三番弟子の苦悩…
そんなことが現実になれば、先生に「弟子を見る目がないこと」と「そんな弟子のために選考委員を降りた親分バカ」と言うことで二重の恥をかかせてしまう。いくらなんでもそんなことはできない。
「先生にそこまでさせることはできません。僕に才能がないのがいけないのです。こんな中途半端な作品しか書けないのですから…。もう、新人賞を狙い続けて一五年になりますけど、自分の才能のなさはよくわかっています」
「確かに越前は才能がないけど、小説は才能だけで書けるものではない。小説に対する熱意や根気強さ、人生経験の量なども小説に大きな影響を与える。そう言ったモノなら越前は誰にも負けないものがある。私は初めからそれにかけていたんだよ。何年かかってもいい…やれるだけやってごらん」
思わず泣きそうになった。先生がこんなにも自分のことを考えてくれていることがうれしかった。
先生は僕みたいなクズを拾ったことを後悔しているのではないかと思っていた。先生も兄さんも姉さんも素敵な才能があって華やかな舞台で活躍しているのに、僕ときたら一人で一門の足を引っ張っている。
一番弟子の兄弟子・司馬やまとは病弱の少女とダルメシアンの友情を描いた「犬のカルテット」で大衆文学新人賞を受賞後、純文学の王道と言わしめる作品を量産して、純文学なら先生すらもしのぐほどにまでなっている。
二番弟子の姉弟子・赤野あじさいは「私を突き動かして」で官能小説大賞を受賞後、実生活にエロスをふんだんに取り込んだ広報活動とエロい文体が男性のみならず女性にも受けて、官能小説界の新星とまで言われるまでになっている。
それにくらべて、越前くらげと来たら…。僕は兄弟子や姉弟子の華やかな活躍と自分の惨めな境遇を比べて、また一層落ち込むのであった。とにかく、この状況を切り開くのは新人賞を受賞するしかない。
先生は僕でもいつか舞台に立てる日が来ると信じている。そう思うと不思議と力がわいてきて、仕事を終えた後、いくらでも小説の書き直しができた。
そのかいあって、無事に締め切りまでに小説の書き直しを全て終えることができた。先生も「これならいけるかもしれんな…」と太鼓判を押してくれた。
御金持好先生から「これならいけるかもしれんな…」と言われると、本当にいけそうな気がするから不思議である。さすがはベストセラー小説家である。いくつもの修羅場をくぐり抜けた先生だからこそ言える、肝の据わっている発言であった。