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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第42話「苦情センター爆発! ドラゴンのいびきは騒音か」

夜というのは、本来、静かなものだ。

 少なくとも人間の町では。


 ひまわり市の夜も、転移前まではそうだった。虫の声、遠い国道の音、温泉街の看板の明かりがゆっくり消えていく気配。——そんな“いつもの夜”が、異界に来てからはときどき、平然と裏切ってくる。


 その裏切りが、今夜は低音でやってきた。


「……ゴォォォ……」


 空気が震える。

 窓ガラスがうっすら鳴る。

 そして、喫茶ひまわりのカウンターに置いたスプーンが、かすかにカタカタと踊った。


「……ねえ、これさ。地震じゃないよね?」


 加奈が、カップを持ったまま天井を見上げる。

 時刻は夜十一時を回っている。店は閉めた。片付けも終えた。あとは勇輝が“仕事帰りに寄った体”で座って、明日の資料を見ているだけ……のはずだった。


 だが、店が閉まっていようが関係ない。

 町そのものが、いま“振動源”の真下にいる。


「地震じゃない。周期が一定すぎる」


 勇輝は冷静に言いながら、頬の筋肉だけが引きつっていた。

 嫌な予感が、もう八割くらい当たっている。


「ゴォォォ……ゴォォォ……」


 次の波が来た。

 加奈のカップの表面が、円を描いて揺れる。


「ねえ、勇輝。これ……“呼吸”じゃない?」


「……だよな」


 勇輝は立ち上がった。

 窓から外を見ると、温泉通りの街灯が微妙に揺れている。通りの向こう側、観光案内所の前に、何かが——いや、“誰か”がいる。


 巨大な影。

 背中に畳んだ翼。

 そして、地面に伏せた頭の位置から、一定間隔で振動が伝わっている。


「……ドラゴンか」


「うわ、いた……ほんとにいた……」


 加奈が、言葉の半分を息にして漏らした。


 ドラゴンが、寝ている。

 しかも、超熟睡している。


 だから町が揺れている。

 原因が単純すぎて、逆に腹が立つタイプのやつだ。


 そのとき、店の電話が鳴った。


 ——ジリリリリリ!


「……ほら来た」


 勇輝は受話器を取る前に、なぜか市役所の受付窓口の幻影が見えた。苦情、相談、要望。異界転移してから、電話の向こうはだいたいそうだ。


「はい、喫茶ひまわり……あ、違います。勇輝です。どうしました?」


『どうしましたじゃない! 揺れてる! 寝られない! これ災害じゃないの!?』


 町内会長の声だった。

 つまり、今夜は“役所案件”だ。


「原因は把握しました。ええ……ドラゴンです」


『ドラゴン!? あの観光客の!? なんで今そこにいるの!?』


「……寝てるからです」


『だからって!』


 受話器の向こうで、息を吸い込む音がした。

 次の瞬間、別の電話が鳴った。さらに別の、スマホの通知音。加奈のスマホも震えている。


 ——苦情が、同時多発している。


 勇輝は額を押さえた。


「加奈。悪い。市役所行く」


「うん。私も行く」


「店は——」


「閉めてる。現場はここ。で、あれ(ドラゴン)は“生活環境”でしょ?」


 加奈の判断が早すぎて、逆に頼もしい。

 勇輝はうなずき、二人で外へ飛び出した。


市役所・夜間対応窓口(という名の現場)


