第15話 再会
「それにしても、だるくなってきたなァ……」
急にバル様がらしくない調子でそうこぼしたのは、しばらく歩いた後だった。
「あらま~。やっぱりですか、陛下」
「ここまで北上すると火の魔素が相当減るからなァ。ある程度は仕方ないが」
彼は気怠そうに首をまわした。
そう言われればいつもより覇気がないようにも見えるけど、本人の申告がなければわからないくらいだ。
「魔素によって体調が変わったりするんですか? ボクはなんともありませんが……」
「ああ、オマエの種族なら関係ないだろう。俺が少々、特殊体質なだけだ」
「そうですか? ……ボク、自分の種族のことも未だによくわかってないんですけど」
……たしかボクは、”夢魔”──と言ったっけ。
なぜだか、そう口に出すのは恥ずかしい気がしてならなかった。
「気にするな。一生かけても、自分が何者なのか本当に理解できる者などそうは居ない」
「あの、そういう話じゃなくてですね。ええと、大丈夫なんでしょうか」
「俺は魔王だぞ? 人間どもに遅れは取らん。相手が魔人でもない限りは不意打ちされようが問題ない。もし何かあっても、返り討ちにしてやろう」
「ええっ、あんまり物騒なことはヤですよ……」
「ククク、案ずるな。俺も事を荒立てる気はないさ。基本的にはなァ」
バル様は、プカァと口から白い煙を吐いた。
基本的にって……。いったいどこからどこまでなんでしょうか。
* * * * * * *
黄昏時、ボクたちは石橋を渡り、ようやく街へ到着した。
外から見ると高い外壁に囲まれていて、砦のような無骨な印象を受けていた。
しかし、壁の内側には広い道と石造りの建物や露店が並んでいて、にぎやかな景色だった。
「わあ、いろんなにおいがするねー!」
「ここがニアルタの街よ。久々に来たわね~、あまり変わってないといいのだけど。ああ、コニーちゃん。迷子にならないでね」
ここに来るまでには、大きな荷物を背負った人々や馬車を引いたキャラバンとも何度かすれ違った。
人の出入りは活発みたいだ。
「……検問所が無いな。以前はもっと面倒な入り口じゃなかったか?」
「樹海と王国で停戦協定が結ばれたからかもしれませんね~。最近は交易も盛んらしいですよ~」
「なるほどな……。ま、好都合だなァ」
前を歩くバル様とロゼッタさんは、周りをやや警戒しているみたいだ。
一方コニーは行き交う人々を目で追いながら、くんくんと鼻を鳴らしたり、きょろきょろと首を降ったりと忙しない。
ううん、手を繋いだほうがいいのかな……。
「──ですが、念のため何かかぶる程度の対策は致しましょうか」
「そうだな。俺もどこかで着替えるとしよう」
「畏まりました~。……マコちゃん、ちょっと失礼するわね」
ロゼッタさんはおもむろに振り返ると、中腰になってボクが着ているローブを持ち上げた。
「えっ、はい。……!?」
一瞬、視界が狭くなって──どうやら、フード部分を頭にすっぽりかぶせてくれたみたいだ。
「うん、大丈夫そうね~。これならツノも耳も、すれ違ったくらいじゃわからないわ」
「……もしかして、人前ではツノとか隠したほうがよかったんですか?」
そう聞くと、ロゼッタさんは少し困った顔をした。
「そう、ねぇ……。若い人間なら偏見のない人も多いのだけど。戦争を経験した人間の中には、獣人などをよく思わない人たちもいるのよね~……」
そして、カバンからベレー帽らしきものを取り出して、深くかぶった。
ロゼッタさんの牛のようなツノは帽子の中に収まったが、少しテントを張っている。
「あァ、それに見つかりたくないヤツもいるんでなァ。なるべく目立たず、用心に越した事はない」
バル様も苦々しげだ。
彼が見つかりたくない相手というのはボクには想像がつかないけど。
それはともかく、ツノや尻尾は取ろうと思って取れるものではないはずだし……そんな事を聞いてしまっては、すこし居た堪れない。
