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第10話 マナゲーム

 コニーの案内でたどり着いたのは、城の中庭だった。

 

 ……びっくりだ。

 手入れされた緑色の庭木、雄々(おお)しく水を吐き続ける竜の噴水石像、そして青々した芝生《しばふ》と石畳《いしだたみ》のコントラスト。

 しっかりと整備されていて、所々が真《ま》新《あたら》しい。


 窓の外側に見えていた殺風景な火を噴く地面と曇り空とは比べものにならないくらい、穏やかで落ち着けそうな場所だった。

 


「ついたよー! マコ、あたしと”魔素合戦《マナゲーム》”、してー!」


 コニーは中央の噴水の前で飛び跳ねた。

 キャッチボールくらいなら遊ぶのに不自由しなさそうな広い空間だけど……。


「魔素合戦《マナゲーム》?」


「んっとね、二人で魔法をうちあって、先に”的《タグ》”を三つこわしたほうが勝ちなのー! ──あっ!!」


「えっ?」


「的《タグ》もってくるの忘れたあ!!」


「ええっ?」


 ボクにはさっぱりルールがわからなかったけど、ゲームに必須の持ち物を忘れてきたことだけは理解できた。

 さすがにボール無しじゃキャッチボールはできない。



「ふふ、やっぱりね~。はいコニーちゃん、私が持ってきたわよ〜」


 そこへ、ロゼッタさんが追いついてきた。

 手には透明な札《ふだ》のようなものを何枚か持っている。


「わー! ロゼッタ、さっすがー! すてきー! すきー!」


 コニーは転がるほどの勢いで突進して、ぎゅーっとロゼッタさんに抱きついた。

 ニコニコ微笑む彼女の手から、札《ふだ》がぼとぼとと地面に落ちていく。


「ロゼッタさん! すみません、お忙しそうなのに」


「ぜんぜん大丈夫よ~。しばらくはマコちゃんについていてって陛下から言われているもの。ふふ、見学させてもらうわ〜」


「それならよかったです。……あの、魔素合戦《マナゲーム》のルールについて、教えてもらえませんか?」


「もちろんよ~。まずはこの”的《タグ》”を三枚持って、魔素《マナ》を込めてみて」


「はい……? はい」


 彼女はボクに透明な札《ふだ》のようなものを手渡した。"的《タグ》"と呼ぶ道具らしい。

 表面には星型モチーフの紋章《もんしょう》が描かれていて、財布にちょうど入るサイズのカードを分厚くしたような──ちょうど、携帯端末《けいたいたんまつ》のような厚みと重みだ。 


 魔素《マナ》を込める、と言われても……?

 どうすればいいかわからないけど、試しに自分の指先から的《タグ》へと力が流れ込むイメージを巡らせてみた。


 ──キィィン……。


 細い弦《げん》を弾《はじ》いたような旋律《せんりつ》が響《ひび》く。

 三枚の的《タグ》がボクの手から離れ、周囲にふわふわと浮かびエメラルド色に輝いた。


「うん、そうそう! 上手よ、マコちゃん」


「わーっ! マコは風の魔素《マナ》に愛されてるんだねー!」


「うわあ……!?」


 的《タグ》は、まるで意思をもっているかのように自律的に動いた。

 少し歩いてみると、三枚の的《タグ》たちはボクのまわりにピッタリくっついてくる。


「的《タグ》を起動できたら、もう準備完了よ~。魔法で相手の的《タグ》を撃ち落として、最後まで的《タグ》が残っていた人の勝ちなの」


「えっ、魔法を……人に向けて撃つってことですか?」


 昨日、魔法を制御しきれず図書室に穴を開けてしまったばかりなのに。

 そんなものを人へ向けるなんて……! 怖くてとてもできない。


「そうねぇ、マコちゃんの場合はちょっと不安かもしれないけど……でも、大丈夫。術者が的《タグ》を使っていれば危険はないのよ」


「マコー! 準備できたー? いっくよー!」


 コニーはいつのまにか距離をとって離れて、こちらへ手を振っていた。

 白熱灯《はくねつとう》のように黄色く光る的《タグ》が、コニーを取り巻いて浮遊しているのが見える。


「コニーちゃーん、その前に、私に向けて何か撃ってみてくれる~?」


「えー? ロゼッタ、的《タグ》つかってないじゃん!」


「だからこそよ~。マコちゃんに的《タグ》の仕組みを見せてあげたいの」


「んー、わかったー! いくよー!」


 彼女が腕を振り上げ叫ぶと、周囲に浮かぶ的《タグ》が輝いた。


『水冷弾《アクアショット》ぉ!』


 短くそう叫ぶと、コニーの手のひらから水の弾が出現し、勢いよく飛んできた!


