第27話「異界選挙、再び!」
■朝・ひまわり市庁舎 会議室
朝の市庁舎は、いつもより静かだった。
だが、その静けさは嵐の前触れのように、どこか落ち着かない。
会議机の上にずらりと並べられたのは、
立候補届、推薦書、魔法印鑑、そして異界式の署名結晶。
それらを前に、勇輝と加奈は、ほとんど同時に眉をひそめていた。
異界転移からしばらく経ち、
“選挙”という概念もまた、この町では当たり前の制度になりつつある。
だが――今回ばかりは、何かがおかしい。
加奈が、書類の一枚を指でつまみ上げながら、慎重に言葉を選ぶ。
「……勇輝さん、これ、もしかして“魔法生物”が立候補してませんか?」
勇輝は、すでに嫌な予感を確信に変えながら、ため息混じりに答えた。
「“もしかして”じゃないな。ほら――」
書類に記された文字は、誰が見ても明確だった。
『スライム個体第14号、異界代表候補』
『森のエルフ商会代表 リュシエル』
『ひまわり市市民代表 勇輝』←なぜか記入済み。
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間、勇輝の声が会議室に響いた。
「……俺、出馬してねぇぞ!?」
加奈は推薦欄を覗き込み、苦笑いを浮かべる。
「推薦人が“庁舎全員”になってますね……職員一同の悪ノリです。」
「ちょっと待て! 庁舎全体で俺を政治利用するなーっ!」
その叫びに、扉の向こうからくすくすと笑い声が聞こえた。
ドアが開き、ひょっこり顔を出したのは、美月だった。
PR用のタブレットを抱え、すでに“面白そうな予感”に満ちた表情をしている。
「課長、SNSもう騒いでますよ?
“市役所職員、ついに自ら立候補”って」
「誰が情報流した!?」
「たぶん……総務課です。ノリで」
勇輝は天井を仰いだ。
この町の民主主義は、どうしてこう“身内ノリ”が強いのか。
■昼・市民ホール(臨時開票所)
市民ホールは、異様な熱気に包まれていた。
人間、市民。
獣人、エルフ、ドワーフ。
そしてスライムや小妖精まで入り混じり、
まさに“異界共存都市”の縮図のような光景が広がっている。
壇上には三つの席。
その中央で司会を務めるのは、猫人族のMC・ミャゴスだった。
尻尾を揺らし、マイクを手に取る。
「本日の討論テーマは“異界と現界の共生”ニャ!」
最初に前へ出たのは、スライム候補――スラ14。
半透明の身体をぷるぷると震わせながら、発声魔石に触れる。
「わたし、差別キライ。ぬるぬるも、みんなの一部。」
短い言葉だった。
だが、その率直さは、多くの市民の胸を打った。
拍手が、ホール全体を包み込む。
続いて、森のエルフ商会代表・リュシエル。
長い耳を揺らし、優雅に一礼する。
「交易と文化交流こそ、市の繁栄の鍵。魔導商業区を拡大すべきです。」
洗練された言葉と落ち着いた語り。
年配層や商人たちが深く頷く。
そして最後に――勇輝。
スーツ姿でマイクの前に立つ彼は、
未だに“なぜここにいるのか”を完全には理解していなかった。
「……えー、出馬の経緯は本人も不明ですが、
“異界でも、庁舎は倒れない”を信条に頑張ります!」
その瞬間、客席の後方で美月が小声でつぶやく。
「完全に事故候補だ……!」
だが、不思議と笑いは起きなかった。
それは、この町の人々が知っているからだ。
――この男が、どれだけ無茶な現場を、
文句を言いながらも最後まで支えてきたかを。
■午後・選挙演説パート
選挙戦は、町全体を巻き込んで展開された。
スラ14陣営では、
商店街の真ん中でスライムたちが子供に風船を配っている。
風船はぷるぷると弾み、たちまち人気爆発。
リュシエル陣営では、
エルフの音楽隊が奏でる優雅な旋律が通りに響き、
ベンチに座る高齢者たちが穏やかに耳を傾けていた。
一方――勇輝陣営。
……ポスター印刷機が壊れていた。
代わりに貼られたのは、
子どもたちがクレヨンで描いた
「がんばれ市役所勇輝さん!」の張り紙。
それが風に煽られて、ひらひらと舞う。
勇輝は頭を抱える。
「なんだこの選挙格差!」
加奈は秘書役として横に立ち、申し訳なさそうに言う。
「公費助成はまだ異界通貨に対応してませんから……」
美月はスマホを構えながら、ぽつり。
「でも、“手作り感”はバズってますよ。
『市民代表っぽい』って」
……褒めているのか、それ。
■夕方・討論番組「異界の声」
夕刻。
魔法水晶を使った生中継番組で、三候補が再び並ぶ。
司会ミャゴスが問いかける。
「最後に、市の未来を一言で表すと?」
スラ14が即答する。
「まぜる。にんげんと、いきもの、ぜんぶ。」
リュシエルは静かに言う。
「つなぐ。文化と商業を。」
そして勇輝。
「まもる。町も、人も、ドラゴンも。」
その言葉に、
水晶の向こう側で、誰かが小さく拍手をした。
やがて拍手は広がり、
視聴者投票が始まる。
【夜・開票速報】
ホールのスクリーンに、魔法文字が浮かび上がる。
1位:スラ14(36%)
2位:勇輝(33%)
3位:リュシエル(31%)
「接戦……!?」
「スライムに負けたら、行政の威信が……!」
最終票が加算され、表示が切り替わる。
結果:同率1位 スラ14 & 勇輝
会場がどよめいた。
「同率につき、両名で“共同代表制”となるニャ!」
「スライムと共同代表って、どんな行政だよ!?」
スラ14がぷるりと揺れながら答える。
「よろしくね、なかま。」
「……もう、異界市政もここまで来たか。」
美月は客席で、静かに頷いた。
「でも……この町らしい、結果ですね」
■夜・庁舎屋上
夜風が吹き抜ける屋上。
二つの月が、静かに空に浮かんでいる。
「でも、市民みんなが参加してくれました。
それだけでも成功ですよ。」
「ああ。“異界民主主義”ってやつか。」
その言葉の重みを、
勇輝は今、ようやく実感していた。
選挙は終わった。
だが、この町の“選択”は、これからも続いていく。
『異界に浮かぶ町、ひまわり市』
― 第27話「異界選挙、再び!」END ―
次回予告(第28話)
「異界スパ誕生!」
温泉好きのドワーフ技師が立ち上がる!
“ドラゴンも入れる露天風呂”計画、ついに始動――!
しかし、源泉から湧き出たのは……マグマ!?
ひまわり市、熱すぎる温泉開発編!




