第18話「異界交通とバス運転手たち」
■朝・ひまわり市バスターミナル
始発前のターミナルは、いつものざわめきとは違う緊張に包まれていた。
転移以降、道路の一部は空中へせり上がり、別の区間は魔力の霧に飲まれ、
もはや往来とは呼べない“冒険ルート”へと変貌している。
運輸課長・南條が大声で点呼を取る。
「本日より、新ルート試験運行を開始する! 安全確認を怠るなよ!」
その横で勇輝が空を見上げ、深いため息をつく。
浮遊島から伸びる白い道が風に揺れ、まるで空に落ちる階段のようだった。
「浮いてる道路を走るバスとか、もはや“交通”じゃなくて冒険だろ……。」
ベテラン運転手・吉永はタオルで手を拭きながら、静かに笑った。
「俺らはどんな道でも走る。それが“市民の足”ってやつだ。」
その後ろでは美月がSNS用の撮影をしながら呟く。
「#ひまわり市バス がまたバズりそう……危険な意味で……。」
■午前・試験運行ルート「浮遊環状線」
試験運行用に大幅改造された市バスが、ゆっくりとホームに入ってくる。
車体の側面には淡く光る魔法陣が刻まれ、
後部からは微弱な魔力ジェットが噴射していた。
加奈が書類を抱えたまま悲鳴を上げる。
「これ、認可取れてるんですか!?」
勇輝は顔をそむけながら答えた。
「“飛行バス”ってカテゴリが存在しないから、総務課が新設した。」
横からマルコが誇らしげに胸を張る。
「名付けて、“空中輸送特例一号”!」
加奈は額に手を当てる。
「完全に裏技ですよそれ!」
美月は写真を撮りながら、
「かっこいい……けど行政的にアウトの匂い……!」と心の中で嘆息した。
■車内・試験走行中
座席には種族代表のテスト乗客が座っていた。
人間、獣人、エルフ、そしてスライムの客まで、まさに“多文化交通実験車両”だ。
車内アナウンスが鳴ると、スライム客がぷるんと揺れた。
「座席の吸着シートありがたいぷる〜」
隣の獣人客は窮屈そうに背を丸める。
「天井が低ぇな……しっぽのスペースがねぇ!」
勇輝は走行データ端末を見つめながら、苦笑する。
「多様な種族対応……次の課題だな。」
美月もメモを取りながらつぶやいた。
「PRしたいけど、まず“安全”が記事にならないと……!」
その時――
バスが突然大きく揺れ、車体が傾いた。
フロントガラスの向こうで、紫色の渦が巻き起こる。
「魔力竜巻だ!」
吉永の叫びが車内を震わせた。
「うおっ、こりゃあ交通渋滞どころじゃねえ!」
「操縦補助、魔法エネルギー注入!」
マルコが杖を構える。
「法的にそれ大丈夫なんですか!?」
加奈の悲鳴が重なる。
「命優先!!」
勇輝が叫び、魔力バリアを展開する装置を起動した。
美月は座り込みながら、
「映像映えしすぎ……これ絶対ニュースになる……!」と震えていた。
■昼・ひまわり中央駅(緊急着陸)
バスはなんとか魔力竜巻を抜け、中央駅の空き地に緊急着陸した。
ドアが開くと同時に、テスト乗客から大きな拍手が巻き起こる。
吉永は汗をぬぐいながら腰を伸ばした。
「これが……俺たちの“異界運行”か。」
南條課長も肩で息をしながら言う。
「法整備が追いつかない……が、やるしかねえな。」
勇輝は膝に置いた書類を見つめ、深く頷いた。
「安全基準・異界対応免許・魔力燃料補助金……全部、行政で整えよう。」
加奈は腕を組んで真剣な顔になる。
「異界交通局……新設、ですか?」
「そう。ひまわり市が、“どんな住民も移動できる町”になるために。」
美月が小さく拍手をしながら言った。
「キャッチコピーは“誰でも、どこへでも”。……良くないですか?」
■夕方・車庫前
夕焼けが車庫の屋根を赤く染めていた。
吉永はホースでバスの車体を丁寧に磨いている。
その横には、小さなスライムの少年が一生懸命に“ぷるぷる”しながら手伝っていた。
「おじちゃん、明日も乗れるぷる?」
吉永は優しく笑い、少年のゼリー状の頭を軽く撫でた。
「ああ。市バスは、誰でも乗っていい。人間でも、スライムでもな。」
少し離れたところでその様子を見ていた勇輝は、
胸の奥に小さな温かさが広がるのを感じた。
「……市民の足が、ほんとに“異界をつないだ”な。」
隣の美月が動画を撮影しながら、満足げにつぶやく。
「これは絶対、広報動画のラストシーンに使います!」
■夜・市役所屋上
風がひんやりと頬を撫でる。
勇輝は屋上で報告書を見つめていた。
表紙には新しい交通方針の文字が並んでいる。
「多種族共生型交通政策:空・陸・魔導路の統合」
そこへ加奈が紙コップの温かいお茶を持って現れた。
「これ、国交省に出すんですか?」
「……多分、誰も通せると思ってない。でも、“前例”ってのは作るためにある。」
遠くの空では、今日の試験を終えた市営バスがゆっくりと旋回し、
浮遊島の縁をたどるように光の軌跡を描いていった。
美月が屋上のフェンス越しにその光景を撮影しながら言う。
「これ……“ひまわり市の夜明け”ってタイトルで出したいな。」
風が吹き抜け、三人は同じ空を見上げた。
『異界に浮かぶ町、ひまわり市』
― 第18話「異界交通とバス運転手たち」END ―
次回予告 第19話
「異界医療と保険証の壁!」
魔法治癒は保険適用?
ドラゴンの咳は“災害認定”?
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――“命を救う条例”編へ!




