第54話 告白
『魔素合戦大会に超大型新人あらわる!』
『謎の猫耳美少女、鮮烈デビュー』
『”銀彗星” マコ・オトナシ その正体に迫る!』
魔素合戦大会予選の翌日。
旅館・宵星に届いた朝刊の見出しには、ボクの名前が大きく踊っていた。
「……マコ。俺が昨日言ったこと、覚えてるか?」
「あの……目立ちすぎないように、しろって……」
ボクはいま、仁王立ちするバル様の目の前で身体を縮こめて正座している。
「正解。その通りだ、マコ。カワイイから十点やろう」
「十点」
「……だがァ! オマエはそれを守れなかった、何故だ! 減点だッ!」
彼は咎めるようにビシッと指をさした。
鼻先にバル様のごつごつした人差し指が触れそうだ──。
「本当にごめんなさい……! こんなにあっさり勝ち抜けちゃうなんて、思ってなくって……」
「はァ~~! 予想できなかったもんは仕方ないよな……。その落ち込んだ顔、カワイイ。十点やろう」
「なんの意味が」
そこへロゼッタさんが、能天気な声でフォローを入れてくれた。
「まあまあ、陛下~。マコちゃんが魔人ということはバレていないのですし、いいじゃないですか~。ほら、コレ。”謎の猫耳美少女”ですって~! ふ、ふふふ!」
「マコ、”銀彗星”なんて二つ名をもらったの? 誰が名付けたんだろうねー。かっこいいねぇー」
ミナミは、愉快そうに新聞を広げて笑っている。
「オマエらには、危機感が足りん! ……いいか? このくらいの若い獣人が、ここまでの大規模魔法を黙唱で発動した例は存在しない。誰かしら違和感を覚えるだろう。そこから、もしやマコが魔人ではないか──と推理するヤツが居ても、なんらおかしくはない」
「えっ。獣人と魔人では、そんなに魔力量が違ってくるんですか……?」
「その通りだ。以前言っただろう、魔人の身体は魔素との結びつきが強いと。人間や獣人に比べて魔人が扱える魔素の平均量は、少なくとも十倍以上だ。……だからこそ、”魔人”は恐れられている」
「で、でも──バル様だって、ノリノリでボクが魔法を作るのを手伝ってくれたじゃないですかっ」
「ぐッ、それはそうだが……もう少し苦戦するフリなり、魔力を抑えるなり、やりようがだなァ……!」
ぶつぶつと文句を言うバル様に対し、ミナミが反論した。
「オジサンさー、もう終わった事は仕方ないじゃん。今更言ったって何にも変わんないでしょ。それに、手加減して負けちゃったら元も子もないんじゃないの?」
「あー、わかったわかった。俺にも責任の一端はあるからな……」
……昨日の予選試合の後は大変だった。
予選通過を告げられて、舞台から降りた直後──興奮した様子のインタビュアーとメモを持ったスタッフらしき人に取り囲まれ、ボクは矢継ぎ早に質問を受ける羽目になった。
どこの出身なのか?
どこで魔法を習ったのか?
魔素合戦歴は何年くらいか?
本戦への意気込みは?
趣味は? 好きな食べ物は?
全て正直に答えるわけにもいかず、ボロが出る前になんとか脱出した。
その時はまさか、朝刊に自分が載るなんて思ってもみなかった……。
不幸中の幸いは、顔が半分隠れた写真が使われているところだろうか。
フラッシュがまぶしくて、驚いて手をかざしたのが功を奏したみたいだ。
まず、この世界で写真や新聞が広く普及していることにも驚いたけど……転移魔法によって様々な品物や文化がこちらに持ち込まれているというから、なんらかの魔法技術を利用して普及が進んだのだろう。
それから、コニーとアイゼンも予選を突破したそうだ。
本戦での対戦相手として当たるかはまだわからないけど……この二人が強敵なのは間違いない。
特にコニーは、水と光の二つの魔法を高精度で使いこなす珍しい選手として、ボクほどではないけど注目を浴びていた。
インタビューを受けるコニーの照れ顔といったら……にんじんを食べている時と同じ顔だった。
明日はいよいよ、本番だ。
個人の部は本戦に出場した十六名の選手でトーナメント戦を行い、一日で優勝者が決定する。
一試合目で八名が、二試合目で四名が勝ち上がる。
あとは準決勝で最後の二名が決まり、残った二人で決勝戦。
最大でも、たった四試合しかない。
いや、四試合もあると言うべきか。
バル様に釘を刺された通り、過度に注目を集めるのは得策ではない。
でも、ミナミが言ったように、手加減して負けるくらいなら──手段は選べない。
それに、目指しているのは優勝だ。目立たずに優勝することなんて不可能な相談だ。
ボクにはどうしても、霊水が必要なのだから。
そして、大会が終わったら──
* * * * * * *
「バル様にね。……付き合ってみませんか。って……言ってみようかなって、さ……」
ボクの告白に、ミナミは顔を白くした。
夜が更けて、ここは旅館内の庭園の一角。
ひと気のない屋根付きの休憩所に腰掛け、ボクたちはいま二人きりだ。
今日は曇っていて、夜空に星は出ていない。
「ちょっと、待って……待ってよ。マ、マコ──」
「な、なに。だめ、かな……?」
血の気が引いたような……いま聞いたことを、信じたくない。そういう顔だ。
ミナミの予想外の反応に、続きの言葉を忘れてしまった。
「……そっかぁ……。あぁ──はぁ……」
「ミナミ……?」
休憩所の中に、すきま風が吹く。