「あーっ! あたし、お帽子もってこなかったや……。ごめんなさいー、わすれちゃいました!」
「んん? そうか……仕方ないな、何か見繕うか。俺も目立たない服が必要だしなァ」
「ほんとぉ!? バルさま、さっすがー! ……あ、わすれたの、わざとじゃないよ!」
……とは言っても、この辺りには飲食店しか無さそうだ。
街の入り口近くは、旅人が立ち寄る酒場が特に密集しているらしい。
「では陛下、どこかで待ち合わせましょうか。私は宿の手配をしておきますので~」
「……そうだな。よろしく頼む、ロゼッタ。”立像広場”で落ち合おう」
「畏まりました~」
「マコ、ロゼッタ、あとでねー!」
コニーとバル様は連れ立って別方向へ歩いていった。
……大丈夫かな。あの二人、ツノとか耳とか関係なしに目立ちそうだけど。
「さ、マコちゃん。私達も行きましょうか~。……ふふ、尻尾も隠して頂戴ね」
「あっ、すみません!」
ボクはローブの背中側に自分のしっぽをしまい込んだ。
服の中にいれると、なんだか窮屈な感じがする……。
しっぽがある身体にすっかり慣れてしまったみたいに。
* * * * * * *
このニアルタの街の中心には、街のシンボルである”巫女の立像”なるものがあるらしい。
そこがボクたちの待ち合わせ場所、”立像広場”だ。
「この近くなら宿も見つかるはずだわ。それから、魔素動力の乗り物を借りたいわね~」
「魔素動力って? 車みたいなものでしょうか」
「魔素があれば誰でも運転できて、とっても速くて何人も乗れるのよ~。中には空を飛ぶものだってあるわ」
「えっ。車よりすごそう……」
それから、植え木に囲まれた公園に足を踏み入れた。
道中ですれ違った人々は、見る限り普通の人間ばかりだったけど……。
時々ツノがあったり毛深かったりと、おそらく獣人もわずかに混じっていたように思う。
それを一瞬目で追う者もいたが、少なくとも表面上は険悪さは感じなかった。
「……私が来た時より、ずいぶん雰囲気が変わったわねぇ。ツノ隠しは杞憂だったかしら」
「前はもっとギスギスしてたんです?」
「ええ。祭壇より北はこの街も含め王国の領土なのだけど。七年前にその”王国”と”樹海”が停戦協定を結んだの。緊張が和らいだのは、きっとそれからね~」
「”樹海”っていうのは? 初めて聞きますが」
「あっ、ごめんなさいね。この三角大陸には、人間が住む”北の王国”、私たちの城がある”東の火山”の他に、獣人の国である”西の樹海”があるのよ」
「獣人の国、ですか……」
ボクは脳内で、コニーがいっぱいいるところをなんとなく想像した。
うーん、とても平和そうだ。
「その三つの勢力が長い間、天弓の祭壇を中心に均衡を保っているのよ。停戦以来は目立った衝突はないわねぇ」
「そうなんですね。詳しく教えてくださって、ありがとうございます」
ロゼッタさんは浮かない顔ながらも、努めて笑顔をつくっているみたいだ。
「いいのよ、遠慮しないで。……ずっとこうして、何も争いがなかったらいいのだけどね」
「……おっしゃる通りです」
バル様だって、争いを望んでいなかったんだ。
この世界の人間がどういう価値観を持っているかボクにはわからないけど、北の王国の人だって、きっとそうだと思いたい。
──話しているうちに、公園の奥までやってきた。”巫女の立像”の目の前だ。
祈るように手を合わせ天を仰ぐ、若い女性の彫像。
背後には細長いモニュメントが設置されている。おそらく天弓の祭壇を現しているのだろう。
遠くからでも見えていたけど、近くに来るとまた違った印象を受ける。
所々色褪せた石の表面を見るに、この石像が造られてから相当長い年月が経過しているみたいだ。
「陛下はこの街に立ち寄ると、決まってこの像を見たがるのよねぇ」
「へえ……? バル様は“祭壇”がお嫌いなんじゃないんですか?」
「色々あるのよ、陛下にも」
「は、はあ」
「……結構歩いたわねぇ。ちょっと休憩して、おやつにしましょうか。それから、今夜泊まる場所を探しにいきましょう」
