第19話「異界医療と保険証の壁!」
■朝・ひまわり市立病院
転移後、ひまわり市の病院はまるで“多文化医療実験都市”のような光景を日々更新していた。
外来の待合室には、制服姿の高校生の隣にエルフ、
そのそばではリザードマンが喉から小さな炎を漏らし、
床ではスライムが番号札の代わりにぷるぷる震えている。
受付の職員が困ったように書類を見下ろした。
「保険証を……えっと、ぷるん族の方はお持ちですか?」
スライム患者が全身でしょんぼりした形に変わる。
「保険証って、液体でも持てるぷる?」
近くで視察していた勇輝は、状況の深刻さを改めて痛感し、額を押さえる。
「……これは、根本的に制度から変えないとダメだな。」
撮影していた美月も「広報しようにも“制度なし”は無理……」と小声でつぶやいた。
■午前・市役所 医療政策会議室
壁一面に“医療制度マッピング図”が貼られ、
会議室がまるで学会のような雰囲気になっていた。
加奈が資料を配りながら言う。
「異世界住民は戸籍もないし、国民健康保険にも加入できません。
でも救急搬送は毎日のように来ています。」
勇輝は書類の山を見つめたまま、重く言葉を落とした。
「保険証以前に、“人間扱い”の定義すら決まってないってことか。」
マルコが椅子に腰かけ、静かに口を開く。
「我々にも治癒魔法がある。しかし、魔力の対価は“感謝”で支払うもの。貨幣ではない。」
そこへ、市立病院の医師・結城がため息をつきながら言った。
「医療はボランティアじゃ続かない。
行政が動かないと、命が平等にならない。」
美月はノートに大きく“命の平等”と書き込み、
広報用スローガンの可能性を考え始めていた。
■昼・救急外来
警告音が鳴り響き、救急隊が担架を押し込んできた。
担架の上で、小さなドラゴンの子どもが弱々しく羽根を震わせている。
「羽根を痛めて墜落したとのことです!」
救急隊員が叫ぶ。
結城がすぐに機器を当てるが、モニターはノイズだらけだった。
「生体構造が違いすぎる……! 機械が反応しない!」
マルコがそっと子ドラゴンに手をかざす。
「では、共に治そう。科学と魔法の両方で!」
勇輝は即座に決断した。
「結城さん、共同施術でいく! 魔力と医療の同時使用だ!」
加奈は補助に回りつつ、魔力計を安定値に保つ。
数分後――
子ドラゴンの胸が大きく上下し、羽根がかすかに動いた。
ぱちり、と目が開く。
加奈の肩から力が抜けた。
「助かった……!」
結城は深く息をつき、静かに言った。
「これを制度にできたら、どれだけの命が救えるか。」
その言葉を、美月がそっと動画に収めていた。
(この映像が後にひまわり市を救うことになると、誰もまだ知らない。)
■夕方・臨時記者会見
急ごしらえの記者会見場には、テレビ局・異界新聞・魔王領報道まで勢揃いしていた。
勇輝がマイクの前に立つ。
背後には市長、結城医師、異界代表としてマルコが並ぶ。
勇輝は胸を張り、言葉を発した。
「今日、この瞬間から――
ひまわり市は“異界共生医療協定”を発効します。
種族を問わず、すべての住民が同じ医療を受ける権利を持ちます。」
会場がざわめき、市長が続ける。
「費用は……自治体が、まず肩代わりするわ。」
加奈が思わず声をあげる。
「財源、どうするんですか!?」
勇輝はニヤリと笑った。
「“命を救うための支出”なら、どの議員も反対できない。」
美月はそのセリフをしっかりメモし、
「絶対にポスターに使おう」と決意した。
■夜・病院屋上
星が静かに光り、街の灯りが温かく瞬く夜。
勇輝と結城が缶コーヒーを開け、風に吹かれながら腰を下ろした。
結城が夜空を見上げてつぶやく。
「行政って、救急車より遅いって言われるけど、
今日だけは違ったな。」
「俺たちの仕事は、遅れても“間に合わせる”ことだよ。」
少しして、加奈が書類を抱えて駆け寄ってきた。
「医療保険証の代わりに、“命の共有証明書”――どうですか?
“誰でも治療を受けられるカード”に。」
勇輝はその案に目を細める。
「いいな、それ。
――行政も、魔法みたいなもんだ。
紙切れ一枚で、人を救える。」
美月はその言葉に胸をつかまれ、
屋上から見える市立病院の灯りを写真に収めた。
その光はまるで、
“誰も置き去りにしない町”の宣言のようだった。
第19話「異界医療と保険証の壁!」END
次回予告 第20話
「異界防災と災害ボランティア」
かつてない異界災害がひまわり市を襲う!
避難所に押し寄せる異種族
試されるのは――
“市役所としての覚悟”と、“住民を守る力”。
――次回、“災害対策本部始動編”へ!