風が二人の間を通りすぎて、足元を冷やした。
ボクは魔素を集めて暖かくしようと試みたけど……何故か、うまくいかない。
「……わたしね、マコ。あなたが身体のことで悩んで……本当に色々悩んでいるのを見てて……ごめんね。どこかで安心してたんだよ」
「安心……って……? どういうこと……?」
ミナミはうなだれて、水たまりを避けて歩くような不安定さで、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「あなたが悩んでも、それでもいつか……やっぱり元々男の子なんだから、女の子が恋愛対象なんだって……。何があっても、心が訴える対象が変わることはないって気付いてくれるんだって、心のどこかで思ってた」
「それは──」
「だって、わたしがそうだったから。……わたしは。男の子を好きになろうとした。したけど……。どうしても、できなかったんだよ?」
「ミナミ……」
ボクだって、そうかもしれないって思ってた。
彼女が言うように、一時的な気の迷いだと。
でも、今は……心と身体は繋がっていて、それをどこか受け入れている自分がいる。
「わたしが、いけなかったの? わたしが、あなたをマコちゃんマコちゃんって呼んで。女の子扱いして、女の子の服を着せて……それがいけなかったの? ……"マコト"」
ミナミは、震えを隠すように両手で顔を覆った。
声が涙で滲んで、小さくなっていく。
暗い夜の海に身体が沈んで、音もなく溺れていくかのように。
「えっ──どうして。ちがうよ……ボクの名前は、マコだってば。ボクがそう呼んでって言ったんだよ」
「そう、だったとしても。わたしは──あなたの背中を押しちゃったんだ……!」
「ちがうよ。ボクが選んだんだ」
「それでも──」
ミナミは崩れ落ちるように、背を丸めた。
「──それでも、怖いよ……! あなたがどんどん遠くに行っちゃうみたいで、怖い……!」
「ボクは、ボクだよ。それにミナミだって……喜んでくれたじゃん。戻って欲しくないって……言った、じゃん……」
「そうだけど、それは……心まで変わってほしいだなんて、思ってなかったよ……」
「……わからないよ、ミナミ。ボクにどうして欲しいって言うのさ」
彼女の気持ちを、すくい上げたい──。
ボクはその一心で、ミナミにそっと近づいて、肩に手を触れた。
「…………。……じゃあ、言うよ──」
がしりと、手首を掴まれて──視界が回転し、ボクは台の上に押し倒された。
瞳が、視線が、交錯する。
あの時と同じように、ボクはミナミの下敷きになった。
「──わたしは、あなたのことが……好きなの。アイツと付き合うくらいなら……その前に、わたしと付き合ってよ……!」
「……え、な、何言ってるの……。キミとボクは、女の子同士じゃ……あっ……」
ぽた、ぽたと──水滴が落ちてきた。
「……はは、は。まさか、あなたの口からそんな言葉が出るなんてね。ノージェが言ってたこと、忘れたの? それとも逆に、あいつに言われたから?」
「……いいや、ボクは……その──あれ……?」
ミナミの瞳の色は、あの時とは違う。
自らの強い意思を宿した、本気の瞳──。
何が自分で、何を求めてるのか。
本当にわかったつもりだったんだろうか、ボクは。
彼女が口にした”マコト”の名は、呼ばれるのをずっと待っていたみたいだ。
消え入りそうなロウソクが、最後に炎を振り絞るように。
「……」
けれど──何を言うでもなく開かれた自分の口から、"マコト"が返事をすることは、できない。
やがてミナミは、フッと何かを悟ったような顔をして立ち上がると、背を向けた。
「……ごめん。勝手なこと言って、ごめんね──」
消え入るような、落ちていくような声だった。
「──好きになっちゃって、ごめんね……。マコ」
月明かりが照らさない暗闇を目指して、一人分の足音が遠ざかっていく……。
いかせちゃ、だめだ──!
ボクはそれきり、ミナミがどこかへ行ってしまうんじゃないかと思った。
「どうして──!? 謝らないでよ、ミナミ!」
起き上がって、彼女の腕を掴む。
ミナミは立ち止まったが、顔を逸らしてこちらを向いてくれない。
「……へへ。ちょっと、混乱しちゃったのかな。いろいろあったからさ……。わたしは、どうかしてるんだ。……生まれた時から、ずっと」
「そんなこと、ないよ。きっと、どうかしてるのはボクのほうで……!」
「ううん。マコ、わかった。あなたが普通の女の子として恋をできるなら、それが一番"しあわせ"だよ。……マコには、わたしみたいに苦しんで欲しくなかったんだ」
「……やめてよッ!」
「……」
「ミナミ、行かないで……! ボクには、ミナミが居ない"しあわせ"なんて、考えられない」
「…………ぐすっ」
「ミナミ?」
「……はは、何言ってんだか。わたしは……うん。行かないよ。やだなぁ……どっか行くだなんて。わたし、ひとことも言ってないじゃん。……あはは」
「本当だよ?」
「うん。約束……するよ」
ミナミは、静かに顔を拭った。
ボクたちは目を合わせないまま、指を繋いで部屋に戻った。
いや、ボクが一方的に、彼女の指を離さなかったんだ。
あぁ……。
次回「第55話 揺れて、溶けて」は6/5更新予定です。




