20
ぼくはどうしてこんなにも涙が出るのかわからなかった。ぼく自身がなんで泣いているのかわからないのだから放っておけば涙もすぐに止まるだろう、そう思ったのに、涙があまりにもあとからあとからぼろぼろ溢れるものだからぼくは慌てて頬を拭った。ぼくは一生懸命目をこすってぼく自身をあやした。
それなのに少しもぼくは泣き止まないどころか、むしろ声をあげて泣きわめきたいような気分になってしまった。
綺麗な花火が滲んで、パァンと響く音が遠くなる。
泣きじゃくるぼくに気づいたみことくんの声は、ひどく落ち着いていた。
「どうしたの、さつきくん。どうして泣いているの」
人間みたいにやわらかくて暖かい手がぼくの背中をさすった。
死んでるのに。
みことくんはもう死んでるのに、まるで人間みたいな手。
死んだら人間は人間じゃなくなるんだろうか。化物になってしまうのだろうか。
それならみことくんは何なのだろうか。死んでも動いてるなんて人間じゃないに違いないのに、どうしてこうも彼の手はやわらかいのだろうか。
ここにいるみことくんは、本当に……
……『死んで』、いるのだろうか。
幼児が散々泣き喚いて呼吸がおかしくなったときみたいに、変な風に息を詰まらせながら、ぼくはみことくんの腕をつかんだ。
みことくんは少し驚いたようだった。
「み、こと、くん、どこに、いくの」
情けない赤ん坊みたいな声だったと今では思う。あのときはそんなことを考える余裕は少しだってなかったけれど。
「どこにって?」と聞き返すみことくんの言葉に重ねて、ぼろぼろと涙をこぼしながらぼくは言った。
「どこにいくの。みことくんどこに行くの。
ぼくは、ひとりになっちゃうじゃないですか。どうして行っちゃうんですか。ずっと乗ってればいいじゃないですか。
一緒にここでお話ししてればいいじゃないですか。
違う、違う、分かってるんです。みことくんはもう降りなきゃいけない。それはぼくも分かっているんです。
なら、いっそ、ぼくも——」
——いっそ。
みことくんと一緒に、つれていって。
その言葉を搾り出すことはできなかった。
結局ぼくは彼と心中することに怖気づいたのだと思う。あの電車の中でひとりになりたくなかった。みことくんと一緒にいたかった。それでも、死ぬのは嫌だったのだ。
みことくんのことがよくわからないと思っていたけれど、ぼくはぼく自身のことすらよくわからなくなっていた。
ただ、ひとつだけその時に悟ったのは……
……ぼくは、どうしようもない弱虫らしい、ということだった。
みことくんは一度だけ優しくぼくの頭を撫でた。
「……さつきくん。僕はね。君と話ができて楽しかったよ。
でも、僕たち住むところが違うでしょう」
僕はねえ、引っ越すんだよ、とみことくんは言った。
「向こうのこと、僕は何も知らなくてね。
向こうにも電車はあるのかな。クッキーは食べられるかな。花火は見れるのかな。……こうやって誰かと話すこと、できるのかな。
わからないから、今のうちにやっておけてよかったなあなんて、僕は思うよ」
切羽詰まったぼくに対して、ゆったりとした口調で彼は言った。ぼくの背中をさすっていた手はするりと滑り、離れる。みことくんは向かい側の座席に近づいていって窓を開けた。
ここと外を隔てるガラスがたった一枚なくなっただけなのに、花火の音が驚くくらい大きくなった気がした。
「見て。さつきくん。綺麗だねえ」
そう言って笑う彼の顔に、色とりどりの光が反射する。
僕の顔もそうなるだろうか。そんなことを思いながら僕は彼の隣に並んで、光に隠れてまた少しだけ泣いた。




