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ボク、サキュバスに転生しちゃいました…!  作者: 三ヵ路ユーリ
天弓の巫女と二つの正義 編
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第64話 熱にうかされて

 天弓てんきゅう宝杖ほうじょうの先端には、ひび割れて欠けた宝玉ほうぎょくが付いている。おそらくノージェさんのイヤリングを同じ材質だ。

 ガラスのように透き通った宝玉ほうぎょくは、まるで呼吸しているかのように光を放っている。

 

 ──視線を感じたような気がした。

 杖には目玉なんて付いているはずがないのに……もしも、その杖が生き物だったなら”目が合った”と言うだろう。


 得体の知れない気配への恐怖か、ボクは”天弓てんきゅう宝杖ほうじょう”に見つめ返されたような気がして、一歩後ろに退がった。



「この杖が光るようになったのは、つい最近のことでね。長らく沈黙していたもので、定期的な確認されていなかったのだけど……たまたま、宝物庫に立ち入った者が光っているところを発見したというわけだ」

 ノージェさんは美術品を紹介する学芸員のように、台に安置された杖を紹介した。



「マリア──ここに、居たのか」


「バル様……? お知り合いなんですか、えーと……マリアというお方と」


「ああ、よく知っている。……マリアは俺の、"名付け親"だ」


 バル様は夢遊病むゆうびょう患者のようにふらふらと杖に近づいたが、あいだに立った騎士ジュリアスによって制止された。

 彼は拳を握って、それ以上はを進めようとしなかった。


「──マコくんは、名前を聞いたことがなかったのかい? このアルカディア王国では“マリア様”とわれ、語り継がれている存在さ。教科書にも載っているのだけどね」


「すみません、無学むがくなもので」


「まあ私たち人間にとっては歴史上の、過去の人物さ。彼女と直接会ったことがあるのは、それこそバルフラムさんくらいのものだろう。……できることなら、私も聞かせてもらいたいね。先代の巫女みこが、どのようなお人柄ひとがらだったのか」


「……悪いが、今はそんな気分じゃァないんだ」

 バル様は腕を組んで、けわしい顔だ。この場に杖が持ち込まれてから、あまり良い気分ではなさそうだ。


「それはすまない、失礼した。他人ひとの思い出に土足であがりこむ気はさらさらないよ」


「……ノージェ。オマエ、マリアからの手紙を預かっていると言っただろう。渡す気はあるか?」


「ああ──もちろんだとも。受け取ってくれ」


 ノージェさんはどこからか古めかしい封筒を取り出すと、バル様に手渡した。

 この手紙も、百年以上前のものなのだろうか……。


「……こうもあっさり渡すとは、意外だな」


「これは元々、バルフラムさん宛てに書かれた手紙だからね。だから当然これはあなたの物だし、私は泥棒みたいな真似をするつもりはないのさ」


「オマエにとっては、交渉カードの一つじゃないのか?」


「……交渉だなんて、とんでもない。ただ、あなたとは友として今後も良好な関係をきずきたいと思っているだけさ」


「本当におめでたいヤツだなァ……。したたかさも身に付けなければ、一国いっこくの王なんぞつとまらんぞ」


「そうかもしれないね。……ただ、巫女であるマコくんの力を借りたい事については切実だよ。その為なら、できる限りのことはするつもりだ」


「それよりも、確認が先だろう。──マコ、その杖を手にとってみろ」


「……え、はい」



 ボクは”天弓てんきゅう宝杖ほうじょう”に手を伸ばした。

 近づくほどに、その先端に付いた宝玉ほうぎょくが輝きを増していく──。

 

