第6話 前途多難
俺は思考停止する。
異様な光景を前に理解が追い付かなかったのだ。
いや、本当はただ考えたくなかっただけなのかもしれない。
とにかく頭が真っ白になっていた。
「な、なんだあれ……」
よろめくスーツの女が涙を流す。
身体に巻き付いた黒い髪が一気に締まり、彼女は苦しそうな声を上げた。
涙を流す目が俺を見ている。
「たすけ、て」
次の瞬間、女の首が回転して真後ろを向いた。
手足も滅茶苦茶な角度にねじれて血を噴き出す。
軋む人体が髪の毛の締め付けによって破壊されていく。
ものの数秒で女はバスケットボールくらいのグロテスクな球体になってしまった。
球体に絡み付いた髪の毛が模様のようになっている。
よく見ると模様の隙間に人間の顔がある。
それはスーツの女ではない。
目を見開いて俺を凝視するのは美夜子だった。
(嘘……だろ。そんな、ありえない。人が死ぬなんて)
肉の球体から髪が拡散した。
四方八方に伸びた髪は乗客を次々と捕まえて首吊り状態にする。
捕まった乗客達は首に巻き付いた髪を必死に引っ掻くも決して剥がれることはない。
彼らは恐ろしい形相で死んでいく。
自分にも髪が迫ってくるのを見た俺は、叫びながら逃げ出した。
全力疾走で後方車両へと向かう。
「うわあああああっ」
すぐ後ろまで髪が来た気がするが捕まらなかった。
振り返って確認する余裕はない。
必至に走る俺はスマホで棺崎に電話をかける。
数コール後、なぜか楽しそうな棺崎の声が聞こえてきた。
『どうしたんだね、村木君。まさかもう襲撃されたのか』
「そのまさかですよっ!」
暢気な棺崎に怒鳴りつつ、ドアをスライドさせて隣の車両に移る。
その直後、閉じたドアに束が激突する。
あと少し遅れていたら捕まるところだった。
その事実にぞっとする。
隣の車両はパニックに陥っていた。
俺と同じく逃げてきた者と、状況が分からず混乱する者が入り乱れている。
誰かが非常ボタンを押して乗務員と通話しているが、説明に難儀しているようだ。
そもそも乗務員が来たところで心霊現象を解決できるとは思えない。
俺は勢いをつけて人混みの中へ飛び込む。
他人を巻き添えにして少しでも狙われるリスクを減らすためだ。
クズと罵られても仕方のない行為だが、良心に従って行動していては死ぬ。
これくらいの覚悟は必要だろう。
押し合って窒息しそうな状況の中、枝分かれした髪が天井を埋め尽くす。
照明が割れて暗闇に包まれる車内。
頭上から襲いかかる美夜子の髪が乗客を絞殺していった。




