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第24話「温泉郷の竜神騒動」

■新温泉街


 澄んだ朝の空気の中、ひまわり市観光課が総力を挙げて進めてきた新施設――

【異界共栄温泉郷(通称:ヒマゆ)】が、ついに完成の日を迎えた。


 木造の大屋根、異界式の装飾が施された暖簾、そして中央には広大な露天源泉。

 観光課の職員たちが期待に胸を膨らませながら、試験湯張りの準備を進めていた。


 だが次の瞬間――。


 ボコボコ……ッ!


 不気味な音が湯面から響き、

 誰かがボイラーの温度設定を誤ったのかと思う間もなく、巨大な水柱が空へ突き上がった!


「な、なんだ!? ボイラー暴発か!?」

 作業員の悲鳴が飛ぶ。


 水柱の中心から、黄金の鱗が太陽を弾いた。

 湯煙の向こうに、威厳をまとった巨大な影が形を成していく。


 現れたのは――竜神。


「この泉は、わが“聖域”である!

 誰が勝手に掘り返した!!」


 低く響く声が温泉街に轟き、鳥が一斉に空へ飛び立った。


 観光課の職員たちは一瞬で蒼白になった。

 美月が現場を撮りながら呟く。


「……え、これ広報的にアウトでは……?」



■昼・市役所 会議室


 竜神の咆哮が耳から離れないまま、緊急会議が開かれた。


「まさか源泉の真下に“竜神の棲み処”があったとは……」

 勇輝が資料を握りしめ、深いため息をつく。


「観光課、完全に青ざめてますね……」

 加奈も肩を落とした。


 観光課長・仁科は額の汗を拭いながら叫ぶ。


「ま、待ってください!

 開業式は明日なんです!

 竜神様をなんとか説得しないと……!」


「話し合い、してくれる相手なんですかね?」

 勇輝が半ば不安げに言う。


 仁科は小声で答える。


「見た目はすごいですけど、“温泉マナー”にはうるさいタイプらしいです。」


「……温泉マナー?」

 加奈が思わず聞き返す。


 美月はノートに“竜神=温泉オタク?”とメモしていた。



■午後・竜神の泉


 勇輝たちは、竜神との対面に備え、

 なぜか観光課が用意した“白装束”を無言で着せられていた。


「これ……必要です?」

「必要です! 神様相手ですから!」

 仁科課長の謎のこだわりが光る。


 湯気が濃く立ち込める泉の中心で、竜神オルディアは静かに鎮座していた。

 金色の鱗は湯に濡れ、神々しい輝きを放っている。


「そなたら、人の町の役人か。」

 竜神の声は、湯気を震わせるほど重く響いた。


「はい。ひまわり市・異界経済部の者です。

 このたびは、聖域に不敬を働き――」


「勇輝さん、頭下げすぎです、顔湯に入ってます!」

 加奈が慌てて袖を引っ張る。


 オルディアはその様子を見て、わずかに目を細めた。


「……誠意は感じる。だが、問題は“湯の質”だ。」


 黄金の舌で湯をひとすくい、すくい上げ――

 ひと舐めした。


「……ぬるい。」


「えっ、ぬるい!?」

「ぬるいの!?」

「ぬるいのか!?」

 勇輝・加奈・仁科の声が見事にハモった。


 美月は記録しながら震えていた。


「竜神レビュー辛口すぎる……」



■夕方・臨時会議


 市役所に戻り、温泉分析表を広げて検討が始まる。


「温度も成分も基準値どおりなのに……どうして“ぬるい”って?」

 加奈が首を傾げる。


「異界側の“霊温”が足りないとか……?」

 勇輝も資料をめくりながら推測する。


「霊温……つまり“神気の含有率”か。」

「温泉にそんな要素、初耳ですよ!」

 仁科が悲鳴を上げる。


 そこへマルコが書類を片手に入室した。


「霊温なら、“感謝の祈り”で上がりますよ。」


「感謝の……祈り?」

 美月がペンを止める。


「温泉は“地の恵み”。

 利用者が感謝を捧げることで、湯そのものが活性化するんです。」


「地味な仕組みだな……でも、この町らしい。」

 勇輝は微笑んだ。



■夜・竜神前の再交渉


 温泉開発地に、市民と異界住民が続々と集まった。

 ろうそくが灯され、湯気が淡く金色を帯び始める。


 加奈が静かに手を合わせる。


「この湯に感謝を。

 今日も疲れを流せることに感謝を――」


 それに続き、町民たちも目を閉じ、祈りを捧げた。

 湯面がふわりと光り、舞い上がる湯気は黄金色へ。


 オルディアは驚愕の眼差しで息を呑んだ。


「……これは、“生きた湯”!」


 成分計が唸りをあげ、温度計の針が跳ね上がる。

 霊温が満ち、泉そのものが呼吸するように輝いた。


「ぬるいって言われた湯が、今度は“熱すぎる”かもな。」

 勇輝が冗談を漏らす。


「よかろう!

 この湯、そなたらに預ける!

 ただし、礼節を忘れるでないぞ!」


 その声は先ほどよりも、どこか誇らしげだった。



■翌日・開業式


「異界共栄温泉郷・開業です!」


 テープカットの合図とともに、

 竜神が空へ舞い上がり、祝福の湯気を撒いた。


 人間の家族、エルフの旅人、スライムの親子――

 様々な種族が同じ湯に浸かり、笑い合う。


「……竜神公認の温泉って、なんかすごいですね。」

 加奈が湯気の向こうで微笑む。


「観光キャッチコピー決まったな。

 “神が浸かる湯、ひまわり温泉”!」


 美月はポスター案を書きながら嬉しそうに頷いた。


「映える……これは映える……!」



■夜・温泉街の露天風呂


 夕食後、勇輝と加奈は屋上の露天風呂に浸かっていた。

 静かな夜風が湯面を揺らし、星空が反射して揺れる。


「やっと、ゆっくりできましたね……」

 加奈の声は湯と一緒にとろけるように柔らかかった。


「うん。でも、なんか今日の湯……温かいだけじゃない。」

 勇輝は湯に手を沈めながら言う。


「……町の“感謝”が、溶けてるからですよ。」


 湯気の中、遠くの空を金色の竜がゆっくりと舞った。


 その姿は、まるで町そのものを守るようだった。


第24話「温泉郷の竜神騒動」END



次回予告 第25話


「異界郵便、届かぬ想い」


郵便魔法の暴走で、市民の“心の手紙”が空中を舞い、

届かないはずの想いが、時を越えて紡がれていく。

亡き家族へ、遠い異界の友へ、未来の自分へ――

手紙の奇跡が、ひまわり市を優しく包み込む。


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