 ──ギュウウ……ン。


「わ……!」


 杖を両手で握ると、宝玉ほうぎょくが部屋全体を照らすような青緑色のまばゆい光を放った。

 あまりのまぶしさに、目がくらんでしまう──! 夜道で懐中電灯かいちゅうでんとうを自分の顔に向けているみたいだ。



「……ああ、なんて美しい光だろう。私は感動を禁じ得ない、涙が出そうだ。いいや、出る」


「マ──。あァ、そうか……」


 光が、鼓動しながら不規則に表情を変える。

 室内に居る全員が息を呑んで、ボクのほうを見つめている。


 杖を再び台に戻すと、先端の宝玉ほうぎょくはスイッチを切った電球のように輝きを沈めていった。



「──決まりだね、マコくん。キミは間違いなく天弓てんきゅう巫女みこだ。それを持って三角大陸トライネントの中心まで行けば、すぐにでも祭壇さいだんを起動できるはずだ」



 本当に……ボクが巫女みこなんだ。

 口で言われてもよくわからかったけど、実際に証拠を見せられると今さら実感が湧いてくる。

 

 呆然あぜんとしてしまって、何も言えない──。

 


「ノージェ。マコと、二人きりで話をさせてくれないか」


「……わかったよ、バルフラムさん。では私たちは一度、席を外そう。──行こうか、ジュリアス」

「はっ」


 ノージェさんと護衛の騎士は宝杖ほうじょうが載った台をコロコロ転がしながら応接間を出ていった。

 


 室内はボクとバル様だけになった。

 ああ……足に力が入らない。


「──マコ、大丈夫か。顔が白いぞ、まずは座れ」


「あ……はい」


 ソファにドサリと腰を落とす。

 ……色々なことがありすぎて、頭が混乱してきた。


 ”封魔ふうまの髪留め”が壊れてしまって、ツノが伸びて……片時かたときの間、自分が自分じゃないみたいになって。

 そのうえ、大会の途中だったのに屋敷まで連れてこられて、キミが天弓てんきゅう巫女みこだなんて言われて。

 

 ノージェさんと話していたから考える暇がなかったけど、ボクにとっては大変なことだらけだ……。



「バル様……ごめんなさい。ボクが、巫女みこだったなんて……。……バル様は、巫女みこの出現を望んでいなかったんですよね……」


「……マコ。俺はな、祭壇さいだんの起動をめたかっただけだ。俺は、オマエがこの世界(ニームアース)に来てよかったと思っているし、オマエには感謝しているぞ」


「は……い」


 それでも、彼の優しい声がボクの心配事をひとつひとつ減らしてくれる。

 なにもかも、ゆだねたくなってしまう。


「あー、マコ。ツノが伸びたよなァ……頭は痛くないのか?」


「痛くはないんですけど、重いです」


「むう──オマエの種族の事は、よくわからんな。リリニアに聞ければいいんだがなァ……」


「うう。頭の形、へんなふうに変わっちゃいました……」


「クハハ。前よりも、もっとカワイくなったぞ。マコ」


「なんでそんな事、言うんですか……ボク、困っちゃいます」


「俺は事実を言っているだけだ。ククク」

 


 ──彼と話すと安心するし、暖かくなる。

 何かが胸の奥からあふれだしてしまいそうで……でも、それでもよくて──。



「さっきから、なんか……へんなんです。頭がボーッとして……」


「うん? どうした……?」


 ああ、顔が近い……。だめです、ばるさま……。

 たしかにこの部屋にはいま、ボクとあなたしかいないけど──ここはひとのうちなのに!


 ──ぐいっ。


 彼の手のひらが、ボクのひたいを押さえた。

 

