第11話「死者の安静?そんなもん無理ゲーです」
もう一度しっかりと、自分が眠っていたであろう古代ヌビトの棺を眺めたくなった。
見たところで、特別な発見があるわけじゃないし、分析できるわけでもない。それでも――
ただ、異世界の「古代文明」の残滓に、身を浸していたかったのだ。
ゴンギの話を聞いたせいで、胸の奥がやけに騒がしく、落ち着かなくなっていた。
「ナぁ、あノ棺さ──」
思わず口に出し、よいしょ、と石の台から腰を上げる。
ゆっくり、慎重に足を出す。まずは右足を、ひっかかるようと前へ持ち上げ、
乾いた骨のような左足を引きずる。右手は肘を直角に折り、胸元のあたりに固定して、
左手は肩より低く下げ、爪先を地面に擦りながら……。
それは側から見ると「ミイラ再生」に登場するカーリスそのものだった。
カーリス――古典ホラー映画のミイラ男であり、昨今の「包帯をぐるぐる巻いた悪役」のイメージの元祖だ。観客の背筋を凍らせた、あのぎこちない歩み。
骨と干からびた皮膚をきしませながら、ただ不器用に、ゆっくりと進もうとする。
……が。
「わっ──!」
足元がもつれた。
反射的に体を支えようとするが、このミイラボディの機動性の低さときたら、まるでダンボールで作ったロボットだ。
関節が悲鳴をあげ、腰のあたりがガクンと外れかけ、ぐらりと全身が傾く。
ガシャーンッ!
鈍くて乾いた音が地下室に響いた。
いや、響くっていうか、もはや衝撃音だ。
見事にゴンギのすぐ横にダイナミック着地したからだ。
右手の指先をガリッと床石に引っかけ、俺はぎしぎしと音を立てながら、上体を引き起こした。
――いや、引き起こした、というよりは、引きずり上げる、のほうが近い。
肘を突っ張るたびに、乾いた骨がゴリゴリと軋み、石と擦れる包帯がシュルシュルと不吉な音を立てる。
肩が重く、背骨が硬く、自分が巨大なカマボコ板にでもなったかのようなぎこちなさだ。
それでも、なんとか腰を浮かせ、背骨をゆっくり立て直し、膝がきしむのも無視して――やっとのことで石の上に座り直した。
石の上に倒れたわりに、特に痛みはない。骨も折れてないし、包帯もほどけていない。なにせ軽いからだ。
よし、異常なし――と、顔を上げたその瞬間。
目の前にいたゴンギが、
\ 絶 望 /
という感じの顔をして、ガチガチに硬直していた。
白目むきかけ、額からは玉のような汗。
口はパクパクしてるけど、声が出てない。
あの冷徹で堂々たるネクロマンサーが、いまや完全に怯えたモブ顔でフリーズしてる。
まさかの、ゴンギ、致命的に豆腐メンタル説。
「……ンン?俺は無事ダケど?」
一応報告しておく。
転倒ダメージ:ゼロ。出血:ゼロ。粉砕:ゼロ。
俺、まだまだいけます。死んでるけど。
それでも表情はピクリとも変わらない。むしろ青ざめたまま、
指をプルプルさせながら、ついに震え声で口を開いた。
「い……い、いや! けっして、怒っているわけではないのだが……っ!」
怒ってねぇのはわかる。でも問題はそこじゃない。
「た、ただっ……! その、フラフラと不安定なご様子で、ま、まかり間違って、私の肩にでもお倒れになり……!
万が一! “ファラ……ッ”……い、いえ、“貴方様”の高貴なる肉体に、傷でもついてしまったなら……!」
ゴンギ、なぜか「ファラオ」を言いかけて飲み込んだ。
たぶん“ファラオ”呼び=呪い発動、ってのが脳内で警報鳴らしてるんだろう。
「それは、つまり……つまり……っ! 私が、また死ぬかもしれないということで……っ!!」
言った。ついに言っちゃった。
やっぱりこの人、自分の身を一番に心配してやがる。
……で、思い出す。
シチューが俺に突進してきただけで、問答無用で呪いが発動した、あの瞬間。
高貴なる古代王の身体がダメージ受けると、その原因を作った奴が、どういう目に遭うか分からない。
つまり――「……ごメン」
つい謝った。今の転倒事故が、下手すりゃ“爆発オチ”になってた可能性を考えると、
さすがに悪いことをした気がしてきた。
ゴンギは胸に手を当て、「ッ……ふぅぅぅぅ……」はや溜息というより魂の排気みたいな呼吸を吐いた。
そして、感極まったように頭を垂れる。
「……お前、いや、貴方様……! どうか、くれぐれも、ご自愛を……ッ!」
……そのセリフ、生きてた頃に聞きたかったわ。
古代の呪いってやつは、敵にとっては恐怖の対象でも、味方にとってはただの時限爆弾だ。
もうちょい勢いよくゴンギの顔面にぶつかってたら――
もう少し勢いよくゴンギの顔面にドーンとでもぶつかっていたら――
この地下室には、「ネクロマンサーおぢ、顔面から爆☆散」みたいな阿鼻叫喚の光景が広がっていた可能性もある。
想像して、さすがに背筋が冷えた。
いやほんと、自分が“特級呪物”ってこと、油断するとすぐ忘れる。
「……本当、ごめん。マジデ気をつケルわ」
ゴンギはまだちょっと震えていた。
顔は真っ青、目はひん剥き、口はパクパクしてるのに声が出てない。まるで、マアト――真理と秩序の女神に舌を抜かれた罪人のようだった。
……ちょっとだけ面白い。
「でモ、言葉遣いハ...普通に戻シテくれヨな」
あのやたら格式ばった口調でビビり倒されるのも、それはそれでこっちが居たたまれない。
「……善処しま……させていただきます」
「やめロっテ!」
誰かが言ってたっけ――
《無自覚も、罪だ》ってさ。
……たぶん、それ、いまの俺のためにある言葉だ。
マアトの羽の前で量られたら、俺の心臓なんて軽すぎて、ひと息で吹き飛ぶだろう。
――生前の行いが正しかったか、罪深かったか。死者の心臓と、真理を象徴するマアトの羽を天秤にかけ、釣り合えば来世へ行ける。重すぎても、軽すぎても裁かれる。そんなふうに、死者の善悪を裁くエジプト神話の女神だ。言ってみれば、古代エジプト版ー閻魔大王みたいなもの。
今の俺の心臓は、干からびたレバーみたいなもんだ。風にあおられりゃ、カサカサと転がっていくだけかもしれない。
……どっちにしても、ロクなもんじゃないな。




