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第43話「落とし物係が死ぬ日:拾得物が魔剣と王冠」

市役所の朝は、平和に始まる。

 ……という建前で、だいたい何かが起きる。


 ひまわり市役所・総務課の片隅にある「遺失物保管棚」は、本来ならそこまで主張しない存在のはずだった。傘が数本。財布が一つ。手袋が片方。子どもの帽子。——そういう、“忘れられた日常”が静かに並ぶ場所。


 なのに今朝、その棚の前で、総務課の若手職員が、魂を抜かれた顔で立ち尽くしていた。


「……勇輝主任……これ、どうしたらいいんですか……」


 呼び出されて来た勇輝は、嫌な予感を抱えたまま覗き込む。


 棚の上。

 段ボール箱。

 そして——そこからはみ出している、黒光りする刃。


「……いや、無理だろ」


 勇輝は思わず、口に出した。


 段ボールの中身は、見た目からして明らかに“武器”だった。

 しかも、ただの包丁じゃない。柄が装飾され、鍔に紋章が刻まれ、妙に“禍々しい”雰囲気が漂っている。


 そして、隣の箱には——王冠が入っていた。


 金色。宝石付き。重そう。存在感が過剰。

 棚が「ここは日常の忘れ物置き場なんですけど!?」と泣いているように見える。


「主任、これ……昨日の夜からです」


「誰が持ってきた」


「名乗らないで置いて行きました。しかも、受付に“拾いました”って一言だけ……」


「市役所に武器と王冠を置いて帰るな!」


 勇輝は頭を抱えた。

 転移してから「異界っぽい落とし物」は増えた。増えたが、さすがにこれはレベルが違う。


 背後で、ぱたぱたと足音がして、美月が登場した。今日もスマホ片手で、目がギラギラしている。


「主任! これ、絶対バズります!」


「バズらせるな!」


「でも見てくださいよ! 王冠ですよ!? “落とし物王冠”ですよ!? 普通ない!」


「普通じゃないから困ってる!」


 美月がすでに写真を撮ろうとしているので、勇輝は慌てて手を伸ばした。


「撮るな! 広報案件になったら地獄だ!」


「でももう噂になってます!」


「早いな!? 誰だ!?」


「総務課の誰かが“やばいの来た”って言った時点で、ひまわり市はもう終わりなんですよ!」


 終わり宣言が雑すぎる。

 勇輝はため息をつき、総務課の職員に向き直った。


「まず確認。危険物として扱う。触った?」


「箱を開けるとき、ちょっと……」


「ちょっとで済ませるな。怪我は?」


「ないです……でも、なんか、箱の周りだけ空気が冷たい気がして……」


 勇輝は無言で、段ボールから少し距離を取った。

 怪異の匂いがする。市役所に持ち込んでいいやつじゃない。


 そのとき、廊下の向こうから、軽快な足音が聞こえた。


「おはよー! 今日も平和そうじゃん——」


 加奈が、喫茶ひまわりから差し入れの紙袋を持って現れた。

 が、棚の上を見た瞬間、顔が固まる。


「……え、なにこれ。市役所の棚に、魔王の私物?」


「魔王の私物かどうかはまだ分からん!」


「でも、雰囲気が“そう”じゃない? やばい感じ。あと王冠、絶対高いやつ」


 加奈の嗅覚は生活寄りだが、こういう時は当たりやすい。

 勇輝は頷くしかなかった。


「とにかく、落とし物として処理するには……重すぎる」


「重いって重量の話?」


「責任の話」


「そっちね」


 そのタイミングで、のっそりと市長が現れた。

 いつもの独特の笑み。今日はなぜか、腕まくりしている。


「ふむ。今日の遺失物は豪華だな」


「豪華で済ませないでください」


「遺失物は市民サービスの要だ。行政の信頼は、落とし物の扱いで決まる」


「そんな熱い分野でしたっけ!?」


 市長は王冠の箱を覗き込み、うんうんと頷いた。


「持ち主は誰だと思う?」


「……それを探すのが仕事です」


