第23話 ポットマリーゴールドの咲く内庭にて
明治期の名門、神尾家の屋敷は神田の狐屋敷とも言われ、妖しい出来事が起こるという。
その屋敷において、盲目の女武芸者、山中佐奈と、手妻に奇術の使い手、風間正三とが勝負することとなった。勝負というのは屋敷の怪現象を解決することであり、今日がその日である。
出迎えた琴葉に十五郎が聞く。
「その後、おかしなことはなかったかい?」
「これと言って御座いません。相変わらず、叔母様はあれやこれやと騒いでおられますが。
それよりも、どこから話が流れたか、憑き物の家が欲しいという変わり者が訪ねてまいりました。異国では幽霊の出る家が高く売れるとか。日本へ来る方が良い屋敷がないか探しているらしいのです」
「そうかい。日本では逆だがね。異人の考えることは分からんな」
「ええ。お兄様に聞いてみましたら、彼の地では、いわくつきの城や屋敷に住むことがひとつの自慢なのだそうで」
「お兄さん、瑞樹さんだったか、異国のことには詳しいのかい?」
「はい。ここ数年、海外におられましたから」
琴葉が言うには、その腹違いの兄、先妻の子にして次期当主の神尾瑞樹は見聞を広めるために異国めぐりをしていたものの、その間に日本で待つ思い人を亡くし、生活も荒れ、異国の地で放蕩三昧に過ごしてきたらしい。そのせいで勘当同然の身となった。
そもそも、古い考えの持主である現当主、神尾しのとは反りが合わず、日本に居た頃から喧嘩三昧だったとか。ふと溜息を吐きながら琴葉がいう。
「お兄様が帰ってきて、叔母様は驚きつつも、とても喜んでおられました。神尾家を継ぐ人が帰ってきたと。しかし、祖母とのことは、やはりいけません。
戻ってきて、会った初日から大喧嘩です。顔をあわせては喧嘩、声を聞いては喧嘩、何をしていても、喧嘩、喧嘩、喧嘩です」
「何が原因なんだい?」
「これという理由はありません。異国へ旅立つまでも、ずっと同じような調子でした。今日も御見苦しい点があろうかと思いますが、喧嘩を楽しんでいる節もありますので、あまりお気になさらず」
「心得た。まあ、そっとしておくよ」
屋敷の探索は、それぞれ別でやることとなり、自然と十五郎は審判役のような形になった。勝者に牛鍋を奢らされるためだけに居るようなものだ。特にやることもなく屋敷の中をぶらぶらしていたところ、現当主の部屋から激しく言い合う声が聞こえてきた。
勢いよく扉を開けて飛び出してきたのは神尾瑞樹である。ぶつかりそうになって慌てて立ち止まる。後ろから、メイドの新見あやも付いて出てきた。
「いや、すまないね。ちょっと庭の花のことで喧嘩になってね」
と、恐縮した様子の瑞樹である。「十五郎くん、少し庭を見てみないか。綺麗な内庭があるんだ」
瑞樹に誘われて、あやの先導を受けながら、くねくねと曲がる通路を上へ下へ、ぐるぐる回りながら行くと、ちょうど屋敷の中央になるという場所に小さな空中庭園があった。どういう構造になっているのか、日の光が屋敷内の庭園へ届いている。
黄色と橙色の小ぶりな花が競い合うように咲き誇り、見る者の目を楽しませてくれる。鼻につく独特の匂いも慣れると悪くない。
じっと花を見つめながら瑞樹がいう。
「懐かしいな。家を出た頃にも、こうやって咲いていた。琴葉の母親が育てていたものを植え替えたんだ。先妻の子としては複雑な気持ちもあるけどね。
まだ元気だった頃、父はよく花の手入れをしていたよ。父も死に、残された花も枯れていくかと思ったけど、そうはならなかった。花の手入れをするあの子は、本当に綺麗だった」
花を見ながら黙り込む瑞樹だったが、十五郎が居ることを思い出し、笑顔を作っていう。
「そうだ。ポットマリーゴールドは、ギリシアの神話にも登場するんだ。クリュティエーという精霊が花と化し、いつも愛しい人の方を見ているという。美しくも悲しい花なんだ」
「いわれは分かりませんが、確かに綺麗な、それでいて寂しさも感じさせる花ですね」
と応える十五郎に、黙って頷く瑞樹である。
その間、新見あやは、話の邪魔をしないように静かに花の手入れをしていた。次期当主の瑞樹が居るためか、前回とは打って変わって、しとやかに繊細な雰囲気である。黙って花に見入る二人だったが、再び、瑞樹が口を開いた。
「数年ぶりに帰ってきて、この庭の変わらない姿を見られるとは思わなかったよ。琴葉か祖母か、誰かが手入れをしてくれていたんだな。
昔の祖母なら、花なんぞ軟弱なと言って引っこ抜いてしまいそうなものだが。
琴葉からも様子のおかしいところがあるのは聞いていたし、喧嘩していても昔ほどの迫力がなくてちょっと寂しいな。誰しも、いつの間にか歳を取っていくんだろう。まさに女傑と言っていいような祖母が、こんな風に歳を取るなんてなぁ」
「年寄り扱いしないでもらいたいね」
颯爽と現れたのは、琴葉と瑞樹の祖母、現当主の神尾しのである。厳しい目で瑞樹を見ると、物言わぬ花に目をやって表情を和ませた。
「お婆様、体調はよろしいのですか」
「ええ、お蔭様で。手のかかる孫が帰ってきて、おちおち寝てもいられません」
「また、そんな」
と苦笑いの瑞樹である。「しかし、この庭、相変わらず綺麗ですね。手入れも大変だったでしょう?」
「手入れなどしておりません。誰も手入れをしないのに、何故か枯れないのです」
「枯れた方がいいような口振りですね。そんな風に言わなくてもいいじゃありませんか」
「いえ、本当に放ったらかしですから」
「わかりました。そういうことでいいですよ」
不満げに応じて内庭を出て行く。その背中を、新見あやが名残惜しそうに見送っていた。気まずい雰囲気の中、どうしたものかと困った表情の十五郎。それと気付いて、しのが笑顔で声をかける。
「駄目ねぇ。どうも瑞樹には素直になれないわ。本当は帰ってきてくれて嬉しいのよ。家に居た頃からずっと喧嘩ばかりでね。歳をとって、あの子と取っ組み合いの喧嘩もできないのが悲しいわ」
ふぅと息を吐き、花に視線を向けながら、
「この花も、本当に懐かしい」
と、ぽつりとつぶやく。その様子に、十五郎もあやも神妙な面持ちである。
やがて、しばらく花を見ていたいというしのを残して、十五郎はあやとともに内庭を後にした。すっかり忘れていたが、佐奈と正三、それぞれの様子を見に行かなくてはならない。内庭を出た十五郎に、あやが呆れたようにいう。
「本当、喧嘩ばっかりで困ります」
「そりゃあ、使用人としては困るだろうな」
「まったくです。折角の花盛り、仲良く見てくれたら安心できるのに。あ、そうだ。それより、今日は勝負の日なんですよね」
「まあな。今日で解決する話とも思えないが。よく知ってるな」
「ふふん。そりゃあそうですよ。このあやさんを舐めてもらっちゃ困ります。屋敷の案内役が必要なら、少しぐらいは付き合いますよ」
「そうか。じゃあ、お願いしようかな」
「はい!」
嬉しそうに飛び跳ねて行く様子は、先のしとやかなメイドと同一人物と思えないぐらいだ。




