第53話 銀の彗星
うう──猫耳に包まれたツノと、腰のあたりがフワフワする……。
ボクはいま、猫しっぽをふりふりと揺らしながら、ミナミに手を引かれて受付に戻っている。
こんなに人がたくさんいる場所でしっぽを外に出して歩くのは初めてだ。
今日は魔法で姿を隠していないのもあって、いつもよりまわりからの視線を感じる。
服を着ているはずなのに、裸で歩いているような気分だ。
ああ、恥ずかしい。恥ずかしい──!
しかし……すれ違う人々はこちらを凝視するでもなく、ただの通りすがりとして特別な関心を払わない。
ボクの格好は、特におかしくないのかな? 違和感、ないのかな……?
一人で顔を赤くしている自分だけがおかしいのだろうか。
何も言わない視線たちが、身体の上を通り過ぎていく。
今のボクはきっと、猫の獣人の女の子として認識されていて、それ以上は特になにもない。
奇妙な感覚……。やっぱり、腰のあたりがフワフワする。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって……!」
やっと、フウメイさんのところに着いた。
行く時よりも、戻ってくる時の距離のほうが何倍も長く感じた。
「マコさん、受付が終わってしまいますよ。手早く参りましょう。……ほほ、よくお似合いですね」
「マコ、ぴったりだねー! ほんとに獣人になったみたいー!」
「コニーさん、シィッ! お声が大きいですよ。……さあ、こちらの用紙にお名前を書いて」
「あ、はい──」
フウメイさんから、選手用のエントリーシートを手渡された。
名前を、書く……?
──そうだ。当然、必要なことだ。
「マコ、どしたの? 早くしないと」
「うん……そうだよね。ボクの名前は、マコだよね」
さらさらと、記名する。
“マコ”になって……ボクは初めて、自分の名前を書いた。
最近やっと読み書きが身についてきた、この世界の文字で。
『マコ・オトナシ』
それは、不思議な並びだった。
苗字はそのままなのに、名前だけが以前と違う。
「……これで、あってるかな?」
「あ……」
ミナミは驚いたような不思議そうな顔で、ボクが書いた字を覗き込んだ。
「ミナミ?」
「そう、だね。いいんじゃ……ないかな」
「よかった、ありがとう。……フウメイさん、コニー。お待たせしてすみません。書けました!」
「はい、結構ですね。それでは、これで提出いたしましょう」
「うわーっ! いよいよだねー!」
フウメイさんに連れられ、ボクはコニーと無事に大会出場の受付を済ませた。
特に怪しまれることはなかったから、猫耳変装の策は成功だったのだろう。
「本日は個人の部の予選でございますね。勝てば、明後日行われる本戦の出場資格を得ることができます。お二人の実力なら特に問題はないでしょうが、ご武運を祈っておりますよ」
「はーい! がんばります!」
「えっ……」
「おや、マコさん。どうかしましたか?」
「いえ……なんでもないです」
よく考えたら……このしっぽカバーの出し入れを明後日もしなきゃいけないんだ。
困るなぁ、困るなぁ……。
でも、仕方ないから……うん。
「あれっ。マコ、面白い顔してるねー?」
「──っ!? み、見ないでよっ!」
「だって、本当に面白い顔だったんだもんー」
コニーも、油断ならない……。
今日はなるべく、激しい動きをせずに勝ちたい。
できれば飛んだり跳ねたりしたくない──!
* * * * * * *
控え室に、拡声魔法による開会式のアナウンスが流れてきた。
『──第27回・魔素合戦大会、開会のご挨拶です。宮廷魔術師筆頭のエルド・フォン・ヘイムダール氏よりお言葉を頂戴致します──』
『──えー。……若きマナ・ゲーマーの諸君。今日という日の為に研鑽を積んできたことでしょう。振り返れば魔素合戦の歴史は古く、かの──』
司会の若い女性の声と、しわがれた男性の声。
しかし、内容はめっきり頭に入ってこない。
音が右の耳から入ってきて、脳みそを通らずにそのまま左の耳から出ていくみたいだ……。
時間だけが、あっという間に過ぎていく──。
『──まもなく、個人の部・予選を開始いたします。選手の方は闘技場中央ゲートにお集まりください』
ボクはいつもと違うしっぽの感覚にそわそわするのに忙しくて、どうやって待っていたのか記憶が定かではない。
グループ分けのくじを引いたり、列に並んだりしたけど……ほとんど上の空だった。
その中で、"宮廷魔術師筆頭"として紹介された老魔術師の姿だけが、唯一印象に残った。
壇上でルールの説明をする彼は、大きなトンガリ帽子と白髪に、たっぷりと長い髭。
杖を付いた姿は小柄で、一見するとか弱い老人のように見えるが──彼からは、誰よりも静かで底知れない魔素の波動を感じた。
──ヒソ、ヒソ……。
「あのジイさんが王国最強の魔術師だって? ホントかねえ?」
「吹けば飛びそうなナリだよなあ」
すぐ近くで、小馬鹿にするような声がした。
とんでもないことだ……!
