第46話「崇められる者」
「よぉノイエン、話ってどうだった?俺ら、いつベヒーモス倒しに向かえばいいんだ?……てかなんか、浮かない顔してねぇか?」
巨躯の雪男――ザブロックが、仲間思いの調子で声をかけてくる。
亜人でありながら人の世に迎合し、冒険者としてプラチナランクを誇る彼は、一定時間吹雪を発生させる能力と、冷気への絶対的耐性を持つ前衛として、ノイエンと双璧を誇るパーティーの要だ。
「大変だったんだから。ノイエンがセルマンドさんに“てめぇ”って言うわ、胸ぐら掴むわ……冒険者名簿そのものを抹消されてもおかしくなかったのよ?」
カエリが半ば呆れたように言う。よく見ると額には大粒の汗がにじみ、緊張から解き放たれた安堵の表情が浮かんでいた。
「マジか……何があったんだよ?」
ザブロックが目を丸くするも、ノイエンはバツが悪そうに口を閉ざす。
ただ一人、槍使いのロールが薄く笑って呟いた。
「……察したよ、やっぱりな。想像以上に、世の中腐ってましたってわけだろ?」
「まぁな」ノイエンが低く応じる。
「で、これからどうするのよ? 一応、宿代とかは今度の報酬に上乗せしてくれるみたいだけど……」
カエリが視線を向けると、ロールへの返答も含めて、ますます意味がわからないといった様子でザブロックは首を傾げた。
「お前、相変わらずニブいな、ザブ。戦闘中の勘とか、雪山の方角を嗅ぎ分ける感覚は、この中で一番冴えてるのによ」
ロールが苦笑しつつ肩を竦める。
「あーん?わかんねえもんはわかんねえって!...まぁいいや、一回部屋に戻ろうぜ。ミンカももうすぐ買い出しから帰ってくるだろ。そこでちゃんと説明してくれよな、ノイエン、カエリ」
少し冷静さを取り戻したノイエンも、葉巻をふかしながらうなずいた。
「……あぁ、とりあえず宿に戻ろう。こういう話は、人目のないとこでやるに限る」
執務室を出るとき、イサゴルデが吐き捨てるように言った言葉が脳裏によみがえる。
――当然だが、この件は仲間以外に口外禁止だ。守れるな? “マスターランク冒険者の特別任務”のせいで、大事な家族の命を失いたくはないだろう?
宿街をのっしのっしと歩くのは、白い毛並みをまとった大柄な亜人。その隣には、長髪を結った槍使い、そして髪の赤い男女。
一目で強者とわかる連中だった。
王都に来てから多くの冒険者を目にしてきたミイラ男でも、思わず息を呑む。
「……アノ白いやツ、なんナんだ?」
「雪男でごわすな。オークの里に、一度だけ交易目当てで雪男の一団が来たことがあったでごわすよ。装飾品を身につけてるでごわすから、奴も冒険者に違いなか」
「……頭はあの炎みてえな男だな。隙だらけに見える歩き方してるが、ありゃ相当だぞ。間違いなく俺よりつええ、だが、ブラッデインじゃ見たことねえ男だ。もしや、ベヒーモスの討伐任務に呼ばれて…?」
ゴロウスも目を細め、彼らを観察する。
「いロんなヤツがいルんダなぁ」
ネクロマンサー、巨大ネズミ、オーク、人狼、異界の冒険者。
王都に来てから数多の異形を見てきたミイラ男は、雪男程度ではもう驚かない。ファラオであることが個性なら、雪男だって個性だろう。
彼の思考を占めていたのは、むしろ今後立ち向かうことになるであろう“恐竜並みに巨大なカバ”の存在だ。
ふと視線を上げると、風にはためく旗が目に入る。そこに描かれていた絵に見覚えがあり、ミイラ男はハッとする。
「ナぁ、ユーキ。アの旗の絵……カバだよナ?...カバっテ…」
「いや、あれはベヒーモスの紋章だね」
「ほう……強調された牙に、何でも飲み込みそうな口元。まさしく災厄の魔獣でごわすなぁ」
ザンギリはうなずく。
――なぜ、人や街を滅ぼす“災厄の魔獣”を描いた旗が、こんな場所にはためいている?