 ──パシュッ……!

 しかし、水弾は当たる直前で霧散《むさん》し、消えてなくなった。ロゼッタさんは避けようともせず涼しげな顔だ。


「見たかしら? 的《タグ》はね、魔素合戦《マナゲーム》参加者が使う魔法出力を制限してくれるの。今みたいに参加者以外の人や物に魔法が当たりそうになったら、防《ふせ》いでくれるのよ」


「なるほど……。あ、的《タグ》を起動しているかどうかで参加者を見分けてるんですね」


「ええ。他にも、ケガをしないように強すぎる魔法の威力は抑《おさ》えてくれたり、逆に足りない魔力を補《おぎな》ってくれたりもするわ」


「うわあ、ハイテクなんですね」


 ボクが元いた世界には、当然無かったスポーツだ。

 この小さな札《ふだ》がこんなにも多機能だなんて。科学よりも魔法のほうが便利なんじゃ?


「そうねぇ。これを開発した魔道具《まどうぐ》師《し》さんは、それは高名な方だとお聞きしているわ。魔素合戦《マナゲーム》普及の為、的《タグ》を格安で流通させているという話で有名ねぇ」


「的《タグ》……って、すごいですね」


 魔素合戦《マナゲーム》だけでなく、的《タグ》そのものにも興味がでてきた。

 魔道具《まどうぐ》師《し》という職業も気になる……。



「マコぉー? まーだー?」


「……あ、ごめんねコニー! それじゃロゼッタさん、やってみますね。ありがとうございます」


「いいえ〜。応援してるわね〜」


 ロゼッタさんから離れ、ボクはコニーと距離を置いて向かい合った。


「よーっし! てかげんしないからね!」


「あの、ボクはじめてだからお手柔らかにおねがい──」


 ボクが身構える前に、ロゼッタさんが手を振り上げて大きな声で合図した。

「……はいそれではー、マコちゃん対コニーちゃん、よーい……”闘唱《セッション》”!」


「てやーっ!」

 ──バシュ、バシュウ!

 コニーの威勢の良い声とともに、手から水の弾が三発、四発、次々と飛んできた!


「わあっ!?」

 あわてて反対方向に転がるも──腕に一発、弾を受けてしまった。

 しかし、なにか当たった感触はしたけど痛みはない……?


 ──パキィン!

 代わりに、破裂音が聞こえた。


 ボクの周囲を飛んでいた三枚の的《タグ》のうち一つが光を失った。

 どうやら的《タグ》そのものではなく、本人に魔法が当たった場合も被弾《ひだん》として判定されるみたいだ。


「ふっふー! あと二つだよー!」


「むむっ……!」


 コニーは得意満面だ。正直言って……ちょっと、くやしい。

 けど、今ので感覚的にわかった。

 的《タグ》の制御下の魔法であれば、当たってもケガをすることはなさそうだ。


「そんなんじゃ、あっという間におわっちゃうよー! そりゃーっ!」


「ああ、待って──」

 

 また水の弾が飛んでくる──。

 大丈夫、魔素合戦《マナゲーム》ではケガしない。……なら!

 

 ボクは意識を集中し、目の前の空気が瞬時《しゅんじ》に凝固《ぎょうこ》するイメージを思い描いた。


 ──ギィィン!

 彼女の弾は透明な壁に阻《はば》まれて、霧状《きりじょう》になって消えた。


「……はれぇ!?」

 まったく予想外とばかりに驚き、コニーが立ち止まる。


「そっか、こうすればいいんだね。いくよ、コニー! ……えいっ!」


 今度は腕に魔力を込めるイメージで、大きく振りかぶった。

 ブウン、と空気が渦《うず》巻《ま》いて、突風が吹き荒れる──!


「あわーっ!?」


 ──パキィン!

 また、的《タグ》の光が消える時の破裂音。だけど、ボクのじゃない。

 コニーは風を正面からまともに受けて、なす術もなく後方にすっ飛んでいった。


「あ、あはは……!」


 思わず、笑っていた。

 わかった。これは……楽しい!

