第14話 天弓の祭壇
ボクたちは空翔ぶ白竜シャルアロの背に身を預け、三角大陸を北上していた。
中心より南東、魔王城側はモンスターの棲家ばかりで、人間はほとんど住んでいないらしい。
眼下の景色は森や荒地ばかりで、殺風景だ。
だけど、遮蔽物が何もない空は本当にいい眺めだった。
飛行機やヘリコプターに乗っても、きっとこんな景色は見られない。
深呼吸すると、胸の中のもやもやが吹き飛んでいきそうだ。
さわやかな風が素肌を撫でて、気持ちが良い。単純に火山よりも空気が澄んでいるのもあるけど。
今にして思えば、魔王城はずいぶん過酷な所に建っていたなぁ。
「……そういえば、バル様。お城は留守にして大丈夫だったんですか? 時々、ならず者が来るって聞きましたけど」
「まあ、問題ないだろう。ダイダロスが居るからなァ」
「ダイダロスさん? ……って、あの。食堂の料理人さん、ですよね」
「──料理人? ククッ、フフフ、クッハッハッハ!!」
彼は突然、大笑いした。
「ば、バル様?」
「りょ、料理人、だと! ダイダロスが? クッ、……ハッハ! こりゃ一本取られたなァ、マコ!」
「えっ、あの。違ったん、でしょうか……」
記憶違いだったかと、自信がなくなってきた。
食堂で料理をごちそうしてくれたあの大柄な男性の名前は、間違いなくダイダロスさんだったはずだ。
「ダイダロスはな……ククク、この俺が率いる、煉獄の魔王直属四天王の中でも最強の男。”剛槌のダイダロス”として恐れられたヤツだぞ」
「し、してんのう??」
魔王直属の四天王。そんなの、いたんだ……。
「今は”平和”だからな。確かにヤツは専ら、趣味に精を出しているよな。結構なことだ」
「じゃあ、四天王さんって、ダイダロスさんの他にも居るんです?」
「……まァな。どこをほっつき歩いてるのやら俺も知らんし、引退したヤツもいるがなァ。今は三人だ」
……席が欠けていても特に問題ないのが現状らしい。
四天王なのに三人しかいないんですね、と言おうと思ったが、やめておいた。
* * * * * * *
流れゆく景色をぼうっと眺めていると、北の地平線にうっすらと何かが浮かび上がってきた。
空を縦に貫く、細い線が見える。
「あれ、なにか見えますね。煙かな? 大きな焚き火でもしてるんでしょうか」
「いいえ、マコちゃん。あれは建物よ。”天弓の祭壇”と言って……、あそこが三角大陸の中心なの」
「てんきゅうの、祭壇?」
縦の線はどう見ても、地上から雲の上まで伸びている。そんな高い建物、建てれるわけが──。
……いいや。
巨竜の背に乗り空を飛んだ時点で、ボクの知る常識は捨てるべきだったのだろう。
──近づくにつれ輪郭がくっきりしてきて、ロゼッタさんの言う通りだとわかった。
シャルアロはさながらツアーガイドのように”祭壇”のふちを旋回してくれた。
この建物を説明するなら、祭壇というより塔と言ったほうが適切かもしれない。
表面は苔むしていて、長い年月の経過を物語っている。
地上から雲の上までまっすぐと空間を貫く、塔。
造りは地上部分から上空部分まで均一で、まるで巨大なトーテムポールみたいだ。
しかし、高さのある建造物としては異常と言っていいほど細すぎる。どうして倒れないのだろう。
てっぺんは、はるか上。雲にまぎれて、その先を見ることはできない。
「……チッ。忌々しい……」
バル様は不機嫌さをあからさまにした。彼のこんな態度を目にするのは、ボクは初めてだ。
「えっ。バル様は、あれがお嫌いなんですか?」
「……。……あァ。俺はあれが気に食わん。あんなものがあるから、争いが生まれるんだ」
「あ、あんなものって。何か、悪さをする建物なんです?」
そう質問したが、彼は祭壇を睨んだまま黙り込んだ。
観察する限り、天を衝くあの塔が禍々しいものとは思えないのだけど。
「……マコちゃん、あの祭壇はね。世界に膨大な魔素をもたらす、力の源泉と言われているの」
沈黙するボクたちを気遣ってか、ロゼッタさんが答えてくれた。
「魔素の力の、源泉? じゃあ、魔素はあそこから生まれているんですか?」
「それもあるが、違う。あれが生むのは、必要以上に過剰な魔素だ」
再びバル様が口を挟んだ。まだ口調にはトゲがある。
「必要以上って。魔素は、あればあるほどいいものだと思ってました」
「……本来、魔素の流れは生命の循環と共に在る。俺が転生術でモンスターを還しているのも、”流れ”を在るべき形に戻す為だ」
「在るべき、形……。いまはそうではないんですか?」
「ああ。……人間どもだ。歪めたのは、奴らだ」
彼の口の端がぴくぴくと震える。今にも溢れそうな激情を抑えるかのように。
「えっ──」
「むやみに動物を狩り、……ッ。毛皮を剥ぐだの、魔素を吸い出すだの。全て、身勝手な──エゴだ。……何の罪もないモンスター達を、奴らは……ッ」
バル様はそう吐き捨て、歯のすき間からしゅうしゅうと黒い煙を溢す。
「……まさか。そんなこと、許されるわけが」
ボクは途中で口を噤んだ。ふと、経験値稼ぎなどと言いモンスターを狩り回る”勇者”の姿をうっすら想起したからだ。
それがこの世界の実情なのだろうか。
「でもね、マコちゃん。あの祭壇はこのところ百年以上沈黙しているの。今は動いていないのよ」
「あ……たしかに。あの場所からは魔素は感じないし、人の気配すら無いですよね」