 市役所は夜だと静か——のはずだが、今夜は明かりが点いていた。

 玄関の自動ドアの前に、美月が立っている。ジャージ姿。髪は雑に結ばれ、手にはスマホとタブレット。目の下にうっすらクマ。完全に“呼び出された職員”の顔だった。


「主任! 来ましたね! 今、苦情が二十件超えました! いや、二十一!」


「お前、寝てたろ……」


「寝てましたよ! でもスマホが鳴って! 市民が眠れないなら私も眠れないって! 倫理!」


「倫理の使い方が雑だな……」


 加奈が横から覗き込む。


「内容は?」


「『地震』『怪獣』『魔界の侵略』『市長は責任取れ』とかです!」


「責任の飛び方が自由すぎる」


 勇輝は、美月の端末画面を見た。

 投稿も増えている。動画が出回っている。ドラゴンの寝顔(と言っていいのか分からないが)が、妙にかわいく撮れている。


 コメント欄がまた、地獄だ。


「ドラゴンのいびきASMR最高」


「これ観光資源」


「静かにしてあげて、かわいそう」


「うちの家が揺れてるんだが?」


「市役所はどうにかして」


「……観光資源扱いが早すぎる」


 その背後で、のっそりと足音がした。


「ふむ。確かに観光資源になり得る」


 市長だった。

 いつもの独特の笑み。パーカーの上にコート。なぜか片手にメガホン。


「市長、夜ですよ」


「夜だからこそ、声が届く」


「メガホンで届かせる方向はやめてください」


 市長はメガホンを掲げたまま、うなずいた。


「では、方針を決めよう。主任。ドラゴンのいびきは——騒音か?」


 美月が勢いよく挙手した。


「騒音です!!」


 加奈も静かに手を挙げる。


「騒音だね。揺れてるもん」


 勇輝は、ため息をひとつ吐いた。

 法的に言えば、騒音規制はある。だが、対象がドラゴンだと一気に難しくなる。

 まず、住所がない。

 次に、連絡先がない。

 最後に、体がでかい。


「騒音かどうか以前に、まず“寝場所が不適切”だ」


「おっ、主任、珍しくストレート!」


 美月が目を輝かせる。


「じゃあどうする? 起こす? 移動? それとも——」


 市長が、意味ありげにメガホンを握りしめる。


「それとも、いびきを“規制”する条例を——」


「条例作る前に寝かせません!」


 勇輝は即座に止めた。


現場へ:温泉通りの“揺れる夜”


 温泉通りに近づくほど、揺れは強くなった。

 街灯の下で、観光客と住民が入り混じって立っている。パジャマのままの人もいる。スマホ片手の若者もいる。

 みんな、同じ顔だ。


 眠い。

 そして、イライラしてる。


 ドラゴンは、観光案内所の前の広場に丸くなって寝ていた。

 尾をゆっくり動かし、翼をたたみ、胸が上下している。


「ゴォォォ……」


 音というより、圧だ。

 音圧で町が揺れている。もはや自然現象に近い。


 勇輝は現場の端で、町内会長と合流した。


「主任! これどうするんだ! 明日、みんな仕事だぞ!」


「分かってます。今、対応します」


 加奈が、住民側にやわらかく声をかける。


「すみません。とりあえず子どもはおうちに戻して、窓は閉めてください。あと、近づかないで。尻尾、動くと危ないから」


 “喫茶ひまわりの加奈”の声は、住民に効く。

 町内会の人たちが素直に頷き、誘導が始まった。


 一方、美月は美月で、スマホに向かって早口で打ち込んでいる。


「『現在、市が対応中。安全のため近づかないでください』……よし。固定ポスト!」


「固定すんな、広がる」


「広がっていいやつだけ広げます!」


「その判断基準が怖い」


 市長は、メガホンを口元に近づけた。


「起こすか。ドラゴンに礼を尽くして——」


「市長、待ってください」


 勇輝は、ドラゴンの背中に注目した。

 そこには、観光用のタグがぶら下がっている。

 竜族観光組合のマーク。つまり——“団体客”だ。


「団体客なら、代表者がいるはずだ。ガイドとか」


「いるの?」


 加奈が首をかしげる。


 勇輝は周囲を見回し、ドラゴンの頭の近く——ちょうど鼻先あたりに、小さなテントが張られているのを見つけた。


 ……テントが、揺れている。

 中から、寝息が聞こえる。


「ガイドも寝てる」


「最悪じゃん!」


 美月が叫んだ。

 市長が満足げに頷く。


「よし、ではメガホンの出番だ」


「やめてくださいって!」


起こし方会議(現場でやるな)


