弟弟子のやらしい本性
それにしても、車車車はよく頑張る。まだ、現役の大学生でありながら、一年前から作家養成学校と大学を両立させ、年が明けてから先生に目をつけられて弟子入りした。
そのため、毎日仕事場に来れないが、土日や講義のない日は欠かさずここに来て仕事をしていた。
彼は高校時代から作家を志し、大学時代には次々に作品を作ってはさまざまな文学新人賞に応募していたと話してくれた。彼はすぐに兄さんや姉さんに気に入られた。
しかし、僕は彼が好きになれなかった。彼が自分のライバルであることも影響したと思うが、権力者に要領よく入り込んでいく所や自分よりも格下の者にはとことん冷たい所とか苦手だった。
先生が四番弟子を連れてきてから一ヶ月が過ぎた。梅の花が満開となり、少しずつ春が近づいてきた。
僕は三月からの新聞小説を前に準備に追われていた。また、官能小説の連載がうまくいっているおかげで、青年コミックで漫画家に物語を提供する原作者にならないかと言う話が舞い込んできた。
もちろん、仕事は引き受けたが、なにか割り切れないものがあった。もし、僕が己の仕事にこだわらない作家であれば、こんな順調に物事がうまくいくなんて…と喜んでいただろう。
しかし、幸か不幸か僕は何を書くかと言うことに対して、とことんこだわる作家であった。才能があれば、きっとそれが僕をいい方向に導いてくれただろう。
残念なことに僕には才能がなかった。本当は才能がないのにこの世界で仕事ができることを喜ばなくてはいけない。だが、余計な美意識がそれを邪魔するのであった。
才能がなくて、小説の世界にしがみついている自分が真っ先に捨てなくてはいけないものであるのに…。捨てられないでいる…。
しゃしゃ丸は大学が春休みに入り、ほぼ毎日仕事場にやって来た。しゃしゃ丸とは僕が四番弟子のペンネームをもじってつけたあだ名である。彼が人の仕事に対して、あれこれしゃしゃり出てくるのを皮肉ったものである。
彼は僕がまだ一つも新人賞を取っていないのにそれなりに仕事があることが不満らしく、事あるごとに僕の原稿を勝手に読んではあれこれ批判してきた。そんなに暇なら、今後のためにも就職活動でもすればいいものをと思い、彼に兄弟子としての意見を言った。しかし、しゃしゃ丸にはぬかに釘であった。
「兄さん、何を言っているんですか? 今、先生のもとで修行しているのに、どうしてそんなことをやらないといけないんですか? 僕にはそんなもの不要ですよ。誰かさんと違って、僕はきちんとした小説家になりますから。生活のために仕事を選べない人とは違うんですよ」
思わずぶん殴ろうかと思った。彼は名前こそ出さないものの皮肉たっぷりに僕を挑発してきた。
仕事を始めて一ヶ月、彼は僕に対して本性をあらわにした。彼から見れば、僕みたいにやりたくもない仕事を引き受けてまでこの世界にしがみつくのが許せないらしい。まあ、ここで怒ったら負けだ。
かつて、自分もそうだったが大きな夢を持った者は自分が選ばれた者のように思える。しかし、それは大きな勘違いで夢が覚めたときに初めて気付くのである。
その時も彼は僕に対してあんな強気な発言ができるだろうか? 僕を笑うことができるのだろうか? 無知と若さから来る過ちほど痛いものはない。
「さすが、天才の言うことは一味も二味も違いますなぁ…。みんな若いときにはそう思うんだ。でも、やがて一部の成功者をのぞいて己の限界に気付かされるんだ。その時、助けてくれるのは経験だけなんだよ。だから、就活とかの社会経験もしっかり経験しておくべきだと思う。それが創作活動を助けてくれるから」
「経験とか努力とかで何とかなる世界なら、今頃、兄さんはとても偉大な作家になったでしょうに…。それから年下の兄さんや姉さんに対しての気遣いも本当に大変ですね。僕にはまねできません」
このとき、突然ドアが開いた。
「ただいま。越前、車車車、二人ともしっかり仕事をしていたか」
もし、このタイミングで先生が帰ってこなかったら、僕はきっとしゃしゃ丸に殴りかかっていただろう。彼は何事もなかったかのように先生におべっかを使っていた。ふん、うまいこと猫をかぶりやがって。いつか、痛い目にあえばいいのに…と柄にもなく残酷なことを考える。