ベヒーモスの討伐依頼は、かつて中上位の冒険者たちが壊滅したため、すでに禁止されているはずだ。
それにここは、王都の外れにある宿街。ギルドの掲示板がある中心地とは少し離れている。
「……どうイウこトなんダ?」と尋ねかけた瞬間、ユーキが口を開いた。
「ミイラさんって、確かヌビトの出身でしたよね?」
「……ああ、そウだ」
ミイラ男はわずかに間を置いてから、淡々と答える。
表情はいつも通り、乾いた布のように動かない。
だがその奥で、彼は何度も反芻していた――(ヌビト出身だ。そう、ヌビトだ)と。
それはもはや口癖のような“防壁”だ。
ほんの一瞬でも、異界の名を漏らせば、すべてが壊れる気がする。
“この世界で、自分がどこから来たかを語るな。”
そう忠告したゴンギの声が、砂の底から響くように思い出された。
「ベヒーモス信仰ってやつさ。ここいらじゃ、あのデカブツを神みてぇに崇めてる連中がいる。……正気の沙汰じゃねぇ」
「ちょっ!ゴロウス、僕が説明しようとしてたのに!」
ユーキが慌てて割り込むが、すでに遅い。
どうやらこの王都では、“災厄”を神格化する一派が存在するらしい。
理由は様々だという。あの巨体と圧倒的な威容を“神々しい”と讃える者。
仇敵の街を踏み潰したことを“浄化”と呼ぶ者。
あるいは――その破壊の余波で人々が王都へ逃れ、
難民として流れ込んだことで街が膨れ上がり、繁栄したのだと語る者も。
ミイラ男は、その説明にどこか納得のいく部分を感じていた。
“滅びが繁栄を呼ぶ”という皮肉な理屈は、どこか古代の輪廻思想にも似ていた。
死を終わりとせず、再生の契機とみなす――それは、かつて砂に埋もれた王国でも語られていた理。
枯れたナイルが再び満ちるように、滅びの後には必ず新たな命が芽吹く。
ミイラ男は、胸の奥で静かにそれを噛みしめた。
死してなお動く己の存在も、もしかすればその“循環”の一部なのかもしれない、と。
だが、隣に立つゴロウスの表情は険しい。
眉間に深く皺を刻み、握りしめた拳がわずかに震えている。
彼もまた、幼いころ――故郷をベヒーモスに踏み潰された者。
そんな怪物を“神”と崇めるなど、人としての尊厳を踏みにじる行為にしか思えなかった。
彼の口元がわずかに歪む。
「……あんなもん、祈って救われるなら、誰も死んじゃいねぇよ」
ユキミの表情も険しい。ユーキは、自身が故郷を潰されたわけではないが、ゴロウスたちと長くを共に旅した者だ。
やはり思うことはあるのだろう。
沈黙が、砂をかむように重く流れた。
ふいに、遠くの空を裂くような甲高い鳴き声が響いた。
「――あ! グリフォンだ!」
宿街の人々がざわめき、子どもが指をさす。空を舞うその影は陽光を背に、金と白の羽を翻していた。
やがて、翼の巨獣はゆるやかに旋回しながら石畳の広場へと降下する。
その背にまたがっていたのは、見覚えのある二人――リブキとゴンギだ。
「おセーよ!」
ミイラ男が包帯の隙間から声を張り上げる。
リブキは軽やかに地面へ飛び降り、風に靡くマントを翻す。
ゴンギが一歩前へ出て、落ち着いた声で告げる。
「悪いな。ちょっと女騎士と話をつけてきたところだ」
ゴンギが一歩前に出て言う。その声音は落ち着いていながらも、
どこか火種を宿していた。
「その表情……一緒に来てくれるってことで、いいんだよな?」
と、ゴロウスが腕を組んで問う。
「あぁ。私は私で、試したいこともあるしな。同行しよう――若き冒険者の一団よ」
ゴンギの声に迷いはなかった。




