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第10話「異界祭と消えた温泉」

■早朝


 朝5時。

 ひまわり温泉街は本来、朝霧と湯気が溶け合う神秘的な景色が広がる――

 ……はずだった。


 しかしその朝、どこにも湯気はなかった。

 風は冷え、温泉街の通りはまるで冬の朝のようにしんと静まり返っている。


 老舗旅館「花まるの湯」。

 女将が湯船に手を入れ、肩を震わせた。


「……湯が、出ねぇ。」


 短い言葉は、どんな悲鳴よりも重かった。


■異世界経済部・午前8時


 バンッ!


 勢いよく開いたドアに職員たちがびくりと顔を上げた。


「緊急事態だ!!」


 書類を抱えたまま駆け込んできたのは、市長だった。

 勇輝はコーヒーをこぼしそうになり、美月はペンを落とす。


 書類の山の中から、温泉観光課の職員・竹田が顔を上げた。


「また補助金の審査ダメでした?」


 美月が顔色を伺いながら言う。


「ちがう! お湯が止まった!」


「……ガスじゃなくて?」

「地下からだ!」


 ホワイトボードに走り書きがされる。


【ひま湯温泉源、全源泉停止】

【観光客キャンセル180件】

【異界祭まであと3日】


「お湯が出なきゃ、観光も経済も終わりだ!」


「祭りの目玉“ドラゴン温泉卵”も作れません!」


「温泉卵どころか、祭り自体が茹で上がるぞ!!」


 勇輝は額を押さえた。


「……詰んだ。」


 市長は机を叩きながら叫ぶ。


「温泉卵も作れん! 露天風呂も死んだ! 観光広告は魔界と王国にばら撒いた!!」


 美月が震えた声で言う。


「温泉がない温泉祭……それもうただの祭です……」


 勇輝が立ち上がる。


「よし。全員、現地調査行くぞ。」


 市長は拳を握りしめ、短く言った。


「ひまわり市、総力戦だ。」


■源泉地区・現地調査開始!


 市の調査隊、勇輝達とリエン監査官は、

 温泉街の裏山にある源泉地へ向かった。


 源泉地は森に囲まれ、どこか神域のような空気をまとっている。

 しかし今は、湿り気こそあるものの湯気はゼロ。

 肌で感じる“熱”がない。


 美月が不安げに地面を見つめる。


「……本当に止まってるんですね。」


「地殻魔力の乱れを検出……波形がおかしい。」

  リエンが魔導端末を操作する。


「魔力の流れが逆転してる。湯を吸い取ってる?」


「誰がそんな真似を――」


 勇輝が眉を寄せる。


 言いかけたそのとき。


 その瞬間、山肌がゴゴゴと揺れた。

 巨大な鼻息とともに、土の中から青い鱗がのぞく。


「……ドラゴンの、背中?」


「はい。温泉の真上で寝てます。」


「寝てるだけで地熱を吸い取るとか、どんなエコ生命体だよ!」


 勇輝が叫ぶ。


■交渉開始


 巨大なドラゴンはゆっくりと体を起こし、琥珀の瞳を開いた。

 その息は、まさかの冷たい霧――まるで冷蔵庫の霜のようだった。


「――誰だ。我の眠りを妨げたのは。」


 市長は小さく悲鳴を上げながらも、名刺を差し出す。


「す、すみません、こちら市役所の者です!」


 市長が深々とお辞儀をする。


「地熱のご利用について、少々調整のお願いが――」


 ドラゴンは鼻息ひとつで木の葉を吹き飛ばし、低く鳴いた。


「地熱は我の寝床の温もりである。譲る気はない。」


 勇輝(心の声):

 (理由どころか概念が違う!!!)


「お、おっしゃる通りで……。でもその、お湯が止まってまして。」


「ふむ、ぬくもりが奪われているのは我の方だ。」


「逆に被害者!?」


 そこへリリアが一歩前に出た。

 腰には地質調査用の測定器、手には温泉卵用の温度計。


「ちょっと試していい?」

 地面に金属棒を突き立て、温度を測る。


「……やっぱり。

 ドラゴンの体温が、地脈を“冷却してる”んだわ。」


「つまり、ドラゴンさん自身が“冷え性”に?」

 美月がつぶやく。


「うむ、最近寝ても体が冷える。歳かもしれん。」

「完全に更年期ドラゴンでは!?」


■異界経済部・緊急対策会議


「対策その①:温泉を掘り直す → 時間切れ」

「対策その②:ドラゴンを移動させる → 山ごと崩壊」

「対策その③:……温める?」


「温めるって、どうやって?」

「温泉を再開させるには、“ドラゴンをあっためる”のが一番早い。」


「行政的に言うと、地熱供給再分配計画だな。」


■夜、作戦決行!


 ドラゴンの背中に設置される巨大カイロ(=魔導温熱装置)。

 町の鍛冶屋、商店街、消防団、みんなが総出だ。


「魔力炉、点火!」

「熱量安定、出力上昇中!」


 そして――

 地面から、ポコポコと湯気が上がった。


「出た! 温泉復活だーっ!」

 町民が歓声を上げる。

 ドラゴンも気持ちよさそうにうなずいた。


「うむ、心地よい……この地を“寝床指定”とする。」


「いや、それ困る!」



■翌日:異界祭当日


 祭りは無事開催された。

 “ドラゴン温泉卵”は伝説級の人気を誇り、

 観光客も異世界からどっと押し寄せた。


「市長さん、温泉卵、今年は“神の味”だって評判ですよ!」

「神というか、竜の湯気ですけどね!」

「……保健所に怒られないかなぁ。」


 リエンがその光景を見ながら、静かに記録を取る。


「異界共生――実地例としては、非常に有効。

 “異種災害対応マニュアル”に追記しておきます。」


「助かったよ、リエンさん。」

「いえ。あなたたちの行政力には、少し感動しました。」


「異界でも、町づくりはチーム戦ですからね。」


 笑顔の中、ドラゴンがくしゃみをした。

 その瞬間、空に虹色の湯気が広がる。


「……これ、“観光資源”にできそうだ。」

「また予算が増える予感がします!」


「こうして、ひまわり市は“災害対応都市”としても異界に知られることとなった。

だが――静かな夜の役所に、再び“新しい通知”が届こうとしていた。」



次回予告


第11話 「来訪、天空国の外交官」

ひまわり市に、空飛ぶ都市“アルセリア”から正式な使節が!

だが目的は――“転移技術の独占”!?

空と地上、行政戦争の火蓋が切られる!

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