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07. 喰人の巣




     7




「よく無事に戻ってきたな、二人とも」


 駅に着いてから小一時間ぐらい待つと、森守班がやってきた。狩りの途中で寄ったらしく、肩にいつもの小銃を吊っている。


「森守、久しぶりだな。何か出すか?」

「いや、いい。狩りに出る途中だからな。……それより、博士。改装は進んでいるか?」

「今は装甲板を取り付けている所だ。見るか?」

「ああ」


 森守は言って、悟倫にちらりと目をやった。


「表に車を止めてあるから、そのまま乗れ。俺もすぐに行く」

「あ、あのこれ……使わなかったので」


 ホルスターごと腰の拳銃を差し出すと、森守はそれを手で制して言った。


「使わなかったのならそれでいい。これはそのまま持っておけ」

「でも僕、使い方が……」

「安全装置を外して上のスライドを後ろに引く。後は引き金を引くだけで撃てる。だが、弾は九発しか入ってないし、銃声は他の〈喰人クラウド〉を呼び寄せる。……使い所はしっかり見極めろ」

「は、はい!」


 悟倫が頷くと、森守は博士に続いて部屋を出ていった。

 駅を出て西口に向かうと、森守班の軽トラが停まっていた。矢口が運転席でどこから手に入れたのか煙草を吸っていて、助手席にはいつも通りにスーが座っている。萌花は軽トラの屋根の上で背伸びをしながら、ミーアキャットよろしく見張りをしていた。


「あ、悟倫くん! 無事だったんっすか! よかったっすね~」

「ど、どうも……」


 萌花はぴょんと飛び降りてぎゅっと手を握ってきた。満面の笑みで本当に嬉しそうだ。


「江音も!」

「ありがと、萌花。そっちは大丈夫だった?」

「特に何もなかった。あ、二人の朝ごはんおにぎりにしてもらったよ!」


 萌花は言って、荷台の鞄からラップに包んだおにぎりを取り出した。


「あ、ありがとうございます」


 悟倫は受け取ると、早速ラップを剥がして食べた。シンプルな塩と米の味がすきっ腹に染み渡る。おにぎり超うまい。


「それで、今日はどこに行くの?」

「えーっと、どこだっけ? 矢口」

「初石駅の方だ。物資のついでに近くのガソリンスタンドにも寄る。……てか、出発する前に森守さんが話してただろうが! ちゃんと聞いとけよ!」

「だってさ!」


 怒鳴る矢口に、萌花は笑って言った。例の如く、話を全然聞いてない。


「……よし、出発だ。矢口、車を出せ」

「了解!」


 数分後、駅から森守が戻ってくると、矢口が車を発進させた。〈喰人クラウド〉の群れに囲まれないように比較的大きな、そして見晴らしの良い道路を選びながら、東武野田線の線路を目印に進む。

 人がいなくなった畑や公園に、物やガラスが散らかったままの店先、路傍の電柱に突っ込んだままの乗用車、その傍で横転しているバイク。夏の太陽に照らされながら崩壊した街並みを眺めていると、何だか悟倫はぼんやりしてきた。


「ふわぁ……」


 悟倫は大きくあくびをして、ぐっと伸びをする。


「眠いのか?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……。何か、平和だなって」

「平和、か」


 森守はそう呟いて、考え込むように腕を組んで黙った。

 特に深い意味はなかったつもりだが、もしかしたら変な意味に捉えられたのかもしれない。


「あ、いや、別に意味はないんですけど……。えと、ランニングの後ですし、すぐさっきまで〈喰人クラウド〉に追われて命懸けだったので……」

「人間は慣れる生き物だ。どんな状態にも、どんな状況にもな」


 森守は頷いて、悟倫の肩を力強く握った。


「だが、気を緩めるな。死は、常に近くにある」

「は、はい……」

「分かればいい。……ここは地獄だ」

「…………」


 しばらく道路を行くと、一行は狩場に着いた。

 今回の狩場は駅前の周辺で、狙う獲物はカップラーメンや缶詰、シリアルなどの保存できるインスタント食品。ちなみに狩りのルールでは、これらの他にも余裕があれば調味料やお酒などの嗜好品が加わることになっている。

