第52話 『星々へと還る魂』
ケースは周りに聞こえないよう、声量を落としてレーアたちに告げる。
「彼女は……僕の知る限り、聖都で最強の魔法使いだ」
「それにしては、あの騎士たちに顔も知られていなかったようだが」
「聖都において実力を認められた女性は、聖女候補として名が挙がってしまうからね。彼女はそれが嫌で隠しているんだよ」
「すごい動きだったもんね。シロンみたいだったよ!」
「身のこなしもだが、何よりも斬撃を受けた時の動きだ。掌に小さな防壁を生成して受け流すように防いでいた。……あれは、戦い慣れた者の動きだった」
「よく見ているね。君も、ただ者じゃなさそうだ」
ケースが感心したように漏らす。
すると、レーアが小さく手を上げて質問する。
「ねえ、ケースさん。私たち、いつまでここにいないとダメなの?」
「……分からない。聖女様は大聖堂で亡くなったらしくてね。付近にいる人たちをその場に留めておけって、教皇様からの命令なんだ」
「観光に来ただけでこんな厄介事に巻き込まれるとはな」
「もっとルイネさんとお話したかったのになぁ」
二人の反応を見て、ケースも申し訳なさそうな顔をする。
しばらくして、教皇からの令が解かれたと、戻ってきた騎士たちから伝えられた。
レーアたちは自由に動けるようになり、ケースに別れの挨拶をしてから大聖堂へと向かった。
大聖堂の前には案の定、人だかりができており、誰もが聖女の死を受け入れられず嘆いている様子だった。
「ルイネさんは……」
「いたぞ。あそこだ」
シロンが群衆の中から素早くルイネの姿を見つけ、レーアと共に駆け寄る。
「ルイネさん!」
「っ、レーアちゃん……」
レーアの声に反応してルイネが振り向く。呼吸も乱れ、落ち着きのない様子だった。
「何か分かったか?」
「……何も。けど、これから教皇様のお話があるって……」
その時、周囲の喧噪が一段と大きくなった。
民衆の視線の先では、大聖堂の長い階段を教皇がゆっくりと降りてきているところだった。
護衛の聖騎士に挟まれ、教皇が静かに喋り始める。
「聖都の皆様。まずは突然のことで、皆様に大きな不安と恐怖を与えてしまったことを、深くお詫び申し上げます」
そう言って、教皇は深々と頭を下げた。
「皆様に、お伝えしなければならないことがあります」
黙って聞いていた民衆がざわつき始める。
教皇は黙って、声が収まるのを待っていた。
やがて民衆が静まり、風の音だけが微かに聞こえるようになった時、
「………聖女様が、お亡くなりになりました」
と、教皇が重々しく告げた。
その言葉は誰にとっても現実味のないものだった。
故に、民衆の反応が一拍遅れたのも当然と言えるだろう。
「ど、どういうことだよ……聖女様が、だって……」
「なあ、今なんて言ったんだ? 俺の聞き間違いだよな!?」
「え……? 嘘……嘘よね?」
衝撃は困惑へと変化し、やがて不安の渦が民衆を吞み込んだ。
「今すぐ受け入れろというのは無理な話でしょう。私自身、未だに心を落ち着けることができておりません。……ですが、どれほど受け入れ難いことであろうと、これは紛れもない事実であり、我々が向き合わなければならない現実です」
教皇の、どこか淡々とした物言いがかえって民衆の心を落ち着かせた。
咳払いをして教皇が話を続ける。
「現在、聖女様が亡くなられた経緯や原因について調査を進めております。どうか、憶測に惑わされることなく、我々を信じてお待ちください」
再び、教皇は深々と頭を下げる。
教皇と聖女の関わりの深さは、聖都の民なら誰もが知っていることだった。
だからこそ、教皇の心中を察したのだろう。誰一人声を上げることはなく、広場には静寂が流れていた。
「……聖女様のために、祈りを捧げましょう」
教皇に続き、民衆も手を握り合わせる。
「迷える魂が、星々へと還らんことを」
レーアたちも見よう見まねで手を握り合わせ、心の中で祈りを捧げた。




