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第29話「消えたご当地マスコット!?」

■朝・ひまわり市庁舎 前


 朝の空気は、どこまでも穏やかだった。

 異界に浮かぶ町・ひまわり市の朝は、相変わらず少し不思議だが、それでも「日常」と呼べる匂いをしている。

 露に濡れた石畳。

 遠くで鳴く、見たことのない鳥の声。

 そして庁舎前に立つ、市の象徴――ご当地マスコット「ひまリスくん」の定位置。


 ……その“定位置”が、空白だった。


 いつも通り穏やかな朝。

 ……のはずが、庁舎の前に人だかりができていた。

「ひまリスくんがいない!?」の声が飛び交う。


 最初は誰かの冗談だと思われていた。

 次に、着ぐるみ担当の遅刻だろうと噂された。

 だが、時間が経つにつれ、人だかりはざわめきから不安へ、そして疑念へと変わっていく。


 庁舎の自動ドアを抜けてきた勇輝は、その異様な空気を一瞬で察知した。

 ――この感じは、ただ事じゃない。


 そこへ、庁舎の中から加奈が駆け出してくる。

 顔色は明らかに悪く、手にしているタブレットが小刻みに震えていた。


 加奈(青ざめて)

「ゆ、勇輝さん! ご当地マスコットの“ひまリスくん”がいなくなりました!」


「は? ぬいぐるみの中の担当職員が寝坊したとかじゃなくて?」


 勇輝の言葉は、半分冗談、半分現実的な確認だった。

だが、加奈の表情はそのどちらも許さない。


「寝坊じゃありません! 中身も、着ぐるみも、丸ごと消失です!」


 “丸ごと消失”。

 その言葉が、朝の空気を完全に切り裂いた。


 庁舎前には、ポスターと手作りのぬいぐるみ帽がぽつんと残されていた。

『—ヒマリスは異界の闇に消えた—』というメッセージ付きで。


 まるで舞台装置のように、あまりにも“整った”現場。

 勇輝は帽子を拾い上げ、ため息をついた。


「……いや、なんで事件の書き置きがポエム調なんだよ!?」


 その背後で、カメラを構えながら凍りついたように立ち尽くしている人物がいた。

 美月だ。


 広報担当として“最悪の光景”を前にしていた。

 マスコット不在。

 人だかり。

 ポエム調の犯行声明。

 ――バズる要素しかない。


 (まずい……これは、悪い意味でトレンドに乗る……)


 彼女はすでに頭の中で、

「市の見解」

「捜索中」

「市民へのお願い」

 という三つの文言を組み立て始めていた。



■昼・庁舎会議室


 会議室の扉が閉まった瞬間、空気は一段重くなった。

 これは単なる“行方不明”ではない。

 広報リスク案件であり、観光事業の危機であり、何より――市民感情に直結する事件だ。


 市長代行の勇輝を中心に、緊急広報会議が開かれる。

 机の上には「ひまリスくんグッズ」「写真パネル」「応援うちわ」が並ぶ。


 それらは、ほんの数時間前まで“町の誇り”だった。

 今は、失われた象徴だ。


「このままでは“ご当地ブランド力”が地に落ちます!

 今月の『異界観光フェア』のメインでしたのに……!」


「つまり――“マスコット誘拐事件”ってわけか。」


 その言葉に、会議室が一瞬静まり返る。

 “誘拐”――その響きが、事態の深刻さを一段引き上げた。


 美月はペンを止め、勇輝を見る。

 (この表現……もう報道用語だ)


 そこに現れるのは、探偵帽をかぶったエルフ広報ギルド員、フェリナ。


 扉を開けた瞬間から、場の空気が変わった。

 軽やかだが、油断ならない。

 情報屋特有の、余裕ある歩き方。


「依頼、受けました。犯人を必ず見つけます。」


「なんか軽いノリで名探偵きたな!?」


 美月は内心で頷く。

 (でも今は、その軽さが必要かもしれない……)


■午後・捜査開始


 フェリナと勇輝、加奈の3人は街を巡る。

「ひまリスくんを見た」という目撃情報を追っていく。


 美月も少し距離を置いて同行する。

 “捜索の様子”を公式発信できるかどうか、その判断材料を集めるためだ。


 商店街では——


 商人

「朝方、ふわふわした影が空を飛んでたよ。リスっぽいけど……」


 ふわふわ、という言葉に全員が黙る。

 それはマスコットの擬態か、それとも何か別の存在か。


 温泉街では——


 ドラン

「ワシの露天風呂に、ぬいぐるみの尻尾だけ浮かんでおったがのう」


 美月はその瞬間、

「※温泉に異物混入の事実はありません」

 という注意書きを頭の中で赤字にした。


 そして異界市場では——


 リュシエル(エルフ商人)

「“マスコット魂を求む”という不審な張り紙を見ましたわ。」


 フェリナ

「……出たな、“異界広報ギルド”の分派《ダークプロモ部》!」


「そんな悪の宣伝組織があるのかよ!?」


 美月は、完全に理解した。

 ――これは“事件”ではなく、“思想”だ。



■夕方・異界広報ギルド支部


 廃工場のような場所。

 かつて物流倉庫だったらしい建物の中は、異様な静けさに包まれていた。


 中には闇の宣伝幕がずらり。

「黒いひまリスくん(通称:デスリス)」のポスターが貼られている。


 それは、あまりにも“完成度が高かった”。

 否定しがたい魅力を放つ、闇のデザイン。


 加奈(震えながら)

「あ、あれ……うちのマスコットを勝手に改造してます……!」


 そこへ、黒いフードを被った影が登場。


 ???

「我らが目的は“完全な宣伝の均衡”。

 光のマスコットがいるなら、闇のマスコットも必要なのだ……!」


「いやバランス取らんでいいから返せぇぇぇっ!」



■夜・救出作戦


 ドワーフ製の照明弾が工場を照らす。

 夜が一瞬、白昼のように裂ける。


 フェリナが双剣を構え、加奈が札を構える。

 美月は一歩下がり、しかし目を逸らさない。


 フェリナ

「ひまリスくん奪還作戦、開始!」


 煙の中から、黒装束たちと“デスリス”が飛び出す。

 勇輝は全力で走り、

 落ちていたマスコットの頭部を抱きしめる。


「戻ってこい, ひまリス!」


 その声に応えるように、

 頭部からふんわりと光があふれ、

 中の魔力が再起動。


 本物のひまリスくんが、ぴょこっと立ち上がる。


 ひまリスくん(ぴこぴこ手を振りながら)

「みんなー! ひまわりの笑顔を、忘れないで!」


 その瞬間、

 闇のマスコットたちは光に包まれ、ふっと消えた。


■夜・庁舎前


 マスコット奪還成功。

 庁舎前は歓声に包まれていた。


 ひまリスくんが市民の前で手を振る。


 加奈(涙ぐみながら)

「……よかった、本当に……!」


 勇輝

「この町、ドラゴンよりマスコットの方が事件多くねぇか?」


 フェリナ(ニヤリと笑って)

「人気者の宿命、ですわ。」


 美月は、スマホを見下ろす。

 そこにはすでに――

「#ひまリス生還」

「#異界でもゆるキャラ」

 のタグが、静かに、しかし確実に広がっていた。


(……守れた。町の“顔”を)



『異界に浮かぶ町、ひまわり市』

― 第29話「消えたご当地マスコット!?」END ―



次回予告(第30話)


「空飛ぶ役所、発進!」


謎の魔力嵐が町を包み、庁舎ごと空へ浮上!?

空中行政、出張窓口、そして――異界上空の巨大影。

ひまわり市、空の章に突入!

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