第24話 魚心あれば水心
十五郎が最初に見つけたのは佐奈の方で、屋敷内を楽しそうに歩いていた。目が見えないのに一人で大丈夫かと琴葉が心配していたが、この様子なら問題なさそうである。
「おや、そこにいるのは十五郎はんか?」
「よくわかったな。気配でわかるのかい?」
「そうやね。気配と言うか何と言うか、こればっかりは説明しづらいね。もう一人おるかな。ようわからんけど、琴葉じゃなさそうやね」
「はい! 私、メイドの新見あやと言います。よろしくお願いします」
元気一杯の声に、佐奈が笑って応じる。
「はは、こりゃまた元気なメイドはんもいたもんやな。もっと静かで清楚なもんかと思とったわ。悪口とちゃうで。うちは元気なメイドさんの方がええわ」
「はい! ありがとうございます。どうですか、なにかわかりましたか?」
「うーん、そやなぁ。いろいろ気配があるようなないような。別に霊媒師っちゅうわけやないし。ただ、目明きよりも感覚が鋭いだけや。見えるものが見えやん代わりに、匂いや音には敏感なんやで」
「へぇー、そうなんですね。お花、お持ちすれば良かったですね」
「花ってなんやろ。庭があるん?」
「内庭があるんです。見ることはできなくても、香りを楽しんでもらえると思います」
「ええな。楽しそうや。ぜひ案内してぇな。それに、植物にはいろんなものが寄るでな」
「いろんなもの?」
「ああ、ええんや。こっちの話や。十五郎はん、うちはメイドはんに内庭へ連れて行ってもらうわ」
「わかった。俺はさっき見てきたところだから遠慮しとくよ。正三を探してくる」
そう言って佐奈と別れた。
しばらく屋敷内を歩いて回っていると、十五郎さん、と小さな声で呼ばれた。振り向くと、正三が人差し指を口に当てていた。
「ここは、本当に面白い造りですね。さっきまで一階にいたのに、いつの間にか二階へ連れて行かれる。あるいは中二階があったり、部屋ごとに天井の高さも違って、自分が何処にいるかわからなくなる。
別の部屋の声が別の場所で響いたり、なんとも不思議です。ここに立ってみてください。ほら、聞こえるでしょう? たぶん瑞樹さんと、どなたか御客さんだと思いますが、面白いことを話しています」
聞こえてくるのは瑞樹の声である。
「聞いてはいたが、本当に憑き物の家が欲しいなんて人が居るのか?」
「ええ、ええ、いますとも」
と応えるのは、少々、年配の男の声。
「そうでなければ、この立板、こんな神田くんだりまで足を延ばしたりは致しません。
いやはや、どなたもこの価値を御存じない。安く買い叩いても良いのでしょうが、そこはそれ、溢れる良心に基づく真っ当な商売。騙して買うようなことは、とても、とても。
しかし、何とも愉快な造りで御座いますなぁ。私一人では、迷って出られなくなりそうです。最悪、窓を破って外へ逃げ出せば良いのでしょうが。
瑞樹様は、この家の造りは完全にご存知なのですかな。いや、そうでもないでしょうか。なかなかに手ごわいところですからな。自分が育った掘っ立て小屋と比べて、なんとも惨めな気持ちにもなりまして。播州の生まれでして。
御一新がなければ、今頃、家で農家をやっておったはずです。ここ東京で、こんな大きな商売の御話を華族の御令息とできる日が来ようとは。いやもう感無量、恐悦至極に御座いまして。私、こう見えましても……」
「わかった、わかった。ちょっとは僕にも喋らせてくれ」
「これは失礼を。普段は寡黙なので御座いますがね。瑞樹様も、いろいろと御入用の由。お売りいただけますな?」
「どうだろうな。叔母は、一も二もなく飛びついてきそうだが、祖母はなかなか。先祖伝来の土地を、簡単に売り飛ばすようなことはしないだろうよ」
「さいですか、さいですか。まあよろしい、この立板に考えが御座います。いや、なに先方も本当に幽霊や妖怪が出るなんて思っちゃおりません。もっともらしい話が出来上がっておればそれで良いのです。さあ、ちょっと耳をお貸しください」
ひそひそと何やら話す声は聞こえるが、内容までは分からなくなってしまった。
盗み聞きの手前、問いただすこともできず、その日は、琴葉にそれとなく注意しておくよう伝えるにとどめた。妖しげなことが次々と起こるようになるのは、それからのことである。