ボクたちは、立像の周囲に設置されたベンチに腰掛けた。
この辺りを歩くのは散歩している人たちばかりのようで、穏やかな時間が流れている。
「──つかまえてごらーん! あははは!」
「まってよ~!」
近くでは、男の子と女の子が無邪気に追いかけっこをしているのが見えた。
「あうっ! 痛ぁ!」
「何してるの、もう~。ほら、手ぇ貸して」
すると、男の子が地面につまずいて……女の子が振り向いて、男の子を助け起こしている。
……ボクはなぜだか、その光景に妙に心を惹かれた。
「どうしたの、マコちゃん?」
「あっいえ、なんでしょう。その……あの子たちを見てたら、懐かしいなって。そう思ったんです」
「ふふ、マコちゃんにも仲が良かった男の子のお友達がいたのかしら」
「えっ!? ええと、ボクの友達は女の子ですが! ……幼馴染が、いました」
何故だかギクリとしてしまったけど……そうだ。ボクが思い出していたのは、元の世界でいつも一緒だった”白谷ミナミ”のことだ。
「それは、転生してくる前のお話ね」
「……はい。彼女とは本当に仲が良くって……。名前はミナミっていうんですけど。学校も同じで、晩ご飯もよく共にしました」
「あらぁ。朝から晩まで一緒だったのねぇ」
「ええ。家が隣同士なのもあって、お互いを家族のように思ってて……大事な……。とても大事な存在、でした……」
改めて声に出すと、今まで考えないようにしていた事実がのしかかってくるようだった。
彼女に会いたいと望んでも、この世界と元の世界を隔てる壁の大きさは計り知れない。
「……つらいわね。あなたにとっても、彼女にとっても」
「う、う──」
「マコちゃん。今すぐに元の世界のことを忘れる必要なんて、ないのよ。時間をかけて向き合いましょう? 大丈夫よ、マコちゃんはこうして生きているんだもの。彼女も元の世界で元気にしているんじゃないかしら」
「……すみません、急にこんな話をして。こっちに来てから、まだ心の整理がしきれてなくて」
「気にしないで。吐き出せないより、ずうっといいわ」
ロゼッタさんは、宥めるようにボクの背中を撫でてくれた。
夕日が沈んで風が少し冷たくなったけど、彼女の肩はそれよりも暖かかった。
……どのくらい経ったろうか。
どこからか、ボクと同年代くらいの女性の声が聞こえた。
「あのう。このくらいの背の……こういう感じの、かわいい顔した男の子、見ませんでした?」
「さぁねえ、心当たりはないね」
彼女は似顔絵が描かれた紙を片手に、通りすがる人々に声をかけてはしょんぼりとしている。
辺りが暗くなってきたせいで、顔はよく見えない。
しかしなぜだろう、この違和感は──どこか懐かしい声?
「すみません。こんな顔した、かわいい男の子、見ませんでした?」
「お嬢さん、今日もやってるのかい? この街にはいないんじゃないかね~」
「あっ、ごめんなさい。またお声かけしちゃいましたね」
──そんな。
そんなはずは、ない。
人通りが途切れた。
彼女はきょろきょろ周りを見渡し──ベンチに座っているボクたちに目を止めると、まっすぐこちらにやってくる──。
茶髪く染めたショートヘアに、くりっとした瞳。
ダメージジーンズにパーカーを羽織り、この街では少々浮くような現代風の格好。
腰には服装に不釣り合いな金属製の剣を、不恰好に下げている。
ボクのよく知る顔だった。
「あのう、ちょっといいですか?」
彼女の声掛けに答えたのは、ロゼッタさんだ。
「はいはい、なんでしょう~」
「こういう顔をした──」
「あ……!」
目が、合った。──間違いない。
ミナミだ。ボクの幼馴染の”白谷ミナミ”が、目の前にいる。どうして──!
「……マコト? マコト、だよね?」
彼女の手から、似顔絵がはらりと地面に落ちる。
──ドクン!
心臓がかつてない早鐘を打ち、時間が止まった。
広場の雑踏はどこかへ消え、まるで世界にボクと彼女しかいないかのように。




