表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/84

第33話「ミイラ男は萎縮する。」

ギルドから、のんびり歩けばちょっと息が上がるくらいの距離にある、賑やかな露天街。

木製の屋台が並び、熟れた果物の甘い香りや、鉄を打つ音が交じり合う。

店先には山盛りのリンゴや葡萄、磨き上げられた剣や盾が所狭しと並び、商人の呼び声と客の値切り合戦が絶えない。


そんな喧噪の片隅——人波から外れた一角に、不思議な静けさがあった。

そこに立つのは、我らが主人——ゴンギ。

低く抑えた声で、彼は依頼主の女性へ告げる。


「……今、この霊体に、おまえの祖母の魂を憑依させた。」


杖の先から、淡く白い霊体がふわりと現れる。

最初はどこか空っぽの、抜け殻のような佇まいだったが、

ゴンギが小声で呪文を紡ぐと、その輪郭に色が宿り、髪は白く、背は少し丸く、着物のような衣のシルエットが浮かび上がった。


周囲の通行人たちも足を止め、「おお……」「ネクロマンサーだ……」とざわめく。


女性は、溢れる涙を拭うことも忘れ、必死に呼びかけた。

「おばあちゃん、あの編みかけのマフラー……まだ、私の部屋にあるの」

「おばあちゃんが作ってくれたパイの味、ずっと覚えてるよ」

「私ね、この間ね……ちゃんと夢、叶えたんだよ」


老婆の形をした霊体は、ゆっくりと微笑み、頷く。

その表情はまるで「よくやったね」と言っているようだった。


──ちょうど死者葬を始めて間もない頃の光景である。


すでに日は沈みかけ、通りは朱色に染まっていた。


それからというもの、一人として客は来ない。



「死者葬行います! 相談料五百シヌ、儀式三千八百シヌ!」

そんな手書きの看板を掲げ、

「亡くなった身内と話したいそこのアナタ! いかがでごわすか!」と通行人に声をかけるザンギリ。


一方のゴンギは、椅子に腰掛けたまま肩肘をつき、ぼんやりと人の流れを眺めている。


「チッ……まったく来ないな」

低く舌打ちする声を、すぐ足元で聞いているのは──


テーブルの下、荷物のように押し込まれたミイラ男だった。

膝を抱えて背中を丸め、まるで置き去りの行李こうり状態。

テーブルには床まで届くカバーがかかっており、外からその存在は分からない。

……にしても、ファラオをこんな扱いにするとは無礼にも程がある。


だが、反論はできない。

さっきのパフォーマンスで人々の興味を引き寄せたものの、

すべてを台無しにしたのは──このファラオ自身だったからだ。



「おイ、ゴンギィ、椅子借りテキたぞォ〜!」


元気な悪役声とともに、ファラオが姿を現した、その瞬間だった。

依頼をしようと、今まさに財布から金を出していた男は「ひっ」と声を上げ、鞄ごと財布を落とす。

それを慌てて拾い上げると、振り返りもせず駆け去ってしまった。


女も、老人も、青年も──蜘蛛の子を散らすように、通りから姿を消していく。

気がつけば、ゴンギの店からも客の姿はとうになく、残っているのは気まずい沈黙だけだった。


「全く、イライラする」

「ゴめんッテば!」


「しかも……椅子のレンタル代で三百五十シヌだぞ!?

