第47話 『星の手掛かり』
工業都市カルテトを出て三時間ほどが経った頃、レーアたちはオリディア教国の国境付近に差し掛かっていた。
道中で何度かモンスターに襲われたりはしたものの、今の二人に山脈のモンスターは何の脅威にもならなかった。
「つ、疲れた……」
整備されてはいたが、それでも山道を歩き続けるのはレーアには厳しかったようだ。
「人の声が聞こえる。そろそろ山脈を抜けられるだろう」
対照的に、シロンには何の変化も見られない。
カルテトを出た時から歩調も呼吸も、一定のペースを保ち続けていた。
シロンの言った通り、王国側から山脈に入った際にも通った関所のようなものが見える。
空はまだ明るい。シロンの見立て通り夜になる前に山脈を抜けることができたようだ。
王国側の関所とは違い、そこに立っていたのは騎士ではなく、白いローブに身を包んだ温和そうな女性だった。
「おや、可愛らしい旅人さんたちですね」
関所の様子を眺めていると、女がレーアたちに気付いて近づいてくる。
「お二人で来られたのですか?」
「ああ。聖都に行こうと思っている」
シロンが答えると、女は懐から地図を取り出して二人に見せる。
「ここから真っ直ぐ進むと『ポーテ』という小さな村があります。そして、ポーテからさらに進めば聖都が見えてくるはずです」
地図を指でなぞりながら、丁寧に説明してくれる。
「それと、教国内の街道周辺にはモンスターはいないので安心して下さいね」
そう言って、女が地図を仕舞う。
「モンスターがいない?」
「ええ、聖騎士様による駆除活動が行われていますから、街道付近でモンスターを見かけることはないと思いますよ」
「ほう。聖騎士か」
一通りの説明を終えたところで、女が祈るように手を組む。
「良い旅路となりますように。お二人に星々の加護があらんことを」
「えっ?」
星というワードに反応してしまい、レーアが目を丸くして声を漏らす。
「それが教国の祈祷なのか?」
咄嗟にシロンが割って入る。
「ええ。『星天教』の教えでは、すべての命は星々から始まり、その生を終えると再び星へ還ると言われています」
「せいてんきょう……」
「ふむ。興味深いな」
二人の反応を見て、女はにっこりと微笑む。
「ふふ、いつでも入信お待ちしておりますね」
そう言うと、ひらひらと手を振りながら、また別の人のところへと向かって行った。
「すごかったね! なんていうか、上品?って感じ!」
王国とは一風変わった国民性を見てレーアが興奮気味に声を上げる。
シロンも腕を組みながら、去っていく女の背を眺めていた。
「ああ……しかし、星天教か。観光ついでに色々と情報を集めてみよう」
星を操ることのできるレーアと、星々を信仰対象とする星天教。
この二つが無関係とは思えず、シロンが気を引き締める。
関所を後にして、しばらく道なりに歩いていると、女の言っていた通り村が見えてきた。
「空も暗くなり始めている。今夜はここで過ごすとしよう」
「うん、もうヘトヘト……」
腕を垂らしながらフラフラと歩くレーアが力なく返事する。
村に入ると、白い鎧を着ている者がいた。一人だけではなく、同じ鎧を着た者が何人もいる。
「いかにもといった装いだな。あれが聖騎士か」
「……そっか」
レーアはちらと目をくれるだけで、すぐに視線を落とす。
「ほら、宿はすぐそこだ。転ぶなよ」
シロンの厳しい言葉に、レーアが再び足に力を入れる。
宿に着くと、シロンが宿の主人と言葉を交わし始めるが、レーアはその会話内容も頭に入ってこない様子だった。
「ふわぁ~っ!」
部屋に入るや否や、レーアは全身をベッドに投げ込む。
頬ずりしたり足をばたばたと動かしたりして、柔らかい布の感触を味わう。
「しばらく休んでいるといい。……寝るのはシャワーを浴びてからだぞ」
今にも意識を手放してしまいそうなレーアに忠告すると、シロンはそのまま浴室に向かう。
翌朝。レーアは目を覚ますと、ベッドから飛び起きる。
「おはよー!」
「ああ、おはよう」
ベッドの上でストレッチをして身体をほぐしているシロンを横目に、レーアはテキパキと外へ出る準備をする。
手際よく準備を済ませると、レーアが声を上げる。
「さあ、シロン! いざ聖都へ!」
一日でここまで回復するのかと苦笑しながら、シロンも赤い外套を羽織り、腰に剣を帯びて準備を終える。
二人は村を出て街道を進む。冒険者ではない一般の村民の往来も多く、治安の良さが伺える。
「しかし、本当に一匹もモンスターを見かけないな」
ぶんぶんと腕を振りながら歩くレーアの後ろを、シロンは警戒を緩めずについていく。
しばらく歩くと、白い建物が並ぶ都市が見えてくる。
規模は恐らく王都と同等だろうか。間違いなく、あれが『聖都ミレアス』であると二人は確信する。
王都のように外壁に囲まれているわけではなかったが、その理由は聖都の周りを見れば明らかだった。
巨大な川が聖都の周りを一周するように流れており、正面に見える橋を渡る以外で聖都に入るのは難しいだろう。
「はぁぁ……」
今まで見た都市とはまた違った衝撃に、レーアが気の抜けた声を漏らす。
「では、行こうか」
その場に立ち尽くすレーアの手を引いて、シロンが橋へと足を向けた。