 駅前には一体の〈喰人クラウド〉もいなかった。いつもなら〈喰人クラウド〉の群れに出くわす度に迂回する必要があるが、博士の所を出てからまだ一回も見かけていない。

 どうやら、今日はかなり運がいいようだ。


「今日は狩場が大きいからな。俺と萌花と矢口、スーさんと悟倫と江音の二つのチームに分かれて探索する。俺たちは駅向かいの雑居ビル側を、スーさんたちはスーパーマーケット側だ。なるべく音は立てずに、何か起きたら大声で呼べ」



「「「了解っす!」」」



 一行は頷いて車を降りて、武器を持って自分たちの持ち場に向かった。

 自転車が横倒しになったままの駐輪場を抜け、作動しなくなった自動ドアを半分ほど開いて、隙間から店内に滑り込むようにして入る。抜き足で音を立てないように内部に進むと、薄暗い店内にはどんよりとした腐臭が漂っていた。


「うっ、ひどい匂いね……」

「死体でもあるのか、食べ物が腐っているのか……。今の所、〈喰人クラウド〉の姿は見えないけど、慎重に進もう」

「…………」


 悟倫は無言で頷いて、それからハンカチで口と鼻を覆った。

 肉や野菜といった生鮮食品が全滅しているのはもう分かっているので、奥にあるインスタントのコーナーに向かう。


「やっぱり、ここも荒らされているわね……」

「スーさん、どうしますか?」


 初日の混乱で買い占められたのか、それとも他の村の人たちが先に狩りに入ったのか、インスタント食品が並んでいるはずの棚には、ほとんど商品が残されていなかった。

 床に落ちて残った僅かなレトルト食品を鞄に入れながら、スーは即答した。


「裏の倉庫を見てみよう。まだ少しぐらいは残っているかもしれない」

「僕、先に確認してきます」

「じゃあ私も」

「二人とも、気を付けて」


 悟倫と江音は店の端まで行って、奥の扉から倉庫側に入った。倉庫の中は埃っぽく、未開封の段ボールが山のように積まれていて、それらが棚の上にある小窓を塞いでいるために、ほとんど何も見えない状態だった。