「ええ。あの祭壇を起動できるのは、選ばれし人間。”天弓の巫女”だけだ……と言われているわ」
バル様はフゥと短く息を吐いて付け足した。
「事実、その通りだなァ。祭壇の周囲には、”巫女”以外を寄せ付けない強力な結界が張られている。俺の炎すらもだ。……断言するが、力づくであれを破れるものはこの世界には存在しないだろう」
「百年現れない、”巫女"ですか……。なんだか話のスケールが大きくて、ボクには想像つかないです」
音もなく静かに、ただじっと選ばれし者を待ち続けている祭壇。
眺めていると、なんだか寂しい気持ちになる建物だった。
「願わくば、向こう千年はあのまま放置されて欲しいものだ。魔素が足りなければ誰も戦争なぞやろうとせんからなァ」
「戦争だなんて。バル様、物騒な──」
「すかーっ」
コニーが急に大きな寝息を立てたので、三人は同時に後ろを振り返った。
「……ふふっ」
バル様が急に真顔になったのを見てか、ロゼッタさんが微笑んだ。
いつの間にこんな、大の字で寝て……なんでこんな場所で眠れるんだろう。
でも、重苦しい雰囲気をそっと流してくれたコニーにはこっそり感謝した。
* * * * * * *
“祭壇”から更に北上した地点で、ボクたちは地上に降りた。
見晴らしのよい平原だ。火山とは違って快適な気温で、ずいぶん過ごしやすい。
足元には石で舗装された街道が丘の向こうまで伸びており、道の先には建物らしき屋根が立ち並んでいるのがかすかに見える。
どうやらこの近くに街があるみたいだ。
ボクたちが飛んできた南の方角には、祭壇ごしに山々と森が見える。魔王城はもうとっくに地平線の向こうだ。
「シャルアロ、礼を言う! 今度なにかご馳走させてくれ!」
「シャルアロさん、ありがとねー!」
「クルルーっ!」
シャルアロは来た方向をまっすぐ戻るように翔んでいき、あっという間に見えなくなった。
半日の付き合いだったけど、背中に乗せてもらえただけでもボクたちに対する無言の細やかな気遣いが感じられ……愛しささえ覚えた。
また、会えるかなぁ。
「今夜はあの街で夜を明かす。そこからは道沿いに北上するとしよう」
バル様が街のほうへ歩きだし、一同も彼に続いた。
日が傾いて辺りはかすかに暗くなってきている。もうすぐ夕方だ。
「ずっとシャルアロさんといっしょがよかったなぁー!」
「……これより北は王国の警戒網に引っかかりかねん。目立つことはなるべく避けるべきだ」
「あたしたち、けいかいされてるの?」
「人間にとって、人間以外は全て警戒すべき相手だろう」
言われてみれば、空から竜が近づいてきたら仰天されるだろう。
"竜"がどのくらい珍しいかはわからないけど……”人間による狩り”の話通りなら、鱗などを目当てに刃を向けてくる者がいないとも限らない。
「そういうのもあるんですか……。シャルアロさんを危険には晒せないですもんね」
「ああ、大切な友人だ。それに、アイツは人間をあまりよく思っていない」
──人間。
その呼び方で、ふと自分がいまその中に属していない事を思い出した。
バル様とボクは”魔人”。ロゼッタさんとコニーは”獣人”だ。
見た目はそんなに、変わらないはずなのに。
「……バル様も、そうなんですか? “人間”に対して」
そう聞かずにはいられなかった。
ボクは心のどこかで自分はまだ”人間”だと思っているし、バル様が人間と対立するつもりなら、ボクは──。
彼はこちらを振り返らず、淡々と答えた。
「人間は、数が多い。……偶に話が合うヤツや、面白いヤツもいる。全てが俺の”敵”とは限らないだろう」
「それじゃあ……」
言いかけると、彼の背中は言葉を遮るように熱を帯びた。
「……俺は。一部の心無い、濁った目をした人間の行いで、世界が歪むのを見過ごしたくないだけだ。その一部がこちらに銃口を向けたなら、俺はその周りごと焼き払うのを──躊躇わないだろう」
近づけば火傷する灼熱の柱が、目の前を歩いている。
一瞬だけ、そう錯覚した。
「そう、ですか……」
ボクは面食らって、こう返事するだけで精一杯だった。
「……」
彼は問答を切り上げた。
一同は押し黙ったまま、その背を追う。
横を向くとコニーが何か言おうと口を開きかけたが──さすがの彼女も、しゅんと耳を垂らしただけだった。
歩きながら、ボクは先ほどの会話を何度も思い起こした。
彼はずっと長いこと、”人間”へやりきれない気持ちを燻らせているのだろう。
だけど。
本当は平和を願っている。願っているけど……、どうしても許せない部分がある。
彼は、このままでいいのだろうか。
ボクに何か、できることは──?
「……バル様。どうしても、その。焼き払いたくなったら? その前に、ボクに教えてくれますか」
「どうした、突然?」
彼は意表をつかれたようで、ふっとこちらへ振り返った。
「その時は、ボクも一緒に考えたいです。どうすれば、銃口を降ろしてもらえるか。どうすれば……世界が歪まずに、手を取り合えるかを」
バル様は黙ったまま、不思議そうにボクを見つめた。
彼の瞳の奥に、様々な感情が流れていく。驚き──感傷──期待──そして。
最後に何を思ったのか、ボクには読み取れなかったけど……。
「フッ……。マコ、オマエはカワイイなァ」
その声は、どこか晴れやかだった。




