8
お久しぶりです。人鳥です。
よくよく考えてみれば、べつにUSBにでもデータを移して実家で投稿していればいい話でした(ある程度書きだめということもしたりしてるので)。
いやいや、便利な時代でも使いこなせなければ無意味ですね。
♯。
音楽記号。
半音上げる。
音楽のテストに出る。
基本中の基本。
♯。
ヴァンパイアハンター。
リゼを狙う。
テストには一切出題されない。
きわめて重要。
「まだ、ここにいたのだな。逃げたとばかり思っていたが」
♯はこの部屋に土足で上がりこんできたときから、その手には魔銃〈虚構殺し〉を握っていた。一度は国を救ったというその魔銃も、今では吸血殺しの武器でしかない。
「お前も残っていたのか」
♯はぼくを見て、またあのさげすむような目を向けた。
「こいつをかばってもいいことは何もないぞ?」
「そんなのはぼくが決める」
「……そうか。まあいい。まずはリーゼ・ブリュスタンを消滅させるだけだ」
白い魔銃をリゼに向けて発砲する。しかし、リゼはそれを難なく避けてみせた。壁を抉ると思われたその弾丸は、しかし、壁には全く傷をつけず、壁に触れると同時に消滅した。壁にはほんの少しだけの傷しか残っていない。
存在として自然だから、か。人工物であっても、時代の流れで徐々に生まれてきたものだから。本来『存在してはいけないもの』であるとは、到底言えない。
「はは。わたしはそんなのじゃ捕らえられないよ」
リゼは♯との距離をつめ、その右腕を凪いだ。しかし、ギリギリのところで♯はそれを避け、リゼの腕は空を切った。♯は体勢の崩れたリゼに〈虚構殺し〉を向ける。しかし、ここは一介の学生が生活するような安アパートの一室。リゼの一撃から逃れるために飛びのいた♯は、銃を構えると同時に部屋の壁に激突した。わずかに照準がずれる。慌てて照準をリゼに戻すが、その頃にはリゼは体勢を立て直し、次の行動に移行していた。
リゼが部屋のカーテンを閉めた。それよって、この部屋に入ってくる光が激減し、暗い空間となる。
「しまっ……」
初めて♯が焦りをにじませた。魔銃をリゼに向けて数発連続して発砲する。しかし、リゼの姿は既になかった。
暗くなった部屋に溶けてしまった。
「え?」
部屋のどこにも、リゼの姿はなかった。はじめからいなかったと言われれば、それを信じてしまいそうなほど。
「クソッ」
♯がカーテンの閉められた窓に銃を向ける。しかし、それで破壊できないことに思い至ったのか、コートの中からナイフを取り出すと同時に投擲した。
キンッ、という高い音がして、ナイフは窓に当たる前に床に叩きつけられた。すかさずその周囲に魔銃を撃つ。
「はははは!」
リゼの声。
しかし、リゼの姿は見受けられない。
「出て来い!」
「吸血鬼は影と――闇と同化する。どうして、今日は窓を割らなかったの?」
そうすれば、風でカーテンがなびいて光が入ってきやすくなるのに。
リゼは笑う。
「――――ッ」
それはぼくたちがあらかじめ開けていたからだ。♯が窓から侵入してくるのは、あらかじめ予測していた。そして、二人が戦い始めた後に、ぼくがその窓を閉める。そうすれば、風が部屋に入り込んでこなくなる。この段階でカーテンを閉めないのは、相手に影に潜ることを悟られないようにするためだ。
不可視の敵。それは酷く恐ろしいはずなのに、♯は苛立ち以上の何かを見せることはなかった。ナイフを投げ、魔銃を撃つ。一連の動きは流れるようで、ぼくは時折見とれるようにそれを見ていた。もちろん、ぼくは戦闘能力皆無なので、部屋の端っこで丸くなっているしかないのだが。
気がつけば、♯が押されるようになっていた。当然だ。相手が見えないのだから。むしろ今立っていることを褒めるべきなのだ。
「ぐあっ」
♯がひざをつく。何かが♯の右腕にぶつかり、♯の手から〈虚構殺し〉が離れた。
「しまった!」
♯が慌てて拾おうとするのを、不可視の力がそれを遮った。代わりにぼくが魔銃を拾う。
それを見て、♯は降参するように両手を頭の上に乗せた。
「なに? 降参?」
リゼの声。
「ああ。〈虚構殺し〉がなければ、私に貴様を消滅させる術がない」
「わたしに二度と関わらないでもらえる?」
「それは確約できないな。吸血鬼を消滅させるのが私の役目だ」
「死にたいの?」
「そういうわけではないが、命乞いはすまい。貴様に任せる」
ちらりと、リゼがぼくを見た気がした。
ぼくは黙って首を横に振る。
殺す必要はないだろう。
「じゃあ殺さない」
「そうか」
「でも一つだけ条件がある」
「? 貴様に関わらない、もしくはそれに類する条件は飲めんぞ?」
「いいよ。〈虚構殺し〉をいただくだけだから」
♯の表情が一瞬だけ強張った。すぐにもとの表情に戻ったが、それでも顔色は優れなかった。さっきまとは比べ物にならないほど色を失っている。
「夜に殺しきる自信、か。どこから出てきたのだろうな。私は」
自嘲気味に♯が呟く。
「どうなの?」
「ああ。わかった。くれてやる。そして、いずれ取り戻しに来る」
「最低でも来年以降にしてもらえない?」
「都合がいいことだ。条件は一つなのだろう?」
「そうなんだけどさ、ちょっとくらい人間と一緒にいてもいいじゃない?」
「…………わかった。今回だけだ。来年、か。せいぜい楽しんでおけよ」
♯はゆっくりと立ち上がると、ぼくのほうに視線を向けた。
「少年」
「な、なんだよ」
「その魔銃は虚構を殺す魔銃だ。それだけを覚えていろ」
「あ、ああ」
それだけ、最後にそれだけを言い残し、♯は玄関から出て行った。
玄関から。
「普通に玄関から出入りするっていう行動が取れたんだな、あいつ」
なんて。
出て行く♯を見送った後、部屋のほうに目を戻すとそこにはリゼが立っていた。
「終わったな」
「うん。とりあえず来年まで」
どうしてかわからないけれど、笑いが止まらなかった。