桜神靱の手記
3月6日
今、プログラム細胞死に異常をきたす性質を持つ「ネクロウィルス」の流行により、多くの感染者が命の危機にある。医師としての道を志す者として、私は新薬の開発に勤しむことにした。
5月14日
ついに新薬が完成した。この薬はネクロウィルスに対する抗体を持つだけでなく、プログラム細胞死の働きを一時的に抑制する力も持っている。本来、プログラム細胞死の働きを抑制することは好ましくはないが、ネクロウィルスの症状が続いている間はこの効能が人命を救うこととなるだろう。まずはマウスで実験し、この薬がネクロウィルスに有用であるかどうかを見定めよう。私はこの薬を「ニュートラライザ」と名付けることにした。一先ず、今日は50匹のマウスにネクロウィルスを注射した。症状が出始めたら、さっそくニュートラライザを投与してみよう。
5月16日
発生時間に差異はあったが、今日一日で全てのマウスからネクロウィルスの症状が現れ始めた。その節度、私は症状の出たマウスにニュートラライザを投与した。これで効果が出たならば、この薬には有用性があると言えるだろう。
5月19日
ニュートラライザの効果が出始めた。50匹のマウスのうち、48匹のネクロウィルス感染症の症状が和らいでいる。この調子だ。私が感染者たちを救おう。今度は人間に対する有用性を見るために、私は自分自身の腕にネクロウィルスを注射した。症状が出始めたら、すぐにニュートラライザを使ってみよう。
5月21日
私の体にもネクロウィルスの症状が出始めた。私はすぐに、自分の腕にニュートラライザを注射した。一刻も早くこの薬を実用化しなければ、多くの死者が出るだろう。善は急げだ。そろそろ治験の被験者も募ろう。しかし国の許可を待っている暇はない。気は進まないが、不正に募ることにする。
5月26日
48匹のマウスは完治し、プログラム細胞死も問題なく機能していた。一方で、私の体に出ていた症状もほとんど治っている。
5月27日
私の体は完全に回復した。更に、治験の協力者たちも全員完治している。やはりこの薬には有用性がある。しかし新薬が許可されるまでには、通例十年程度の年月を要する。しかしニュートラライザの投与がネクロウィルス感染症の唯一の治療法である以上、悠長に構えてはいられない。
6月28日
実は私の患者にも、感染者が何人かいる。私は秘密裏に、目の前の患者たちにニュートラライザを投与した。無論、これは法的に許されることではないが、命には替えられないだろう。私は正しいことをした。
7月1日
ニュートラライザを投与された患者たちは、皆健康な体を取り戻した。しかし私は院長に呼び出され、今まで働いていた病院から追放された。これは病院の不祥事にもあたるため、院長は私が新薬を使ったことを隠蔽した。一先ず、今は別の病院を探さなければならない。私はまだ、医者として多くの命を救わなければならない。そして私は確信した。この国の医療の在り方は、間違っている。




