第29話「バールさん、元の鞘に戻る」
「それでは、SS級指定ダンジョン『夢と魔法の迷宮』合同調査の結果をご報告します」
DDPスタジオのモニターに、椿さんが映っていた。
僕、アイ、ティア、デスD、萌は、横一列に並んでいる。エクスカリバールは、いつものように僕の腰にあった。
迷宮を出たあと、全員が改めて検査を受けた。今日はその結果もそろった上での報告配信だ。
デスDも自分の椅子に座っている。立ったり歩いたりするたびに少し嫌そうな顔をするけれど、配信で大声を出せるくらいには戻っていた。
配信画面の右上には、今回も合同調査の表示が出ている。
迷宮省 × DDP
SS級ダンジョン合同調査 結果報告
『全員いる』
『全員生還えらい』
『普通に国家プロジェクトだった』
『デスDも人間に戻ってる』
「俺は最初から人間だ!」
デスDがコメントへ返す。
椿さんは気にせず、報告を続けた。
『DDP内部班は、夢と魔法の迷宮最深部へ到達。指定地点へのビーコン設置と、各階層の構造データ取得を完了しました』
画面に、迷宮内で記録した映像が順番に表示される。
『N型ナイトメアの反応は消失。配信を介した多数の観測により、迷宮構造を一時的に固定できることも確認されています』
迷宮へ入ったときには使えなかった地図が、記録映像を重ねることで少しずつ形になっていた。固定できた通路、変化した分岐、最深部までの経路が色分けされている。
『設置したビーコンを基準に、今後は過去より正確な構造比較が可能になります。ただし、一般開放や通常の攻略を認められる段階ではありません』
『見てみて♡大迷宮で攻略したの未だに意味分からん』
『めぐ司令がずっと有能』
『ティア様つよかった』
『デスDだけ被害量おかしい』
「作戦名は報告書に入ってないですよね?」
アイが心配そうに尋ねた。
『正式報告書では「多数同時観測による構造固定試験」と記載しています』
「よかった……」
「見てみて♡大迷宮の方が分かりやすいだろ」
「絶対イヤ」
『内部班、外部支援班ともに全員生還。今後の調査に有用な記録も得られました』
椿さんが資料を閉じる。
『以上をもって、今回の合同調査は成功と判断します』
『8888888』
『おめでとう!』
『SS級攻略成功』
『アイちゃんが道を作って、めぐ司令が指揮して』
『ティア様とバーr…じゃなかった悠さんが戦った』
『カメラマンは破壊神になりました』
「最後がおかしいだろ!」
『続いて、新規観測事項について報告します』
「まだあんのかよ」
『《生存〈ゾンビ〉》とエクスカリバールの未知の技能相互作用、音声伝達現象、一時的融合現象、および融合時の戦闘能力について記録しました』
画面が切り替わる。
青い紋様を全身へ広げ、巨大なエクスカリバールを振り回しているデスDが映った。
『本人の意思に反した融合と暴走を伴いましたが、これまで未確認だった現象を複数観測しています』
「事故を成果に入れんな!」
『観測事実は記録対象です』
『なお、安全な分離手順が確立していないため、迷宮省としてデスカリバール現象の再現試験を求める予定はありません』
「当たり前だ! 一生求めるな!」
『現時点では、と申し上げました』
「保留にすんな!」
『デスカリバールは成果物扱いでいいのか』
『事故も成果です』
『国家公認デスカリバール』
『本人の許可は取れてません』
「二度とやらねえからな!」
『吾輩は構わぬぞ』
「お前の意見は聞いてねえ!」
デスDには、僕の腰に戻ったエクスカリバールの声が聞こえている。
アイと萌には聞こえないので、二人ともデスDを見た。
「今、バール様が何か言ったの?」
「もう一回やってもいいってよ」
「絶対止めて」
「言われなくても止める!」
『バール様音声再現まだ?』
『録音残ってる?』
『DDP切り抜きはよ』
「切り抜くなら音声だけにしろ。俺が壊れてるところは使うなよ」
「一番再生されるの、たぶんそこだよ」
