第9話 郷愁、新しい朝
気がつくとボクは、ふかふかの天蓋つきベッドの中で仰向けに寝ていた。
ここは──そうだ、”魔王城”だ。
昨日、お風呂を出てからガウンを借りて……ロゼッタさんに髪を拭いてもらった後、この部屋に戻ってきたんだった。
疲れがどっと出て、そのまま眠ってしまったみたいだ。
ベッドから這い出ると、窓の外から明るい日差しが届いていた。
ガラスの向こうには淡い色の曇り空と、火を噴く岩肌が見える。
……異世界へ来て、二日目の朝だ。
「ふぅ……」
短く息を吐いた。眠って、目を覚まして──それでも状況は変わらなかった。
これは本当に……夢じゃないんだなあ……。
……ボクは、元居た世界に思いを馳せた。
地震で家族を失ったボクに親戚はなく、天涯孤独だった。
ただ一人、隣の家に住んでいた幼馴染……”白谷ミナミ”のことを除けば。
ミナミ……。彼女もボクと同じように身寄りがなかった。
共にゲームが好きで趣味が合ったボクたちは周りに茶化されるほど仲が良かったし、登下校もいつも一緒だった。
異性として付き合っていたわけではないけど、家族のように大事な存在だ。
昨日はゆっくり考える暇がなかったけど……ミナミと一日中話さずに居たことなんて今まであったろうか。
彼女がどうしているか、とても気がかりだ。
ボクがいまこんな場所に居るなんて、彼女には知る由もないだろう。
──ボクがいま、こんな姿になっているなんて。
しかし、いくら想ったところで解決しない。
この世界でどうにかやっていく方法を考えなければ。
幸い五体は満足だ。腕も足も二本ずつ揃っている。
失くしてしまったものも……あるけど。
その、それは、生きていくために絶対に絶対に必要なものでは、なかった……はず。
ともあれ、落ち込んでいる暇はない。
元の世界に戻りたいとしても、元の身体に戻る方法を探すにしても。
動かないと何も始まらない。
「……がんばる、ぞ!」
立ち上がって、声に出してみた。
喉から出る音の高さにはまだ慣れない。
……鏡の前に立つと、ガウンを一枚だけ羽織った銀髪の少女が目の前に現れた。
鏡をぺたぺたと触る。鏡の中の少女も同じく動く。……この姿が、いまのボクなんだ。
ガウンの裾からは、矢印状のしっぽがだらしなくはみ出している。
髪は湿らせたまま眠ってしまったからかぼさぼさだ。これはいけない。……手ぐしで撫で付けると、少しマシになった。
さて、着替えないと……。
昨日ロゼッタさんが服をしまってくれた引き出しをまさぐり、下着とローブを引っ張り出した。
しっぽと擦れないように注意しながら、ショーツを履く。
油断していなければちょっとくらい触れても問題ないけど……あとでお尻側にしっぽを出す用の穴を開けようかな……。
……次はブラだ。
自分でちゃんとつけるのははじめてだけど……手に持っただけでいけないことをしている気分になる。
しかし、これを付けていかなかったらロゼッタさんは目ざとく発見するだろう。
なぜだかそんな確信がある……。また後ろから持ち上げられるのは勘弁願いたい。
背中側を鏡に映しながら、ホックを引っ張る。
引っ掛ける場所が三箇所あり、胸囲によってサイズを微調整できるみたいだ。
……何度か失敗しながら、丁度いい場所を見つけて留めることができた。
これで、あってるのかな? いま、気軽に答えを聞ける相手はいない。
こんなとき幼馴染のミナミが居てくれたら……いや、彼女はボクがこんな格好していると知っただけで呼吸困難になるだろう。
なにせ、ミナミはボクを無理やり女装させようとした前科がある。
いくらボクが童顔で、時々女の子に間違えられていたからって……ううん、思い出すのはやめよう。
……鏡の中の少女は、上下の下着を付けただけの姿になった。
いまの自分の姿とはいえ、半裸の女の子だ。
見てはいけない物を見ている気分になるし、しっぽがぱたぱたと落ち着かない。
赤くなった顔を覆い隠すように頭からローブを被り、ショートパンツを履く。
少女は人前に出ても恥ずかしくない、かわいい格好になった。
「……よしっ」
──いや!
何がよしなのか? いっちょ前に身だしなみを整えちゃってボクは!