「……やっぱり、スーさんを待った方がいいんじゃない?」

「大丈夫ですよ。〈喰人クラウド〉もいないみたいですし、懐中電灯もありますから」

「でも……」


 しんと静かな中、悟倫は「それに」と付け足して懐中電灯を抜いた。倉庫の闇を割く光の筋に、ちらちらと舞う小さな埃が映る。


「狩りは時間が命、ですよね?」

「そうね……」


 二人は倉庫の中を慎重に進んだ。棚に貼られた商品札を見ると、倉庫の前に積まれているのは紙おむつやトイレット・ペーパー、ティッシュなどの生活用品だった。

 見取り図を見ると、どうやら目当ての食料品はもう少し奥の方にあるらしい。


「一ダースの箱でも発見できれば……」

「ねぇ、悟倫くん。私、やっぱ――」


 その時、ぴしゃりと何か水たまりのようなものを踏んづけた。足元を照らすと、床には赤々と滴る血の海が広がっている。


「こ、これは……」

「み、見て!」


『ア、アアアア……』


 懐中電灯を上げると、血で汚れてボロボロになった制服を着けた女子高生……だったモノが、棚の角からふらりと顔を出した。

 白目を剥いた一体の〈喰人クラウド〉……しかも、それだけではない。

 奴らに気づかれた途端、倉庫の四方八方から、唸り声のような音が聞こえ始めた。


「こ、ここは……〈喰人クラウド〉の『巣』だ!」




『――アアアアアッ!!』



「えっ!?」


 その時、悟倫は信じられないものを見た。目の前の〈喰人クラウド〉が、全力疾走して飛び掛かってきたのだ。

 一気に距離を詰められ、床に押し倒されて馬乗りになられる。


「う、ぐぐっ!」

『アアアアア……』

「悟倫くん!!」


 首と頭を掴んで食らいつこうとする〈喰人クラウド〉を何とか抑えるも、体重をかけられているために全く動けない。


「動かないで! 手はそのまま!」

『ア、アア……』


 江音が咄嗟に女の子のこめかみを掴んで手にしていた鉈を叩きつけた。頭を割られた〈喰人クラウド〉から力が抜け、その隙に何とか身体の下から抜け出す。


「急いで!」

「は、はい!!」


 二人は棚の間を駆けて、間一髪の所で倉庫を抜け出した。


「ま、待ち伏せ? し、しかも……何で走るタイプの〈喰人クラウド〉が……」

「しっかりして! そんなことは後!!」


 急いでスーの所に戻ると、いつの間にか店内は〈喰人クラウド〉で溢れかえっていた。

 トイレの奥側の通路からも、二階に続くエレベーターの方からも、次々に現れる。


「くっ、こんなに一体どこから……っ!!」

「駐輪場側はもうダメ! スーさん、別の所から!!」

「分かった!」


 スーはバッドを振るって、傍らにいた〈喰人クラウド〉を強引に押し倒した。

 悟倫もハンマーを振り下ろして、〈喰人クラウド〉にダメージを与える。


「こっち!」


 二人は江音に続いて、〈喰人クラウド〉を避けながら店の会計コーナーの隅に移動する。

 角を曲がって、別の出口があと数メートルの距離に迫った時だった。


『アアアアア……ッ!!』

「えっ!?」



「――危ないっ!!」



 その瞬間、悟倫は何が起きたのか全く分からなかった。

 棚の死角から一体の〈喰人クラウド〉が飛び出てきたと思ったら、スーの巨体が庇うように前に出ていたのだ。


『アア、ア……ッ!』

「くっ、こいつ!!」


 スーは〈喰人クラウド〉を抑え込みながら、商品棚を巻き込んで倒れる。


「スーさん!」

『アアアアアッ!!』


 その先に獲物を目敏く見つけたもう一体の〈喰人クラウド〉が駆け足で迫る。


「くっ!」


 それを見て、悟倫は咄嗟に腰の拳銃を抜いていた。真っすぐ突きつけるように構えて、狙いを定めて引き金に触れる。



「――えっ?」



 弾は、出なかった。そもそも引き金が引けていない。

 森守さんに説明を受けたはずだった。……しかし、悟倫は動揺のあまり安全装置を外していなかったのだ。

 指でレバーを上げるだけの、ほんの僅かな差。それが、命取りになった。


『アアアッ!!』

「うがあああ!」


 悟倫が安全装置を外して構え直した時には、既に遅かった。

 飛び散る鮮血。目の前で、もう一体の〈喰人クラウド〉に腕を噛みちぎられたスーが悲鳴を上げた。


「あ、ああ……す、スーさん!」

「――何してるの!!」


 隣にいた江音が銃を取り上げ、スーに纏わりつく〈喰人クラウド〉に弾丸を叩き込んでいく。

 爆竹のような軽い銃声と、スライドから吐き出される金色の薬莢。

 その瞬間、悟倫の視界は何もかもスローモーションのようになった。ただただ茫然として、江音を見ることしかできない。


「あ、ああ……っ」


 悟倫は後悔した。溢れ出した涙が、視界をぐにゃりと歪ませる。

 村での生活にも慣れてきて、森守たちに仲間に迎えてもらって、ランニングも無事に乗り切って……そんな中で、自分はいい気になっていたのだ。ここがどんなに恐ろしく、そして酷い世界なのか、ほんの少し忘れていたのだ。


「に、逃げろ……二人とも……」

「しっかりして!! 立てる!?」

「あ、ああ……。だけど……」

「いいから、ちゃんと立って歩いて!!」


 江音がスーさんに肩を貸して、入口に向かおうとする。悟倫はふらふらと、まるで〈喰人クラウド〉のようにその後に続いた。

 それから、すぐに銃声と異変に気付いた他の班員がやってきて、そして……。



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