運命の再会、三助と猿 〈完〉
“猿めが__”
信長は内心ニヤリと笑った。
“誠意?折れたじゃと?バカめ__わしが己ごときの機嫌を取るために草履取りなどを命じたと思うてか。貴様をからこうてやれば毎日面白かろうと思うたから手元に置いておくだけじゃ”
ガキ大将の様に他愛の無い意地悪な笑顔で、信長は胸中に呟いた。
“猿よ、覚悟しておくが良い。明日から貴様をなぶって退屈を凌いでくれるわ。あの小賢しい猿ヅラが情け無う泣きっ面でベソをかく所が見物じゃわい”
そんな信長の胸中を知ってか知らずか__藤吉郎は早くも明日からの草履取りの仕事に決意を燃やしていた。
“草履取り__このわしにも、運が向いて来たわい”
駿河から故郷の尾張に舞い戻って新領主信長の治める清洲城に努めたこの藤吉郎、何事においても全力で当たる男だったが、このときもやはり熱い思いを胸に新たなる役職に取り組む心意気であった。
“それにしても__”
藤吉郎は遠い昔の思い出を振り返った。
“殿があの時の大根泥棒じゃったとはのう__”
いやいや、実は藤吉郎の方が薄々それについては感付いてはいたのである。しかし、そのような昔語りを持ち出して主君に取り入るような男を信長は好まぬという事を、人間観察の達人ともいうべき藤吉郎は見抜いていた。
仮に、そういった思い出話や御世辞に弱い人物が相手ならばそういった昔の出来事を持ち出し、もし違ったとしても勘違いであったというような事をきっかけに纏わりつき、平気でゴマをすり、些かも引け目を感じる事無く取り入ったりできるのが藤吉郎だった。人間観察に秀でた目を持っていると同時に、己に有利であるとなれば見栄も外聞も平気で捨てられる。一端やるとなったらどこまでも徹底的にやり抜くのが彼の持ち味であった。
信長は切れ者である。
見え透いた御世辞や阿諛追従で取り入ろうとするような男を極端に嫌う。それを見抜いた藤吉郎は、黙って時が来るのを待っていた。信長が、自分の器量を認めてくれるその時を。いやいや、今の所はそれほど大それたことは考えてはいないだろう。それは常に彼の側に仕えて己の才覚を発揮した時に見せれば良い事である。
“やる!わしはやるぞい!”
今、藤吉郎がやるべき事は__
“殿に見込まれて草履取りとなったからには日本一の草履取りになってやるわい!”
これも、思い込みの激しい藤吉郎の、紛れもない本心であった。
かくして、ここに戦乱に明け暮れる六十余州を揺るがす日本の歴史上空前絶後ともいうべき天下の名コンビ、織田信長と木下藤吉郎のどつき漫才主従が誕生したのである。
「デアルカ__」