「よし。主任。これを“落とし物”として受理するための条件を考えよう」


「条件……?」


「まず、持ち主の権利。拾得者の権利。危険性。保管場所。——そして」


 市長が一拍置き、目を細める。


「もしこれが“国家級”の品なら、ひまわり市の外交問題にもなる」


「急にスケール上がった!」


 美月がすかさず割り込む。


「外交問題なら、SNSの扱いも——」


「黙って」


 勇輝と加奈が同時に言った。


遺失物法と異界の常識、ぶつかる


 勇輝は会議室に人を集めた。

 総務課、異世界経済部、美月(広報枠)、加奈(現場枠)、市長(混ぜるな危険枠)。


 机の上には、段ボール二つ。

 “魔剣”と“王冠”。


 勇輝は深呼吸してから、行政口調に切り替えた。


「まず、遺失物として受理するには、拾得物の記録と保管が必要です。持ち主が現れない場合は、一定期間後に拾得者へ——」


 美月が手を挙げる。


「拾得者が“魔王”だった場合は?」


「そういう仮定を立てるな!」


 加奈が小声で言う。


「でも、ありそうだよね。魔王領って意外と来てるし」


「ありそうだから困る」


 市長がうなずく。


「では、拾得者を探そう。誰が持ち込んだ?」


「名乗らずに置いて行ったって……」


 総務課職員が言うと、市長はメガホンを——ではなく、なぜか“呼び鈴”を取り出した。どこで入手した。


「こういう時は、堂々と告知だ。市民に呼びかける」


「“魔剣を拾った人、名乗り出てください”って言うんですか!? 治安が終わります!」


 勇輝が止めると、市長は笑った。


「違う。こう言う。“落とし物があります。心当たりのある方はご連絡ください”」


「それだと、心当たりある人が多すぎません?」


 加奈が真顔で言った。

 美月がすぐに頷く。


「異界転移後のひまわり市、心当たりで生きてる人多いです!」


 勇輝は胃が痛くなった。


魔剣、急に“自己主張”を始める


 そのときだった。


 段ボールの中から、かすかな音がした。


 ——カタカタ。


「……今、動いた?」


 加奈が身を引く。

 美月は、怖いくせにスマホだけは構える。


「動いた! 動きました! 生きてる!? これ生きてる!?」


「生きてるわけないだろ!」


 勇輝が叫んだ瞬間、魔剣の刃が箱の隙間から、すっと持ち上がった。


 ——シュン。


 空気が冷える。

 会議室の温度が一気に落ちる。

 誰かの喉が鳴る。


「……やっぱり呪い系じゃないですか!」


 加奈が言う。

 市長は、なぜか目を輝かせている。


「これは貴重だ。異界文化財として——」


「文化財にする前に安全確保です!」


 勇輝は、机から距離を取って指示した。


「総務課。保管棚じゃなく、危険物保管庫へ移す……いや、まず“封印”できる人を呼ぶ」


「封印できる人、誰!?」


 美月が叫ぶ。


「……魔族か、神官か、詳しい人!」


 勇輝が言った瞬間、加奈がふっと思い出したように言った。


「あ、竜族観光組合の窓口に、そういうの詳しい人いたよ。何でも“安全管理担当”って名乗ってた」


「観光組合の安全管理担当が封印担当?」


「異界って、だいたい兼任じゃない?」


「雑だな!」


 だが時間がない。

 魔剣が、箱の中でじわじわ動いている。完全に“出たい”と言っている。


 勇輝は美月に目を向けた。


「美月、連絡。今すぐ来てもらえるか確認」


「はい! でもその前に……一枚だけ撮って——」


「撮るな!」


王冠の方が“やばい”説


 騒ぎの最中、王冠の箱が、静かに光った。


 ——ぽう。


 誰も触れていないのに、淡い金色の光が箱の隙間から漏れる。

 魔剣の冷気とは違う。どこか“権威”の匂いがする。


「……やだ、これ、もっと面倒なやつじゃない?」


 加奈の声が低くなる。

 勇輝も同じことを思った。


 武器は危険だが、扱いはある程度決まる。