 勇輝は、いったん全員を少し離れた場所に下げた。

 住民の安全確保が最優先だ。ドラゴンは寝ていても、反射で動けば危険。


「起こす方法、候補出します」


 勇輝が言うと、美月はすぐに指を折り始める。


「①メガホン! ②爆竹! ③SNSで炎上させる!」


「三つ目は“起こす”じゃない」


 加奈は真面目に考えている。


「急に起こすと、びっくりして暴れる可能性あるよね。……優しく起こせない?」


「優しく、って、どうやって」


 市長が、まるで講演のように言った。


「礼節だ。異界の客に礼を尽くす。丁重に、静かに、しかし確実に——」


 勇輝は市長の手元を見た。


「市長、そのメガホン、静かですか?」


「心が静かなら静かだ」


「うわ、精神論!」


 そのとき、加奈がぽん、と手を叩いた。


「ねえ、逆にさ。いびきを止めるより、寝場所を変えさせたらいいんじゃない? 起きたら“ここは寝る場所じゃない”って説明して、移動してもらう」


「起きるまで待つ?」


「待てないでしょ、苦情が増える」


 美月がすかさず言う。


「じゃあ、起こすけど“優しく”。……優しく……」


 加奈は、ふっと笑って勇輝を見る。


「勇輝。あなた、子どもの頃、加奈の家で寝落ちして、起こしても起きなかったよね」


「今それ言う?」


「起こし方、知ってるってこと」


「……知らないよ」


「知ってるよ。耳元で——」


「やめろ」


 加奈はにやりとして、カバンから小さな袋を取り出した。

 中身は、喫茶ひまわりの“名物”。


「コーヒー豆」


「……それで?」


「香り。嗅覚で起こす。怖がらせない」


 勇輝は一瞬、目を見開いた。

 確かに、音で起こすと驚かせる。だが匂いなら、自然に覚醒できる可能性がある。

 しかもドラゴンは嗅覚が敏感——という設定、異界新聞で読んだ気がする。


「……やってみる価値ある」


 美月が目を輝かせる。


「“喫茶ひまわり式・ドラゴン起床術”……バズります!」


「バズらせるな!」


ドラゴンを“香り”で起こす作戦


 加奈は袋の口を少し開け、風上に立った。

 夜風が、コーヒー豆の香りを運ぶ。

 ほんのり甘くて苦い香りが、広場にふわりと漂う。


「……これで起きるの?」


 美月が小声で聞く。


「起きる、かもしれない。少なくとも、嫌がられにくい」


 勇輝は住民側に、手で合図した。


「距離を取ってください。ドラゴンが動いたら危険です」


 町内会長が頷き、住民をさらに下げる。

 市長はメガホンを、悔しそうに抱えたまま黙っている。


 数十秒。

 ——一分。


「ゴォォォ……」


 いびきは続く。

 だが、次の息が少しだけ変わった。


「……ゴフッ」


 喉が鳴った。

 巨大な鼻孔が、ひくりと動く。


 加奈は、さらに香りを流すため、袋を少しだけ振った。

 コーヒー豆が、かさり、と音を立てる。


 ドラゴンの目が——いや、瞼が動いた。

 薄く開く。金色の瞳が、夜の街灯を反射する。


「……起きた!」


 美月が言いかけた瞬間、勇輝が口元に指を当てた。


「静かに!」


 ドラゴンはゆっくり頭を上げ、鼻先を左右に動かした。

 匂いを追っている。


 そして、加奈の方を見た。


「……クゥ……」


 鳴き声は、想像より小さい。

 むしろ、寝起きの犬みたいだった。でかい犬。空を飛ぶ犬。


 加奈は、少しだけ前に出て、両手を胸の前で合わせた。


「こんばんは。ひまわり市へようこそ。……その、寝てるところ悪いんだけど」


 ドラゴンが、首をかしげる。


「クゥ?」


 勇輝は、加奈の横に立ち、役所の口調で丁寧に続けた。


「ここは、夜間の滞在場所としては不適切です。周辺住民から騒音——ええと、振動の苦情が出ています」


 ドラゴンは一瞬、目を丸くしたように見えた。