通の奴なら、もっと安く貸す店を探して二百シヌで済ませるところを……」

「ウウ……」


「ただでさえ金がないというのに。

あのペースなら今頃、六件は依頼を片づけられていたかもしれんのに……まだたったの一件だ。

この調子だと明日も滞在する羽目になるかもしれん。まったく泥沼だ」

「何がファラオだ……これでは疫病神じゃないか」

「……」

ゴンギの愚痴混じりの独り言を、ゼロ距離で叩きつけられるファラオは、

この姿に転生したことを今になって少しだけ後悔していた。

...これ以上言えば、呪われる。そんな無言の圧を感じたのか、ゴンギの愚痴はいつしか終わった。


「ファラオどん、ドンマイ!」

「チュー!」


……お前ら。

テーブルクロスの下で姿は見えないけれど、励ましをくれる

アンデッド・メイトたちに、少しだけ目尻が熱くなる。



その光景を少し離れた場所から見ていたユーキのもとへ、ギルドの方からゴロウスが戻ってくる。

「よぉ⸻」

「どうだった?猛者は居た?」とユーキが聞く。

「何人かには声をかけたんだがな……誰ひとり、同行してくれるやつはいなかった。」

盾を仕舞いながら、ゴロウスはため息混じりに報告した。


「そうかい……まあ、ご苦労さん。」

ユーキは短く応え、すぐに視線を露天街の奥へと向ける。

「で、あのネクロマンサーの様子は?」

「見ての通り、閑古鳥さ。最初は興味本位で人だかりができてたんだが……」

ユーキは片手で後頭部をかきながら続ける。

「あの、一際不気味な包帯ぐるぐるのアンデッドが姿を見せた瞬間、全員蜘蛛の子だ。」

ユーキは口の端をわずかに上げ、半ば呆れたように言った。



「そりゃそうだ。あんなのが目の前に立ってりゃ、剣の腕より先に足が動くわな。

あれはな。熟練の冒険者でも、夢見が悪くなるレベルだ。」

ゴロウスは苦笑し、肩をすくめる。

「本当にね…アレと比較したら、オークのゾンビのほうはマスコットに見えてくるよ。」

まるで当事者の気持ちなどお構いなしの会話──当のミイラ男にとっては、なんとも散々な言われようだ。


「おーい、戻ったぞー!」

そんな時、遅れてリブキが姿を現す。


「銀行で我々の貯金をすべて確認してきた。総額──三十八万シヌだ。」

誇らしげな響きを帯びた声。

「最近は依頼も多く片づけていたから、予想以上に貯まっていたな。」


「おお、それはすげぇ! 大金じゃねぇか!」

ゴロウスが目を見開き、感嘆の声を上げる。

「それだけあれば……あの商売やってるネクロマンサーも、きっと笑うだろうな。」

ユーキは片方の口角だけをわずかに上げ、露天街の奥へ視線を流す。

「よし! じゃあよ、日が沈む前にアクションを起こすか」

三人そろった今、もう一か八か、あのネクロマンサーが協力してくれることを祈るしかない。

ゴロウスは二人に気合を入れた。


「そうだな。他に客も来ていないようだし……では行こうか」

リブキも同意し、三人は建物の影から一歩踏み出す。


──その時。


「キャーッ!」


露天街の奥、陰気な死者葬屋のさらに向こう、

薬草と瓶の匂いが漂う一角から悲鳴が響く。

ポーション屋だ。


割れた瓶と飛び散る薬液が散乱し、

血を流して倒れる店主の姿があった。

副店主の娘は、顔をくしゃくしゃにして泣き叫んでいる。


「あれは──!」

ユーキは杖を構え、戦闘の構えを取る。


「ウオオオオオ! もう一度言う! 娘! 俺と結婚しろぉ!」


声の主は、ゴロウスよりもさらに一回り大きな巨躯。

全身は濃い毛に覆われ、歪んだ牙が乱れ並び、

裂けた耳が二つ、怒りに震えていた。


「人狼……!」

リブキが低く構え、警戒する。


「人狼って、月の出てる夜にしか変身できねえはずだろ。まだ夕方だぜ?」

「たぶん月光薬だ。飲めば、月の力を得て昼でも変身できる。

 本来は夜目を得るための薬だが、人狼が飲むとこうなる……」

ユーキの知識に関心している場合ではない。


人狼は娘を腹から抱え上げ、宙に持ち上げた。


「さあ! 結婚すると言え!」

「い、いやです!」

娘は涙を浮かべながらも必死に拒む。


「ぬぅ……八度も俺を振るとは……ならば仕方ない。殺してやる」


露天街は瞬く間に緊張に包まれた。

荷を放り出して逃げ惑う者、腰を抜かして震える者。


「征くぞ、お前達」


勇敢な冒険者達が駆け出すよりも早く、

人狼の前に一歩進み出たのは――あのネクロマンサーだった。


「なんだァ? てめぇは……」


「商売の邪魔だ。それに今の私は……ひどく機嫌が悪い。」


杖を、トン、と無造作に床へ打ち付ける。

その瞬間、空気がひやりと揺れ、彼の隣に三つの影がぬっと浮かび上がった。

――上級霊(スペクター)葬儀霊(フューネラルゴースト)水死霊(ルサールカ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