 でも王冠は——持ち主が“誰か”で、全部が変わる。


「王冠は、直接触らない。写真も……」


 勇輝が言いかけた瞬間、王冠の箱の上に置いてあったペンが、ころん、と転がった。


 まるで、「触れ」と言われたみたいに。


「……おい」


 市長が、珍しく真顔になった。


「主任。これは“落とし物”ではなく、“届け物”かもしれん」


「……誰かが、わざと市役所に?」


「そうだ。市役所は中立の場。ここなら誰もがアクセスできる。つまり——」


 市長の独特の笑みが、ゆっくり戻る。


「“試されている”」


「試すな! こっちは通常業務で手一杯だ!」


 美月が電話を切って叫ぶ。


「来ます! 竜族観光組合の安全管理担当、来ます! ただし条件が——」


「条件?」


「『王冠を見せてほしい』って!」


「見せるのが目的じゃないよね!?」


 加奈が突っ込む。

 勇輝は額を押さえた。


「……来たら、まず身元確認だ。勝手に触らせない」


「主任、保管庫の鍵、私が持ってます!」


 総務課職員が必死に言う。

 その姿が、今日一番“公務員”だった。


そして来訪:安全管理担当(異界)


 会議室の扉が開き、入ってきたのは——背の低いドワーフだった。

 頭にはヘルメット。胸には「安全第一」の札。腰には工具。目は鋭い。


「やあやあ。竜族観光組合・安全管理担当のグルムだ。……おっと、こいつは」


 グルムは段ボールを見て、顔をしかめた。


「呪い剣だな。放っておくと勝手に持ち主を探して歩くタイプだ」


「歩く!?」


「歩く」


 全員の背筋が凍った。

 勇輝は即座に指示する。


「じゃあ封印を——」


「封印の前に、“契約解除”だ。落とし物扱いだと、呪いが強まる」


「なんで!?」


「落とし物は“持ち主不明”だろ? 呪い剣は持ち主不明になると不機嫌になる」


「機嫌の概念があるんだ……」


 加奈が遠い目をした。


 グルムは王冠の箱に視線を向け、低い声で言った。


「……それは触るな。絶対だ」


「やっぱり?」


 美月が小声で言う。


「王冠は“呼ぶ”。持ち主だけじゃない。欲しいやつも呼ぶ」


「……今日、落とし物係が死ぬ日ってタイトル、正しいですね」


 美月が真顔で言って、勇輝は言い返せなかった。


対応方針:市役所は“落とし物”を守れるのか


 勇輝は、ぐっと拳を握った。

 ここで逃げたら、市役所の信頼が折れる。

 どんなに異界でも、住民の“困った”を預かる場所であり続けなきゃいけない。


「よし。魔剣はグルムさんの指示に従って契約解除・安全化。王冠は——」


 市長が口を挟む。


「王冠は、持ち主の申し出があるまで厳重保管。情報は最小限に。告知は“落とし物があります”程度」


「同意です」


 加奈が頷き、美月が不満そうに唇を尖らせた。


「……バズらないじゃん」


「バズらせないのが仕事だ」


 勇輝が言うと、美月は渋々うなずく。


「わかりました。静かに広報します!」


「それ広報の矛盾!」


 会議室に、少しだけ笑いが戻った。

 危険な落とし物でも、笑いがないとやってられない。


 グルムが工具を取り出し、魔剣の段ボールに慎重に手を伸ばす。


「……よし。まずはこれを——」


 その瞬間、魔剣が「カタカタッ」と震え、まるで怒っているみたいに箱の中で跳ねた。


「おい! 落ち着け! お前、今は“落とし物”だぞ!」


 グルムが叱ると、魔剣はぴたりと止まった。


 ……叱られると止まるんだ。


 勇輝は、もはや何も信じられなくなっていた。


次回予告(第44話)


「公園の安全点検、遊具が空へ伸びた件」

ある日、公園のブランコが“伸びる”。滑り台が“増える”。

安全基準が追いつかない中、勇輝は「遊具の上限高度」という未知の議題に挑む!

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