、天界の列! 混ざるな! 混ざってもいいが、整列しろ!」


「混ざっていいのか悪いのかどっちだよ!」


 勇輝のツッコミが、体育館の廊下に響く。


 夜、魔界の舞踏が始まった。

 低音のリズムが床を叩き、照明が闇を切り裂く。観客は息を呑み、住民の誰かが「こっちも浄化される、別方向に」と言った。浄化の多様性。


 終演後、ヴァルドが勇輝に近づいた。


「市は約束を守った。……感謝する」


「こちらこそ、協力ありがとうございました」


 セラフィナも静かに微笑んだ。


「秩序ある転換でした。あなた方の町は、強い」


 勇輝は、やっと息を吐いた。

 公共施設予約という、いちばん地味で、いちばん大事な仕事。そこに異界が乗っかると、なぜこうも命がけになるのか。


 市長が独特の笑みで言った。


「主任。今日の教訓は?」


「予約システムを落とすな。二重確定は死ぬ」


「違う。教訓はこうだ。文化は分ければ共存できる」


「いいこと言ってる風で、結局は“時間割”ですからね?」


 美月が満足げにスマホを見せた。


「ハッシュタグ、平和に伸びました! #天界と魔界の二部制 #役所がんばった」


「“がんばった”で済むなら、世の中楽なんだよ……」


 加奈が紙コップを差し出す。


「ほら、コーヒー。転換の間、胃が縮んでたでしょ」


「……助かった」


 勇輝は、苦いのに温かい液体を飲んだ。

 ひまわり市は今日も回った。地味な仕事で、派手な相手を捌いて。


 そして、たぶん明日も何か起きる。


次回予告(第47話)


「露店の道路占用許可、ドワーフ鍛冶屋が歩道で開業」

歩道のど真ん中に現れた“鍛冶屋”。

火花、熱気、そして人だかり。観光客は喜ぶ、住民は困る、役所は胃が痛い!

勇輝、道路占用許可と安全対策の板挟みに――!

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