第19話「アンデッドの運動会」
森の中。
ネクロマンサーが腕を振り、脚を蹴り込み、激しく動くたびに木の葉が舞い落ち、踏み込むたび草地に深い跡が残る。
「そっちに行ったぞ!」
ゴンギが、杖をふるい「小幽霊」に飛行の指示を出していた。
それは、お手玉ほどの大きさで、目の位置が定まっていないフニャフニャの幽霊。
幽霊と言っても、よく見るとちょっと寝ぐせがついていて、目も半分閉じている。
たぶん、寝起きだったんじゃないか。ごめんな。
そのゴーストを目標に、この乾いたミイラボディで出せるだけの全力で、走る、走る。
新緑の木漏れ日が照らす森の中、
例の「俺が再生した地下室」からだいたい100mくらい離れた場所・・かな?
完全には馴染んでいないけど、この身体でも走れるようになった。
アンデッドだから、肺がないので全力で走っても息が切れないのはありがたい。
……ただ、元は生きていた人間だ。どこかで息切れのようにハーハーしてしまうし、筋肉も少し疲れる気がする。
「捕まエた!」
潰さぬようプチゴーストをそっと手で包み込む。
俺の体――というか蘇生されたアンデッドの体には、冥力が宿るので、霊体であるゴーストにも物理的に干渉ができる。
今なら仮に貞子が現れても、殴り飛ばせるってワケ。まぁ、怖いから、絶対逃げるけど。
「ようし!じゃあ次は反対方向に放るぞ」
次の「小幽霊」を召喚しようと、杖を小さく構えた。
っと、なんで、あんなにギコギコカクカク、
生まれたての子鹿というより「砂に引きずられる石車輪」みたいな動きしかできなかったミイラ男が、
今こうして、森をズザザッと走れてるのか――って話だよな。
それは、例の“アレ”ーーゴンギのアジトに転がっていた、人間の屍体。
あの「すっころび事件」の後、筋力はスカスカ、関節はギチギチ。歩くたびに「ミシッ」とか「ギィィ」と音がするもんだから、ゴンギも気が気じゃなかった。
使役されているアンデッドは、意志や記憶が残っていようと主人に叛逆したりはしない。
……とはいえ、古代の呪いがどういう仕様なのかはまだまだ未知数。
リスクはなるべく排除しておきたかったのだろう。
そうして、あいつは床に寝かされていた屍体をズルズルと引きずり出してきた。
顔色はくすんだ土気色で、唇は黒ずみ、指先はうっすらと紫色に染まっていた。
皮膚はすでに死後の水分が抜けかけていて、乾いて張りつつも、ところどころまだ柔らかい弾力が残っている。
触れると冷たく湿り、ところどころに薄い血の滲みと、斑に浮かぶ青黒い痣が見えた。
腹部には死後硬直の名残か、わずかに膨らみがあり、鼻孔からは微かに生臭い、鉄と土が混ざったような臭気が漂う。
関節部はまだ動きの余地があり、腱もまだ腐食しておらず、筋肉の繊維もはっきりと残っていた。
全体的に「死後5日目のゴールデンタイム」……あいつがそう評したのも頷ける、極めて新鮮な状態だった。
「……ちょうどいい」
低く呟いたゴンギの指先が、屍体の両腕にそっと添えられる。
その動きは驚くほど繊細で、まるで熟練の仕立て屋が絹地を広げるような、無駄のない所作だった。
そこから先は、ほとんど迷いがなかった。
滑るように皮膚を割き、無駄な音も血もほとんど立てず、解剖と縫合を同時に進めていく。
ただ、包帯の隙間から覗く俺の腕と脚に、新しい“肉のパーツ”が淡々と組み込まれていった。
縫い合わせに用いる糸と針も、最小限。
ゴンギ曰く、冥力で動いているアンデッドに生体組織を移植する場合、同じ部位同士を密着させ、冥力を強く流し込むことで定着するのだという。
「特に私は、この技術に長けている」
術後、少し自慢げに語っていたのが印象的だった。
ふと視線を落とせば、胸筋にも薄く肉が乗り、肋骨の浮いていた腹部が多少埋まっている。
ガリガリの骸骨めいたヒョロミイラだった俺が、今ではようやく「痩せた一般男性」くらいの見た目にはランクアップ。
「……どうだ、動かしてみろ」
ゴンギの声にうなずいて、肩をぐるんと回してみる。
ギシッ……ゴリッ……お、おお?
おおお!? 動くぞ! 滑らかに!
……まあ、ちょっと鳴るけど。
走れる。
飛べる(気がする)。
パンチもできる(当たらない)。
だから今、こうしてプチゴーストを追いかけて森を駆け回ってるってわけさ。
そして、足元で「ヂュー!」と鳴く、我が忠鼠・シチュー。
……嬉しそうにくっついてくるその様子を見てると、
なんかこう……だめだ!日に日に愛着が増していってる…。
というわけで、筋力リハビリは、順調 (たぶん)です。
このあとも、たぶん俺は走るし、たぶんまた転ぶし、
きっとシチューは笑って――いや、笑ってるか?あれ?ま、いっか。
元博物館バイトで現ファラオ、今日も平常運転!
……そうそう、
あの屍体――俺の筋肉パーツになったあの男――最初、ゴンギが殺したのかと思ってたんだよ。
アイツ、何の躊躇もなく人の身体バラすし、
ネズミに「シチュー」とか名前つけるし、
十人や二十人、過去に“処理”してても、別に驚かないっていうか。
てっきり、「素材にするためにヤっちゃお★」ってノリかと思ったんだけど──
……いやぁ、その……犯人はまさかの俺だった。正確には、俺としての意識が宿る前の“俺”。
言葉遊びが過ぎるって?……まぁ、確かにそう思う。
あの男の正体、それはただの盗賊。異世界にも様々な職業があって――ー聖職者、冒険者、傭兵、料理人。
そうなると、人の財産をこっそり盗むドロボウも、もちろんいる。
こんな森の奥地に秘密の地下室なんて見つけたら、そりゃ「お宝あるかも!」ってテンション上がるのもわかる。
留守中にこっそりアジトに侵入して、金目のものを漁ってた時に──“俺”にぶつかってしまった。
それで、左手の小指をポッキリいっちゃったらしい。
「へえ〜、そりゃ痛そうだな〜」なんて他人事みたいに聞いてたんだけど……ふと自分の手を見てみたら──
……あれ? 俺の左手の小指、なくね?
盗賊の話を聞いて、ようやく気づいた。
え、ちょっと待ってくれよ。つまりこれ、魂が宿る“前”から、なんかすっげえ強力な呪いが仕込まれてたってことじゃん?
つまりこれは……俺のせいじゃない。そういうことにしよう。
やっぱ古代ってこえーわ……いや、ほんと怖いわ。
ちなみに、指は寝台の下で転がってた。
そっと拾い上げて、接合部の布を軽く整えて──いや、これでいいのか?と一瞬悩んだけど……
とりあえず、もとの場所にグリグリと押し当ててみた。
乾いた布と枯れた肉の端が、音もなく噛み合って、まるで長年の相棒と再会したかのようにスッと馴染んだ。
一拍遅れて、じんわりとした熱のようなものが流れて、指がくっついた
……とりあえずは、一件落着。