別に、無理して女の子らしくする必要なんてないじゃないか。
かわいくなって、誰にアピールするっていうんだよ。
* * * * * * *
部屋を出たボクは、いい匂いが漂ってきていることにすぐに気がついた。
くんくんと鼻を鳴らしながらうろつき、たどり着いたのは見覚えのある廊下。
ここは、食堂だ。
中に入るとロゼッタさんとダイダロスさんの姿があった。
二人とも寛いだ様子で、それぞれ本を読んでいる。
「おはようございます」
「おはよう、マコちゃん。そろそろ起こしにいこうと思ってたのよ~」
「お早う、お嬢さん。朝食を用意いたしますね」
ダイダロスさんはニコニコと席を立って、厨房へと歩を進めた。
「ありがとうございます……! あ、あの。何かお手伝いできることはありますか?」
「む? いいえ、大丈夫ですよ。ゆっくりお待ちくださいね」
「えっ。わかりました……」
ボクはロゼッタさんの斜向かいに腰掛けた。
彼女の手元にはほぼ空の器があり、中にはオイルがかかった野菜の切れ端が数枚残っている。
「どうしたの、マコちゃん? 浮かない顔ねえ」
「ロゼッタさん、あの……何かボクでもできるお仕事って、ないでしょうか?」
ボクがこう聞くのは、ただでご飯と寝床を貰っていることに気が引けていたからだ。
バル様は気にするなと言ったけど、魔王の妃候補なんて理由じゃなくても、自分がこの城に居てもいいと思いたかった。
それに、チャンスがあれば漫画本の仕入先である”北の王国”についても探りたい。
「そうねぇ、私のほうでは特にないわ~。陛下のお勤めが終わったら、お伺いしてみましょうか」
「は、はい。お願いします」
しかし張り切ったはいいものの、さっそく出鼻を挫かれてしまった。
もし仕事を手伝えるなら、ロゼッタさんかダイダロスさんのもとがよかったのに。
「……それよりマコちゃん、おぐしが乱れてるわよ。服もよれてるし……ちょっと、そこに立って!」
「えっ」
ロゼッタさんが、つかつかと早足でこちらに突進してきて──。
ピシッピシッと服が引っ張られ、髪が撫で付けられ、丸まっていた背中をぐいっと矯正された。
ボクは直立不動のまま、なすがままだ。
自分で鏡を見た時は大丈夫だと思ったのに……。
「あなた、せっかくかわいいんだから、気を遣わないともったいないわよ~」
「え、はい……」
うう。男だった時は誰かに身だしなみを厳しく指摘されるなんてこと、なかったのに。
女の子はそういう所もキチンとしてないと怒られるんだろうか。
「……ふふ、できたわ。か~わいい♪」
「あ、ありがとうございます……」
彼女にそう言われて、すこし自分の顔が火照るのを感じた。
この感情を”うれしい”と呼んでいいのかは、わからないけど。
でも、容姿を褒められるのって……悪くない、かも。
「マコちゃん、このくらいはちゃんと自分でできるようにならないと、だめよ?」
「がんばり……ます」
「ふふ、えらい! 約束よ~?」
約束してしまった。ロゼッタさんに会うたびにこれをやられては堪らない。
明日はもうちょっとだけ、鏡の前で頑張らないといけない……かな。
……ダイダロスさんがくれた二日目の朝食は、昨日よりも固形物が多くて食べ応えがあった。
徐々に胃を慣れさせるための配慮なのだろう。
食事を終えた頃、軽快な足音が廊下に響いてきた。
食堂に入ってきたのは、昨日の夜に浴場で知り合った兎耳の女の子、コニーだ。
初対面のときと違い、ちゃんと服を着ている。半袖にハーフパンツと、身軽で動きやすそうな服装だ。
「あっ! マコ、おきてるー!? まってたんだよーっ!」
彼女はボクのそばまで、飛び跳ねながら走り寄ってきた。
じっとしていたれない性質らしく、目の前で立ち止まり切らずにぴょんこぴょんこと小さく跳ね続けている。
「おはよう、コニー。朝から元気だね」
「おはよー、おはよー! ね、マコ! あーそぼー!」
「あっ、遊ぶ……?」
ボクはたった今、仕事することを考えてたっていうのに。
思わずロゼッタさんのほうを振り返ってしまうも、意外にも彼女は笑顔を返した。
「大丈夫よ~。陛下のお勤めがひと段落するのは、きっと夕方ごろだもの。ふふ、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。じゃあ、コニー。えっと、遊ぼうか?」
「やたっ! こっちこっちー! ついてきてー!」
「待ってよ、そんなに急がなくても……」
「あたし、まだ走ってないよー!」
コニーはどうみても走っていた。
ボクは飛び跳ねながら先導する彼女のあとを追い、急いで食堂を後にした。
……この世界の遊びって、どんなものだろう。
遊んでいる場合かどうかはわからないけど、まずは肩の力を抜くことも必要なのだろう。
コニーに元気を貰って、少しでも寂しさを忘れられたらいいな。
席を立った時点では、それだけだったのに……ボクは彼女につられて、自然と駆け足になっていた。
※マコにべったりの幼馴染"ミナミ"が登場するのは15話からです。
幼馴染原理主義の方は、すみませんがもう少々お待ちください……。