「……ね、熱でもあるんじゃないかァ!? マコ、様子がおかしいぞッ」


「あうっ……?」



 彼の顔が近づいてきたんじゃない。

 ボクが、彼に顔を近づけていたんだ。……無意識のうちに。



 熱は、間違いなくあると思う。

 頭があついし、胸もお腹もあつくて、くるしい。


 ボクは、どうすれば……。


 まだ、ミナミに会っていないのに。

 彼女に会ってからでないと、これ以上先へ進むことは許されない。



「──マコ、オマエはどうしたいんだ」


「あっ……えっ。エッ!?」


「……ノージェと話して、どう思ったんだ。祭壇を起動すべきだと思うか?」


「へっ? そ、そっちですか」


「他に何があるんだ」


「ううん──」


 ひとまず、いまの事は脳内から追い出して、頭を整理しないと。

 バル様のおかげで少し気持ちは落ち着いたけど、ボクが巫女みこであるという事実は変わってない。


「──ノージェさんは良い人ですし、助けたいという気持ちはありますが……。祭壇さいだんの起動で魔素マナが増えたら、何が起こっていくか想像がつかなくて」


「そうだなァ。今は魔人と人間の間には魔力の開きがあるが、大気中の魔素マナが濃くなれば人間の平均魔力も上がるだろう」


「人間たちも、魔人と同じくらい魔法を扱えるようになるってことでしょうか」


「同じとまではいかないだろうが、今の数倍の出力しゅつりょくは見込めるようになるだろうなァ。誰でも簡単に、大きな魔力を扱えるようになる」


「それは……便利になりそうですね」


「便利、か?」


「はい。自分が思い描いた通りに魔力を操れるのは、楽しくて、素晴らしい体験だと思います。ボクが前いた世界では、考えられなかったことです。……コニーみたいに、できなかったことができるようになって喜んでいる子の姿を見ると、ボクも嬉しくなります」


「ノージェのヤツが”国が豊かになる”と言ったのは、そういうことだろうな」


「でも、以前(おっしゃ)ってましたよね。”争いと悲劇が起きた”って」



 ボクの問いかけに、彼は長い息を吐いた。

 過去を振り返るバル様の瞳は、いつも暗い色になる。


「その通りだ。前回祭壇(さいだん)が起動された時は、人間の軍勢によって大半のモンスターと、一部の魔人が数を大きく減らした。魔力に差があれど、力をつけた上に数が多い人間たちに勝てなかったのだ」


「……どうして、そんな事を?」


「自分たちよりも強い”種族”に脅威きょういを感じていたのだろうな。祭壇さいだんの影響があるうちに勢力図を書き換えてやろうとしたか……。祭壇さいだんによって魔素マナが大きく増えるのはせいぜい二、三十年程度だからな」


「……本当に? 人間たちが、そんな事をしたんですか?」


「ノージェも認めていただろう。過去の人間たちは、おろかで浅はかだったと……」


 バル様は感情のり場を失ったような、くすぶった声を出した。

 皇子であるノージェさんが歴史のあやまちを認めた事は、彼にとって怒りの矛先ほこさきを見失う出来事だったのかもしれない。


 それでも、過去の記憶は彼の内側に今も影を落としている。


「……過去は、そうだったとして。今の人間たちについてはどう思いますか? 信じることは……できそうですか?」


「……信じてみたい、とは思っている。だが、ノージェはともかく、あのヘイムダールとか言うヤツは気に入らんな」


「みんながみんな、魔人を受け入れてくれるとは限らないですもんね……。こうやってかせで封じなければ、話し合いのテーブルについてくれない方もいるようですし」


「あァ、気に入らん。俺のマコにこんなかせをつけて──むう、難儀なんぎだなァこれは。これでは魔素マナれないだろう。……チッ。力づくでひっがすのは難しそうだ──」



 ……きっと、人間たちも恐れているんだろう。

 魔人の"復讐"を。

 だからこそ、避けたり、縛ったりすることでしか安心できないんだ。


「魔法って、とても大きな力ですよね。使い方を誤ると、大きな傷痕が残ってしまうような。ヒトに向けて撃ったり、争いの道具にしてはいけないものだと思います……」



 バル様は、なにかをこらえるように眉尻を下げた。


「……マコ。俺は……オマエが"巫女みこ"で、本当に良かったと思う」


 そう言って彼はそのたくましい手をボクの頭に乗せ、ポンポンと撫でて──。

 目が合うと、照れ臭そうに手を引っ込めた。



 ──ああっ。バル様……っ! 身体の奥が……あ!

 ボクは、ボクはどうしたら……どうしたらよいのでしょうか!!





ああ!!

次回「第65話 ぺろぺろ」は7/3更新予定です。

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