 

 自分が創造した通りに風が吹く。何も無いところに壁を創れる。まさに、これが魔法なんだ!

 バル様《さま》がボクに対して”魔術適正が高い”と言ったのは、このことなのかもしれない。


「マコ、やるじゃーん! あたし、はりきっちゃうよーっ!」


「……負けないよ、コニー!」


 ああ、もっと色々試してみたい……!


 物を壊す心配もなく、遠慮なく魔法を使い放題だ。

 初めて体験するスポーツと魔法を操る楽しさに、あっという間に夢中になっていた。

 


 * * * * * * *



 それからお昼の休憩を挟んで、ボクたちは日が暮れるまで魔素合戦《マナゲーム》に興《きょう》じた。


 遊んでいる間は気がかりなことや前の世界のことを考えずに済んで、ありがたい。

 こんなに時間を忘れて熱中したのは、幼馴染《おさななじみ》のミナミと一日中ゲームをした時以来かもしれない。


 魔素《マナ》を操って魔法を撃つのは新しい体験と発見ばかりだった。

 最初は負けてばかりだったけど、だんだんとコツを掴んで勝率が上がってきた──。



 ……パキィン!

 耳元で三枚目の的《タグ》が光を失って、地面に落ちた。


「はーっ、つっかれたぁ! マコ、ちょっとタイムー!」


「そうだね、休憩しよっか……は、はぁ……」


 これで何勝何敗だったろう……もう数えられない。


 ボクはコニーと中央にある噴水のへりに腰を下ろした。

 中庭の端っこで、ロゼッタさんが座って本を読んでいるのが見える。ボクたちが遊んでいる様子を見守ってくれていたみたいだ。


「マコ、すごいねっ! はじめて魔素合戦《マナゲーム》したとはおもえないなー!」


「いや、それほどでも……コニーの魔法を撃つ速さには恐れ入ったよ」


 突き詰めてみれば、魔素合戦《マナゲーム》は雪合戦とよく似ていた。

 投げる玉が人によって違うのと、玉は雪で作るものではなく魔素《マナ》で創るところが違うけど。


「マコと何度も試合したから、あたしもけっこう上達できた気がするよー!」


「あれ、普段はそんなにやらないの?」


「んっとね、時々バルさまが遊んでくれることあるよー! 勝てたこと、ないけど……」


「そ、そうなの? へぇ、バル様《さま》ってそういうところもあるんだね」


 ふと、なんだかコニーとは気さくに話せるな、と思った。男友達と話すときみたいに、気軽に。


「あとはね、むかしはあたしのお兄ちゃんとよくやってたんだー。そのときから大好きなの、魔素合戦《マナゲーム》!」


「そっか、お兄ちゃんかぁ。コニーって前から、こういう男の子っぽい遊びが好きだったの?」


「男の子っぽい、あそび?」


「ほらその、身体を動かして元気に遊ぶって、いうような……?」


「んー、あそびに男の子っぽいとか、女の子っぽいとか、あるのかなぁ?」


「え? それは──」


 自分で言っておいて、ボクは自分の考え方に違和感を覚えた。

 女の子だって外で元気に遊んでもいいはずだ。

 だけど、身体の違いに配慮したり、周りの子の行動に合わせた結果、いつのまにか分かれていて──。

 

「どしたのマコ、むつかしい顔だねえ?」


「あっ、いや……どうしてかなって。ボク、なんでかこの遊びが男の子っぽいって思ったんだ。でも、考えてもわからなくてさ」


「んふふー。いいじゃん、わかんなくて!」


「そ、そうかな?」


「いま考えてもわかんないなら、いま考えなくたっていいんだよー! 今日は答えがなくても、明日はすぐにみつかるかもしんないじゃん!」


 コニーはにっこり笑って立ち上がり、ボクの腕を引っ張った。

 彼女のふかふかの手で掴まれると、なんだかくすぐったい。


「……はは、ちょっと元気でたよ」


「よかったー! あたし、きのうからマコのこと気になってたんだ。なんか不安そうに見えたからさー」


「そっか……。ありがとうね、コニー」


「ともだちだもん、とーぜんでしょ!」



 ……コニーが友達になってくれて本当によかった。

 ボクは改めて、そう思った。

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