第7話 惨劇
吊られた乗客が苦悶の表情で暴れている。
どれだけ抵抗しても、首に巻き付いた髪は離れない。
そうして一人ずつ死体になる過程を俺は何もできずに見ていた。
車内を覆っていく髪を前に、どうしようもない絶望感だけが膨らむ一方だった。
(こんなの無理だろ)
腰が抜けた俺は床に座り込む。
周りより頭の位置が低くなったためか、髪は他の乗客ばかり狙っていた。
美夜子はなぜ俺をピンポイントで捕らえず、大雑把な攻撃ばかり繰り返しているのか。
霊の考えることは分からない。
押し合う乗客に蹴られまくるが、髪に絞め殺されるよりは遥かにマシだろう。
その場で呆然としていると、スマホから棺崎の声が聞こえてきた。
『村木君、状況を説明してくれるかな』
「か、髪が! 髪が人を襲っていますっ! 早く助けてください!」
我に返った俺は懇願するも、返ってきたのは無慈悲な答えだった。
『助けるのは無理だね。君との契約は電話でのアドバイスまでだろう。過剰な要求に応える義務はないよ』
「ふざけんな、くそっ…………じゃあ、どうしたらいいか教えてください!」
『簡単な話だよ。相手が髪なら燃やしてしまえばいい。他の乗客が巻き込まれているならまず――』
俺は説明を最後まで聞かずに鞄を急いで漁る。
そしてホームセンターで買ったばかりのオイルと着火剤を周囲にばら撒いた。
近くにいた乗客の男が俺の行動に気付く。
「おい、何をしているんだ!」
俺は無視してマッチ棒を取り出した。
箱との摩擦で火をつけたそれをつまんで持つ。
揺らめく小さな炎をじっと見つめ、ここからどうするか考える。
棺崎が言っていた。
髪なら燃やせばいい、と。
マッチを適当に投げてやるだけだ。
それでたぶん解決する。
しかし、他の乗客はどうしよう。
まだ捕まっている人もいる。
本当に投げてもいいのか。
マッチを持つ手は震えていた。
『……まさか強行する気かね。さすがにそれは推奨しないよ』
決断できずに迷っていると、誰かが背中にぶつかってきた。
その拍子に手が滑り、マッチ棒を落としてしまう。
「あっ」
刹那、俺はほとんど無意識に走り出した。
邪魔な乗客を無理やり押し退けて髪から逃げる。
車両の連結部分に辿り着いたところで振り返る。
木の根のように張り巡らされた髪が真っ赤な炎に包まれていた。
苦痛を感じるのか、髪は床や天井を叩いて激しく暴れている。
吊られた乗客も悲鳴を上げて燃えていた。
彼らは髪に引きずられて、明かりの消えた暗がりへと消えていく。
その時、甲高いブレーキ音が鳴り響く。
異変を察知した電車が緊急停止しようとしているのだ。
よろめいた俺はドアに額を強打して倒れる。
そのまま目の前が真っ暗になった。