「アイ、お前どっちの味方だ」
「配信者として答えただけ」
「需要を作るな!」
デスDは僕の腰へ指を向けた。
「まあ、元の鞘に戻ったってことでいいだろ」
『吾輩に鞘はないのである』
「比喩だよ!」
「僕は鞘なんですか?」
「お前以外に収まらねえんだから、だいたい合ってんだろ」
『断じて鞘でもバールでもないのである!』
「でも、もうデスDには渡さないよ」
「頼まれても触らねえ!」
椿さんが、画面の向こうで次の資料を確認した。
『取得データと装備運用上の危険性については、今後、迷宮省内で協議します』
「装備扱いなんですか、あれ」
『少なくとも通常装備ではありません』
「そこは知ってる」
『追加で確認が必要な場合は、改めてDDPへ連絡します。皆さん、お疲れさまでした』
「お疲れさまでした」
僕たちも頭を下げる。
椿さんの映像が消え、合同調査の表示も画面から外れた。
公式の報告は終わった。
配信は、あと少しだけ続いている。
「今日はもう終わりだ。帰れ帰れ」
デスDが手を振った。
「待つのじゃ!」
ティアが椅子の上に立つ。
「わしは疲れたのじゃ!」
「僕たちより元気そうだけど」
「精神的に疲れたのじゃ!」
「主にデスDのせいで?」
「バールのせいだろ!」
ティアは全員を見回してから、勢いよく宣言した。
「温泉に行くのじゃ!」
「温泉?」
「急だね」
「なんで俺が連れてく前提なんだよ」
「打ち上げじゃ! 酒と料理と広い湯が必要じゃ!」
「お前が飲みたいだけだろ」
「今回の働きを考えれば、慰安旅行くらい当然じゃろ!」
「勝手に会社行事へ変えるな」
「でも、打ち上げはしてもいいんじゃない?」
アイが言った。
「みんな無事に帰れたし、調査も成功したんでしょ」
「その打ち上げを、なんで泊まりの温泉にする必要がある」
「日帰りでは酒が飲めぬ!」
「理由が全部お前なんだよ!」
「わたしも行きたい」
萌が言った。
「温泉?」
「うん」
萌は配信中なのを忘れたように、少しだけ笑った。
「ずっと行きたかったんだ、温泉」
コメント欄の流れが、一瞬だけゆっくりになった。
『……行こう』
『めぐ司令連れてけ』
『温泉くらい好きなだけ行ってくれ』
『元気になってよかったね(´;ω;`)』
デスDが頭をかいた。
「……しゃーねーな!」
それから、僕たちへ指を突きつける。
「今回だけだぞ!」
「よし! 決まりじゃ!」
「やった」
「絶対今回だけじゃないやつ」
「じゃあ、みんなで行こうか」
「日程は萌の学校を優先しよう」
「私、予定を確認しておく」
「場所はどうする?」
「大きな風呂! よい酒! 豪華な料理じゃ!」
「条件を増やすな。予算が上がるだろうが」
「SS級を攻略した会社の慰安旅行じゃぞ?」
「攻略したのは会社じゃなくてお前らだ!」
「デスDも一緒だったよ」
「俺は事故に巻き込まれただけだ!」
「悠! 温泉にはよい酒がある場所を選ぶのじゃぞ!」
「お風呂が先じゃないの?」
「料理も重要だよ。萌、旅行の準備は一緒にしようね」
「うん」
「誰が予約すると思ってんだ……」
『温泉には何か壊すものがあるのか?』
「何も壊さないよ、バール様」
こうして、SS級ダンジョンの合同調査は終わった。
次は温泉。
久しぶりに、ゆっくりできそうだ。
でも――僕はまだ、知らなかった。
大きな嵐が、迫っていることに。
大きな戦いの直後なので、今回は結果報告から日常へ戻るための回です。デスカリバールを「成功」ではなく成果物として扱ってよいのか、という言葉にも直し、危険な事件を勝手に研究成果へ数えない椿らしさを残しました。
前半で調査結果を整理し、後半はティアの温泉要求から、萌の「行きたい」へつなげています。全員でようやく休めそうだという明るい空気を作ったうえで、最後の二行だけ温度を変える。この穏やかさと不穏さの切り替えに一番時間をかけました。
次回、第30話。
温泉へ行く前に、悠たちのもとへ大きな嵐が近づいてきます。