この人たちは、あの老魔術師が放つ気配を感じないのだろうか。
大樹の足元に居ては、その全体像を見ることができない。
ただただ巨大で、生半可なことではビクともしなさそうなことだけははっきりとわかる。
一瞬だけ、壇上の彼本人と目が合ったような気がしたが……こんなに選手の数が多いのだから、きっと気のせいだろう。
──予選は、大会専用の特殊な的を使って行われるらしい。
通常のものと違って、相手に魔法を命中させた時に得点を記録する機能が備わっているようだ。
人数が多い出場選手たちをふるいに掛けるためか、選手たちは同時に十数人ずつの組み合わせで闘技場の舞台に放り込まれる。
そして、入り乱れる戦いの中でライバル達に魔法を命中させ、いち早く得点を多く集めた選手が勝ち抜けて本戦に進めるというルールだ。
『只今より、予選Aグループの試合を開始いたします。選手の方は、ご入場ください』
「マコー、がんばってねー!」
「う、うん……!」
ボクの手には、”A”のくじが握り締められている。
幸い、コニーやアイゼンとは別の組になった。十数人のライバル達は、全員知らない顔だ。
──ワァァァ……!
ゲートをくぐると、丸い闘技場の中央舞台があった。
石製の白い舞台は太陽光を反射して、まぶしく光っている。
中央には階段状に起伏ある足場と大きな壁が配置されており、試合中は障害物になりそうだ。
舞台から見えるのは、客席を埋める大勢の人、人、人。
その全てが、入場してきたボクたち選手に期待の視線を向けている。
ミナミ、バル様、ロゼッタさん、フウメイさんはどこかから見ているのだろうけど──階段状に並んだ客席は数が多く、どこに居るのか見当もつかない。
どうしよう。
今になって、バル様が”目立つな”と言った意味がわかってきた気がする。
この数千人の観客の視線に晒されたなかで、正体がバレたら。
大なり小なり、混乱が起きてもおかしくはない。
ボクが頭のなかでぐるぐると思考をめぐらせているのをよそに、選手たちはお互いに距離を取って試合開始の合図を待った。
遮蔽物に阻まれて他の選手の姿は見えなくなったが、そう遠くない位置で待機しているはずだ。
──キィン、キィィン……。
周りから、一斉に的の起動音が聞こえる。
慌ててボクも自分の的に魔力を込めると、青緑色の三つの輝きがボクを取り囲む。……的の色は、変わったままだ。
『──準備はよろしいですね? それでは、予選Aグループ……闘唱!!』
──ガァン、ズガガッ……!
合図と同時に壁の向こうから聞こえたのは、魔法が弾ける音と構造物が壊れる音。
舞台上の壁や柱は、的の制御下の魔法で破壊できるようになっているようだ。
早く参戦して、点数を稼がなければ──!
でも、できれば走ったりしたくないし……。
と、そこに──こちらに向かって毒々しい紫色をした魔法弾が飛んできた。
──ドシャアッ!
「わっ!」
ボクが間一髪で首を引っ込めると、弾は背後の壁に当たってペンキをひっくり返したような黒い染みを作った。
「──予選には、こんな子供まで参加してるのか? 恨みはないが、誰が相手でも点数は同じだ。悪く思うなよ!」
「えっ!?」
その男性は顔を合わせるなり威勢の良い声で宣戦布告し、次々と魔弾を放ってきた。
『──粘着弾ッ!』
……好都合だ。
相手が向こうから来てくれるなら、ボクはここから動く必要はない。
魔法で壁を作って攻撃を遮れば、避ける必要もない。
──ビュウンッ!
指を払うように振って、突風を起こす。
彼の撃った魔法は、池に落ちた雪のように儚く空中分解した。
「すみません、悪く思わないでくださいね」
恨みはないけど……彼の言う通り、誰が相手でも点数は同じだ。
「……な、なんだ? 何が起きた? お前は──」
詠唱は、既に心の中で済ませた。
声に出す詠唱と比べると集められる魔素はかなり減るけど、今はこれで十分。
さあ、どうだ……これがバル様とつくった魔法だ!
『──真珠のほうき星ッ!』
──ドッ……ゴォーーッ!!
放たれた巨大な空気の渦が、舞台上の床と壁を大きく削り、貫き、巻き込むように突き抜けていく──。
「があっ──!!」
「なんだッ!?」
「ぎゃっ!」
──パキキィン、パキィン、パキィン……!
近くから遠くまで、的が光を失う音が連続した。
見知らぬ選手たちが、為す術もなく吹き飛んでいく……。
怪我はしていなさそうだけど、みな一様に何が起こったのかわからないという表情だ。
『マコ・オトナシ選手……じゅ、十五ポイント獲得……!? 予選通過、決定です!』
──ウォォオォーーッ!! ワァァーーッ!!
アナウンスと、客席全体からの大きな歓声。
あれ、いま……ボクの名前が呼ばれた?
こうしてボクのデビュー戦は一歩も動くことなく終わり、あっけなく本戦出場が決定した。
次回「第54話 告白」は6/2更新予定です!!




