細江八重の気持ち
閑話―つまりはどうでもいい話なのですが、平野拓以外の視点から物語の外側を作っていくのもありかと思い、こういう話を挿入してみようかと思っています。
今回は、なんだか委員長とかやってそうな気がしないでもない細江八重にその役割を果たしてもらうことにします。
その通知を手にしたわたしは喜び勇み、まるでそれが先祖代々受け継がれてきた名誉ある逸品であるかのように、大事に胸に抱いた。
高校の合格通知。
それは今まで学校受験をしたことのないわたしにとって、初めての大きな壁を打ち破った証だった。さらに良いことに、わたしと同じ中学の子たちはほとんどこの高校を受験していないのだ。少し町の学校を受験しているはずで、今までの、中学生時代までの『細江八重』の『殻』を脱ごうとしているわたしにとって、それはとても都合のいいことだった。
『殻』を脱ごうとしたきっかけ。今でもよく覚えている。それは夏の体験入学でのこと、わたしはある他校の男子生徒と仲良くなった。特に何かイベントがあったわけではない。たまたま話した相手がその人で、たまたま話があっただけのこと。そして、そのたまたまは受験日にも訪れ、その男子生徒がわたしの前の席に座っていた。再会を密かに喜び、お互いに合格することを約束して試験に臨んだ。
入学式の日、わたしはその男子生徒の名前を入学式の席順の名簿で捜した。体験入学のときに聞いたきりだが、今でもはっきりと覚えている。
「あった」
平野拓という名前が、なんとわたしと同じクラスにいるではないか。他のクラスの名簿を見てみても、同じ名前はみつからずその名前の人がわたしの知る人物だと確信する。
式が滞り無く終了し、わたしたちは教室に移動した。どういうふうにしていいのかわからない、微妙な緊張感が教室内にはあった。男子が座っているほうに視線を向ける。知らない顔ばかりだったけれど、一人だけわたしの知る顔があった。
「い、今はまずいよね」
話しに行こうと思ったけれど、式が終わった直後で、今動くのはさすがに勇気がなかった。平野くんはあまり雰囲気に呑まれていないのか、少しだけ気だるそうに頬杖をついていた。
前の人に声をかけてみようか。
「あの、どこの中学校から来たの?」
「うん? オレか?」
一人称が『オレ』ってなんだか男の子みたいな子だ。
「うん」
うなずくと、その子は明らかに目を泳がせた。ただ、その動作は焦っているというよりは、どう説明しようかと悩んでいるようだった。
と、丁度よくそこに先生が教室に入ってきた。
「じゃ、後で」
その子は明らかにほっとして前に向いてしまった。なにかわたしは彼女に悪いことをしてしまっただろうか。
「とりあえず俺の名前は山岸浩太、よろしく」
先生はかなりさっぱりとした自己紹介をして、わたしたちを見回した。
「さて、自己紹介タイムといこうか? うん? 嫌そうな顔しだな、えーと、平野くん。こういうのは苦手かい? 思春期だねぇ。いいよ、よし、連絡だけやって自由時間としよう。各々うまくやれよ」
とんでもないことを言って、先生は本当に連絡事項をつらつらと読み上げていった。すべての連絡を終えると、今日の終業にはまだ時間があった。先生はこの時間に自己紹介をしろと言っているらしい。
「さ、やっちゃえ。でも大声出すなよ、俺が怒られっから」
そんなことを言われてすぐに動き出せる生徒なんて、なかなかいない。わたしもすぐには動くことはできず、何人かが恐る恐るといった感じで立ち上がったのにあわせて立ち上がり、平野くんの席へとむかった。
「や、やあ」
声をかけると、平野くんはうれしそうに笑ってくれた。その笑顔だけでご飯三杯は食べられそうな気がしたけれど、わたしにはもともとそれほどの食欲はなかった。
「よろしくね」
自然と頬がゆるむ。そりゃもう、自分でも気持ち悪いほどに頬がゆるむ。自分で言ってしまうのもあれだけれど、なんだかピンク色の雰囲気が出ているようにさえ思う。ただ残念なことに、そのピンク色の雰囲気も誰かが発する「ふっ……ふっ……」という、なにやらむさ苦しい声によって色がすすけてしまっているのだった。
次回、スクランブルワールド第二話『クラスメイトはドラゴン』
お楽しみに。