温もり
数日後、治療を終えた御鷹は、久々に例の集落へと赴いた。彼の姿を前に、マグスたちの表情は一変する。何体かは、彼を後目に小声で何かを話している。別の数体は、即座に仮設住宅に身を隠し、扉に鍵をかける。御鷹の浴びている視線には、負の感情が籠っている。彼は招かれざる客だ。御鷹は肩を落としつつも、疲れきったような足取りで集落を練り歩く。彼の目指す先は、愛恋の住む仮設住宅だ。
やがて目的地に辿り着いた彼は、窓から住宅の中を覗き込んだ。そこにいるのは愛恋と瑞葉――――そして紅蓮だ。思わぬ来客の存在に、御鷹は息を呑んだ。彼には、彼女の思惑がわからない。一先ず、彼は聞き耳を立ててみることにした。
「愛恋……オレは、リベリオン・マギを抜けたいと思っている」
「その時は、ここに住むと良い。いつでも歓迎するよ」
「ありがとな。だけど、一度ここの自然を破壊したオレには、その資格はねぇだろう。それに、オレが組織を抜けちまえば、連中は瑞葉を連れ戻しに来るはずだ」
思えば、リベリオン・マギが瑞葉の脱退を許していたのは、紅蓮という人材を失いたくないがゆえのことだった。瑞葉の幸福を願っているからこそ、彼女は組織を抜けることができない状態にある。
愛恋は言う。
「僕たちで瑞葉を守れば良い。リベリオン・マギだって、君を敵に回したくはないはずだからね」
彼の知る限り、あの組織には紅蓮を倒せるような逸材はいない。彼女がいれば百人力と言っても過言ではないだろう。しかし紅蓮には、まだ迷いがあるようだ。
「それもそうだな。だけど、オレにはまだ迷いがある。オレはまだ人間を憎んでいるし、マグスは力を誇示しねぇといけねぇと思ってる。人間にナメられたままじゃ、オレたちはいつまで経っても虐げられちまうぞ」
それが彼女の考えだ。続いて、彼女は窓の方へと目を遣り、こう言い放つ。
「盗み聞きなんて悪趣味だぞ。オメェも中に入れ……御鷹」
幾度となく戦場に立ってきただけのことはあり、彼女はすぐに人間の気配に気づくらしい。御鷹は軽く頷き、仮設住宅の中に入った。
彼を目の前にした愛恋の第一声はこうだ。
「浮かない顔だね……御鷹。何か悩みがあるのかい?」
例え周りのマグスたちが冷たくなっても、愛恋の優しさだけは相変わらずだ。御鷹は自嘲的な愛想笑いを浮かべ、話を始める。
「なあ愛恋……やっぱり俺は、ここにいちゃいけない存在みたいだ」
そう言いきった彼は、どことなく悲哀に満ちた目をしていた。当然、愛恋はそんな彼を心配する。
「君が何に悩んでいるのかは知らないけど、僕はずっと待っていたよ。君が帰ってくるのをね」
「はは……愛恋は相変わらずだな。けど、俺が奪ってきた命は二度と蘇らないし、遺族たちの傷は二度と癒えないんだ。ここはもう、俺の居場所じゃない」
「御鷹……」
愛恋は必死に思考を巡らせる。しかし、親友を励ます言葉は降りてこない。彼は言葉に詰まり、ただただ気まずそうにうつむくばかりだ。紅蓮はため息をつき、御鷹の肩を軽く叩く。
「リベリオン・マギは、オメェの大切なダチを何人も殺した。だけどオメェは、オレたちを許した。だから御鷹……オレは、オメェを許すぜ。な、瑞葉」
彼女は瑞葉の方に目を遣り、同意を求めた。瑞葉は優しさに満ちた微笑みを浮かべ、御鷹を励ます。
「流鏑馬御鷹は、私と同じです。私も、貴方も、何かに操られて命を奪ってきた身です。もし貴方が私を許したいのなら、先ずは貴方自身を許さないと筋が通りません」
少なくとも、ここにいる三人は彼の味方だ。御鷹の頬を、一筋の涙が伝っていく。
「ありがとう。こんな俺を許してくれて……本っ当にありがとう……」
感極まった彼は、そのまま泣き崩れる。そんな彼の背中をさすりつつ、紅蓮は聖母のような微笑みを浮かべていた。




