先生からの宿題
年が明けると先生から官能小説を一本書くように指示された。どんな小説を書くのか一番適切なのかを見極めるために、先生の仕事を分けてもらう形でさまざまな小説を一年かけて書くことになった。
一言で小説と言っても、書く内容によって恋愛小説に歴史小説、官能小説、友情物語、家族物語など実にさまざまである。また、書く切り口によって、純文学、ライトノベル、エッセイなどに分類できる。
もちろん、いつものように先生の書いた原稿をパソコンに打ち込んだり、推敲したりする。それと平行して自分の小説を書いていく。
前の年よりも忙しくなるが、先生の顔に泥を塗ることがないように精一杯頑張るしかない。先生は「私のことは気にするな。お前のやりたいようにやれ」と言って、僕を大いに楽にしてくれた。
早速、官能小説を書いてみようとしたものの、先生や姉さんのようにはうまくいかない。とりあえず、大まかな骨組みについて考えてみた。
パターン①、経験豊富な紳士が何も知らない少女にあれこれ教えていく。
パターン②、経験豊富な姉さんが何も知らない少年にあれこれ教えていく。
パターン③、お互いに家庭を持った二人が全てを捨ててドロドロのW不倫をする。
パターン④OLが上司と浮気をした挙げ句の略奪愛。
まあ、こんなところである。さすがに先生のようにハードコアな作品は僕には書けない。
結局、第一作目は読者層を意識して、パターン①の骨組みで書くことにした。
まずは読者に認められないことにはこの世界では絶対に生きていけないのだから。それに何も知らない少女を自分色に染めていくことは男のあこがれそのものである。そこに訴える作品を作れば、それなりの需要があるだろう。
先生曰く、「いかに本能を攻められる作品を作るかどうかで売れ行きは決まる」と。
一月が終わる頃、僕は「いつもと違う駅で君と降りて」を書き上げた。先生にも見てもらった。
「いまいちエロスが足りないが、第一作目にしてはなかなかいいんじゃないか。無難に少女を自分好みの女に育て上げる話にしたのもいい。でも、それでいて越前らしさが出ている。あまりにもひどい作品を作ってきたら、私が書いたものに差し替えようと思っていたけど、これならそのまま出版社に出しても大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
「少しずつでいいから、文学界に君の名前を残せればいい。その積み重ねが君を一人前にしてくれるよ」
「一人前になっても、一生、先生についていきます」
先生のもとに弟子入りしてからもうすぐ一年になるが、先生には本当にお世話になりっぱなしだった。しかし、僕は全くと言っていいほど恩返しができていなかった。そのことがとても悔しかったので、今年こそは必ず力をつけようとかたく誓った。
梅が咲く頃になると、歴史小説に取り組んでみたが全くと言っていいほど、ダメだった。これは先生が用意してくれたものに差し替えられてしまった。
「君が書いたやつと私が書いたやつの違いについて、よく考えながら今回は打ち込み作業をしてくれ。まあ、これで越前は歴史物がダメということがわかったよ」
僕は何も言えなかった。ただ黙って先生の作品を打ち込みことしかできなかった。先生の作品は歴史考証がしっかりなされていた。それに引きかえ、僕の作品と来たら、歴史考証が全くできていなかった。
それどころか年号や人名の間違いを先生から指摘される始末。手直しで真っ赤になった原稿を先生から渡されたときは正直へこんだ。
「別に歴史が得意でなくてもいい。わからないなら調べればいいんだから。せめて、書こうと思った時代ぐらいはこれでもかと言うぐらい調べ上げてから書くべきだな」
そう言いながら先生は原稿の十倍はあろうかと思われる資料を見せてくれた。それに引きかえ、僕は原稿の十分の一ほどしか資料を集めていなかった。
先生の仕事に対する一途さや厳しさを少しでも見習わないといけないことはわかっているのに、僕はまったくと言っていいほど実践が伴っていなかった。自分に対して甘すぎて、まったく追い込めていないことが嫌でたまらない。
やはり、僕にはこの仕事向いていないんだ。今すぐ全てを捨て去って会社勤めの生活に戻ろうとも思った。
でも、先生はこんな僕でも一人前にしようと厳しくも温かい目で見守ってくれている。今ここを去ることは先生を裏切ることだと自分に言い聞かせて、何とかここに踏みとどまった。