 そして、自分の胸に前足(前足?)を当てるような仕草をした。


「……クゥゥ……」


 しょんぼりしている。

 あまりに分かりやすい反応に、住民側の怒りが一瞬、迷子になった。


 美月が小声で言う。


「……かわいい」


「言うな」


 勇輝は同じ小声で返した。

 かわいいは危険だ。かわいいが勝った瞬間、ルールが崩れる。


 市長が前に出る。


「竜よ。君の寝床は別に用意する。協力してくれるか」


 ドラゴンは、ゆっくりうなずいた。

 ……いや、うなずいたように見えた。でかい首が上下した。


「よし。では移動だ」


 市長が言い切った瞬間。


 ドラゴンは立ち上がった。


 ——ドン。


 地面が揺れた。

 住民が「うわっ」と声を上げる。

 だがドラゴンは慎重に、翼を畳んだまま一歩、また一歩と歩き始めた。


「……歩けるんだ」


 加奈が呟く。


「寝てる時も歩くな」


 勇輝がツッコむ。


 市長が満足げに微笑んだ。


「今夜の学び:ドラゴンにも、寝床のルールが必要だ」


ひまわり市・緊急“ドラゴン宿泊”手配


 問題は、どこへ移動させるかだ。


「空き地は……危ない。道路脇もダメ。公園は遊具が——いや今日は関係ない」


 勇輝が早口で考える。

 加奈がすぐ答えを出す。


「工業団地の裏。人が少ない。あと、地面が広い」


「……確かに」


 美月がスマホを見ながら叫ぶ。


「『ドラゴンが移動してます!』って投稿が出始めました!」


「静かにして!」


「無理です! みんな見てます!」


 市長がメガホンをついに掲げた。


「市民の皆さま! ドラゴンは安全に誘導します! 近づかず、撮影は——」


「撮影は禁止って言うと燃えます!」


 美月が即座に止める。


「じゃあ“安全第一で”って言い換えます!」


 勇輝は胃が痛くなった。

 異界対応は、現場だけでなく情報戦でもある。美月がいなければ、今頃さらに燃えている。


 ドラゴンは、加奈のコーヒー豆の香りに誘導されるように、ゆっくり歩く。

 住民は距離を取りつつも、なぜか拍手が起きた。

 拍手が起きると、市長が誇らしげに胸を張った。


「……市長、誇るところじゃないです」


「いや、誇る。自治体は、夜でも動けると証明した」


「証明の仕方が派手すぎる」


翌朝:苦情センター、逆転する


 翌朝。

 市役所の生活環境担当の机には、苦情メモが山になっていた。


「……主任。昨夜の苦情、合計六十三件です」


 担当職員が、魂が抜けた声で報告する。


「……多いな」


「でも、今朝は“感謝”が来てます」


「感謝?」


 美月がスマホを見せる。

 そこには、別のハッシュタグが伸びていた。


 #ドラゴン安全誘導

 #加奈さんのコーヒーすごい

 #市役所夜もやるじゃん


「……評価、手のひら返し早すぎる」


 加奈は照れたように笑う。


「夜に起こすのって、基本みんな不機嫌じゃん。だから“優しく”が効いたんだと思う」


 勇輝は頷いた。

 確かに、昨日の作戦は“力”じゃなく“やり方”で解決した。

 異界対応の成功って、たいていこういう小技の積み重ねだ。


 市長が例の笑みで言う。


「よし。では次のルールを作ろう。『ドラゴン宿泊ガイドライン』だ」


「……またガイドライン増える」


「増えるのが行政だ」


 美月が元気よく手を挙げた。


「タイトルは『ドラゴンのいびきは観光資源——』」


「違う!」


 勇輝と加奈のツッコミが、同時に入った。


次回予告(第43話)


「落とし物係が死ぬ日:拾得物が魔剣と王冠」

市役所に届く“拾得物”の数々。

しかし今日の遺失物は、どう考えても警察案件——いや、異界案件!?

勇輝、遺失物法と魔剣の間で胃が痛くなる。

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