第58話 人間性
絵画の飾られているフロアに見慣れた後ろ姿がある。
銃痕だらけの油絵を眺めるのは佐奈だった。
俺は駆け寄って呼びかける。
「佐奈!」
「あ、生きてたんだ。しぶといね」
振り向いた佐奈は皮肉っぽい笑みを浮かべる。
俺は嫌味には触れずに尋ねた。
「他の二人は?」
「別行動中。新村美夜子が出てきたタイミングで動き出したの」
佐奈はエレベーターを指差す。
故障しているのか、階数表示が文字化けしていた。
「棺崎先生は、須王会の心霊コレクションを回収しに行った。安藤さんはビルの通信手段と警備システムを破壊してる」
「お前の役目は?」
「混乱の助長」
そう言って佐奈が見せてきたのは、干からびた人間の手だった。
全体が乾燥して黒ずんでおり、まるでミイラのように不気味な質感である。
俺は眉を寄せて言う。
「……クドウシバマサだよな」
「うん。しかも亜門先生が改造してくれたバージョンね。効果範囲が拡大されて、自殺衝動が伝染病みたいに広まるの」
「危なすぎるだろ。大丈夫なのかそれ」
「先生から買ったアイテムで防御してるから平気よ」
佐奈は首から護符をかけていた。
それが自殺防止用のアイテムらしい。
俺はずっと無防備だが、自殺衝動は出ていない。
クドウシバマサに対する恐怖があまりないせいだろうか。
美夜子に惨殺される瞬間を目撃したので、どうしても雑魚っぽいイメージがあるのだ。
恐ろしい能力なのは知っているが、素直に怖がれそうになかった。
今回はそれが上手く作用したのかもしれない。
「自殺衝動はビル全体に浸透してるようね。あたしの仕事は終わったみたい」
「これからどうするんだ」
「慰霊碑を見るに決まってるでしょ! ヤクザの敷地にある心霊スポットなんてレアすぎるわ」
「やめとけ。今は美夜子が他の霊と戦っている」
「じゃあ尚更行かないと!」
佐奈は目を輝かせている。
こうなったらもう止められない。
説得したところで無駄だ。
自己責任で放っておくのが賢明である。
俺は来た道を戻って非常階段へと向かった。
「俺は一億円を探してくる。元会長の部屋にあるらしいんだ」
「金庫でしょ。三十八階にあるわ」
「どうして知っているんだ」
「親切な人が教えてくれたの」
佐奈が部屋の端を顎で指し示す。
物陰に黒服が倒れていた。
血だらけで顔面に何本も釘が刺さっている。
爪を剥がされたのか、すべての指が真っ赤に染まっていた。
親切どころか強引に聞き出した形跡しかなかった。
ドン引きした俺は佐奈を見る。
「……お前、本当は漫画家じゃなくて殺し屋だろ」
「失礼ね。好奇心が少し強いだけよ。あんただって人を殺したでしょ」
佐奈が俺の服を指差す。
そこには返り血が付いていた。
黒服を射殺した際のものだろう。
俺が何も言い返せないでいると、佐奈は勝ち誇った様子で述べる。
「人間、その気になれば簡単に一線を越えられるってこと。こんな機会は滅多にないんだから、楽しまなきゃ損だって」
「イカれた快楽主義者め」
「そんな奴とセフレのくせに」
罵り合った後、俺達はそれぞれの目的のために別のフロアへと移動した。




