第73話
いくら時間が経ったのだろうか。
村はすでに炎に包まれ、あたりには黒焦げの死体がいくつも転がっていた。
ファラオの制裁に加わらなかった者たちは恐怖に耐えきれず、武器を捨て、泣き叫びながら村から逃げ出していった。
あの迷いやすい森で、彼らは生き延びられるだろうか。
それとも、運悪く強力な魔獣に遭遇してしまっただろうか。
その答えを知る者はいない。
初期の河来未来のように、ぎこちなくしか身体を動かせなかったヨンレイも、
おそらくは炎に巻き込まれ、焼かれただろう。
ファラオの頭の中にかすかに感じていた、ヨンレイの気配を今は感じられない。
頭の中からでも命令すれば届きそうなほどだったのに、今は微塵もそれが無い。
「……こコは」
ファラオは、見慣れた天井を見上げていた。
ガラス扉には倒木が突き刺さり、無残に割れている。
草や虫が入り込み、かつての“秘密基地”感はすっかり失われていた。
そうだ。
ここはゴンギのアジト。
彼は再び、古代ヌビトから発掘された棺の中で再生していた。
「やっぱ死ンだか……俺」
あの時は夕方だったはずだが、今はかなり暗い。
夜が近い。
よっこいしょ、と棺から立ち上がり、ノタノタと倒れた木を避けて、歩く。
棚の奥に残っていた数本のマッチを取り出し、慎重に火をつける。
つい先ほどまで炎に焼かれて絶命していたというのに、不思議と頭は冷えていた。
「……間違えテ、自分ヲ燃やさナいようニしナいとな。
乾燥肌、っテレベルじゃなイくらい、乾燥しテるわケで」
最悪、自分はいい。
だが、この棺が燃えて崩壊してしまえば、もう復活できないかもしれない。
彼は過剰なほど棺から距離を取り、部屋の隅で小さな灯りをともした。
「ふゥ……落ち着くナ。
天井が開いてプライバシーはアレだケど、やはり我が家っテ感じだ」
はぁ...。
せっかくできたコネも、休息していた村も、すべて失った。
王都へ戻る道も、今はない。リセットである。
そういえば、1940年の映画『ミイラの墓場』でも、
敵であるミイラ男のカリスは最後、炎に焼かれてハッピーエンドだったっけ。
当事者になると、まったく笑えない。
だが――
「これダけは、ナンとか持ち帰ルことが出来た。」
彼は自分の両腕を見下ろす。
そこには、紋章の異なる古代ヌビトの遺物が、それぞれはめ込まれていた。
ヤクロたちに倒されはしたが、復活後、応戦はせず、ただ遺物だけを狙っていたのだ。
(貴重な遺物が、炎に焼かれてしまうところなんか見たくない
古代エジプトが好きだから、異世界でも文化を大事にしたい――
……って言ったら、さすがに自分でも建前くさいか)
遺物を集めるたびに、自分が強くなっていくのは確かだ。
だがそれよりも、失われかけた“過去”を拾い集めている感覚のほうが、妙に心地よかった。
村人たちも、まさかファラオが遺物目当てだとは思わなかったのだろう。
“呪い”で次々と人が倒れていく中、武器を持ったまま逃げ出す者も多かった。
その隙に、彼は遺物を掠め取った。
もともと、古代ヌビト人と共に埋葬されていたものだ。
それが自分の遺物だったのかどうかは、わからない。
(少なくとも、炎の中で砕けるよりは……
こうして役目を与えられたほうが、この遺物も幸せだろ)
そう、思うことにしよう。
腕に嵌めた後、村は炎に包まれたが――
結果的に、遺物が無事でよかった。
ていうか...俺がリスポーンするのは5000歩譲ってわかるとして、
こういう遺物たちは炎やら、ベヒーモスの攻撃やらで、半壊しそうなもんなのに、
無傷の状態で、俺と一緒にリスポーンしてるんだ。
「...都合イいな...。いや、魔道具ッテ、そういうモンなのか。」
腕を軽く動かし、違和感を確かめる。
「装備トして身につケることで……
こっちニも、特別ナ力が宿る、っテことカ?」
今さら“魔道具”という概念に、現代人の理屈を持ち込むのも野暮だろう。
「……で、何がデキるんダろ。こっちハ」
古代ヌビト特有の、重く澱んだ波動を感じ、少しだけ嬉しくなる。
検証は後日だ。
今日は疲れすぎていた。こんな姿になっても、精神的疲労は蓄積する。
「まァ、いイか。疲れタ……一度、寝ルとしよう」
天井の割れ目から、夜風が入り込む。
虫の音が、かすかに聞こえてきた。
これが子守唄となってくれそうだ。
「明日カら……どうすっカなぁ。
自力デ王都を目指スか?
もうこの見た目ト能力ジャ……人に警戒されズ、仲良クなるノは難しそうダなァ」
気づけば、自分は人を殺していた。
数人どころではない。おそらく、数十人単位で。
胸の奥が、ほんのわずかに軋んだ。
懺悔、同情、後悔、嫌悪。
――――嫌だな。
そう思った“はず”だった。
だがその感覚は、乾いた包帯の奥で、砂漠の砂が崩れるように薄れていく。
痛みの理由を考える前に、思考が次の段階へ進んでしまう。
俺、ちゃんと人間だったよな...? 体はこうなってもさ。
その問いは、浮かんだ瞬間に、答えを求められなかった。
代わりに、別の考えが、すっと入り込んでくる。
「……ヨンレイ。そうダ」
声に出した瞬間、それはもう“案”ではなくなっていた。
「王都ヘの道を知ってイル死者ヲ蘇らせテ、
従者ニすレば……迷わズ辿り着けるかもしれない。」
合理的だ。
効率もいい。
それに――誰も、これ以上死なずに済む。
その結論に至るまで、
さっきまでの感情が、どこへ消えたのかは分からない。 不思議と、胸は軽い。
「……うん。悪くナい」
命令でも、決意でもない。
次にやるべき作業を確認しただけのような口調だった。
ファラオは明日からのプランを思い描きながら、
棺のフタを、ズズ……と静かに閉める。
人であることを確かめる問いは、
そのまま、闇の中に置き去りにされた。




